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第12話 マジックバッグ(1)

 翌日、ゆっくりと朝起きると朝食ができていて、食後にはコーヒーが置かれる。それをゆっくりと流し込み、頭を切り替えていく。微かに残っていた微睡みが遠のいて、動き出す気持ちが出来る。

 カフィの前の主も同じように感じていたのかもしれない。そんな気がした。


『こちらが、マジックバッグの制作方法です』


 カフィが出してきたのは古い革張装丁の分厚い本だった。表題には『魔道具制作手順』とある。中を見ると表題そのまま、魔法道具の製造方法とその手順が書いてあり、脇には小さな手書き文字が添えられている。おそらくリーベの文字だろう。


「魔法石のランプに、魔物避けの鈴、空飛ぶ箒も魔道具なのか」


 ペラペラとページを捲るだけでもワクワクする道具の数々だ。だがこれ……ガラス細工に彫金とか、金属加工も入ってきそうだな。って!


「錬成釜の整形で作るのかよ!」


 見れば「錬成釜を使用し」という文言が多い。

 あの釜、レンジみたいなチート道具か。

 まぁ、それでもまずは設計力がなければ出来ないという。そっちの技術鍛錬は必要そうだな。


「っと、あった。マジックバッグ」


 目的の項目を見つけて、虎之助は手を止めじっくりと作り方を見た。


 材料は案外簡単だ。バッグを作る為の革や布。留め金の金属は錬成釜で整形しろとある。そして、Bクラス以上の魔物の魔石。

 この魔石がショボいとマジックバッグの容量が少なくなる。最も適しているのがBクラスらしく、Aクラスでは容量大きすぎて無駄なんだそうだ。ちなみに、屋敷が丸っと入るらしい。


 虎之助は都合良く、昨日Bクラスの魔物を倒し魔石を手に入れている。これを浄化した上で好きな形に整形し、制作したバッグに取り付ければいい。


「バッグ本体には魔法はかかってないんだな」

『えぇ。魔法は魔石にかけるものです。一部の特殊な素材であれば、その素材自体に魔法を閉じ込める事も可能ですが、普通の布では入りません』


 なるほど、納得は出来るな。魔石というのは魔法によってその効果を物質に与えられる。多分一部の稀少な宝石や金属なんかもいける奴があるのだろう。だが、一番手に入れやすいのが魔石か。


「何々? まずは魔石の用意。錬成釜で魔石を浄化。その後、バッグに取り付けたい形に整形するか」


 そうなると、まずはバッグの形を決めてしまうのがいい。

 肩掛けの大容量、フラップ付なんてのが真っ先に浮かぶが、あれは動き回るときに邪魔になりそうだ。虎之助自身が戦闘に参加するのだから動きにくかったり両手が塞がるものは除外する。リュックも邪魔になりそうだ。

 そうなると、体に括り付けられる物……ボディバッグの類いだな。


 ファスナーはどう説明すべきか……絵に描いても上手くかみ合ってくれるか心配だ。途中で引っかかったり壊れると厄介だ。生前、力んだ結果壊したファスナーは数え切れない。あと、硬い金属ファスナーは縫いにくい。なにより持ち歩く物が時代錯誤だと周囲の目が怖いな。奇妙な物を持ち歩く奴っていう認識をされるのも困る。製造方法とか聞かれるのも厄介だ。


 既に独りでに動き会話し、時々浮き上がるテディを連れている時点で十分に奇妙な人物であることを虎之助は失念している。


「ウエストバッグだな」


 そう、結論づけてまずは設計を始めた。

 できれば革製だ。ズボンのベルト穴に通して、バックルで締める。バックルはこの世界でも使われている金属パーツだ。

 収納は一箇所。容量は魔石に任せるから鞄自体の大きさと比例しない。邪魔にならないような大きさにした。


「これにフラップを付け、留め金で止める」


 フラップは前垂れの事だ。鞄でも蓋をするように前に垂れた部分がついているものがある。その前に垂れた部分を指す。

 これに金属のパーツを付ける。蓋側に回転式の爪がついていて、受ける側にはこの爪が引っかかる輪を付ける。鍵を掛ける時はこの爪を回転させて受け側の輪に通すだけだ。


「このデザイン、マジ好きなんだよな」


 嬉々として金属側のデザインを始める。ラッチフックはどっちかと言えばトランクなんかに多い、少し無骨なものだがパーツ単体としてもかなり格好いい。

 これに魔石……シンプルに楕円形が良さそうだ。色は赤味を帯びたオレンジ色で大きさも五百円玉より少し大きいくらいある。これをカッティング……平らな底面と、盛り上がった宝石っぽいカッティングにしようか。


「よし!」


 イメージは出来た。手元には設計図がある。これを元に作ろう。


「んで、この魔石に空間魔法を…………げっ!」


 作成手順を読んで、虎之助は心のままに声が出た。

 魔石に空間拡張魔法を施す方法は二通り。一つは錬金釜で魔石に付与する方法。紙に空間拡張の魔法陣を描き、これを魔石に転写する事で可能となるが……その魔法陣の細かさが尋常じゃない!

 円形の魔法陣の内側には五ミリくらいの文字でびっちりと文字が書き込まれ、時計の文字盤のような模様が幾つも。その文字盤の中にも文字が詰められている。

 これを手書き……しかも円の正確性や文字の丁寧さで性能が変わってくるとある。

 なるほど、優れた魔道具技師が尊ばれるのはこうした技術か。


「もう一つの方法が空間魔法使いによる魔法の付与か」


 これは簡単だ。魔石に向かって空間拡張魔法をかけてもらうだけ。だが、そもそも空間魔法が使える魔法使いが少なすぎるとある。かなり扱いが繊細で難しいものらしいのだ。


「手書きするしか……大きめの紙にまず書いて……」

『私が魔法を施しましょうか?』

「……へ?」


 声がして、そちらを凝視する。さぞ血走った怖い目をしていたのだろう、カフィが一瞬怯んだ。


「出来る、のか?」

『私は夜の魔法が使えるので、空間魔法も使えます。これで得意ですよ』


 灯台もと暗しだった。


「頼むぅぅぅ!」


 思わず土下座で頼み込んだ虎之助にカフィがオロオロし、クリームが笑う。そんな午前の一時となった。

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