昼を挟んで午後、虎之助達は地下の調剤部屋へときていた。
「まさかこのデカい釜が錬成釜だとはな……」
部屋の中央にドンと存在感マシマシの釜を繁々と眺め、虎之助は言う。何せ彼の錬成釜は土器サイズ。スケールが違う。
だがこれには理由があるらしい。カフィがインクと紙を用意しながら言った。
『大きな革の染めや、沢山の魔石の浄化、大きな素材の加工などにも使用する為大きいのです。他にも、とても細かな付与魔法陣は大きな紙に書いて大きな釜に入れて付与するなど、活用方法は多々あります』
「なるほど、確かにこれだけデカい釜ならあれだけ細かい魔法陣を大きな紙に書いて入れられるか」
納得いった。どうしたって虎之助の小さな釜に入る大きさの紙では無理だと思っていたのだ。
まずは机に向かって浄化の魔法陣を書く。これは既にやったことがあるので、手本を真似てスラスラと書けた。
『お上手です、ご主人様』
「履修済みだからな」
サッと書いて間違いがないかも確かめ、これを大きな釜の中に入れ、そこに持っている魔石全部を入れた。これが今回、この大釜を使う理由だ。
鑑定眼で見たところ、全ての魔石が穢れを受けていた。これを浄化しなければ魔道具として使えない。ということで、一気に浄化する事にしたのだ。
水魔法で水を出して全ての魔石が浸かるまで入れる。それが終われば釜の上部に取り付けられている魔石を押し込むだけだ。
薄暗い中、仄かなランプの明かりだけだと錬成釜の青白い光は目立つ。幾分明るくなった中で次の作業、整形だ。
こちらは形をしっかりと考えて書き起こす必要がある。まずはラッチフック。革に固定する穴が二箇所。取り付け位置に穴を開けてこいつを被せ、潰して固定するネジみたいなのを取り付ける。回転式の爪も書き加え、文字でも『ここは可動式』など加えておく。受ける輪っか側も同じく。大きさも書き足した。
「細かいな」
「パーツの作成が何気に大変だな。けれど俺は金属加工までは未経験だからな」
おそらく鋳型を作って、それに流し込む感じなんじゃないかと思う。可動部分は小さな棒を入れて両端を抜けないように加工してある。構造は何となく想像は付くんだが、これを作る技術はないな。
もう一枚、こちらは魔石の加工だ。楕円形で、大きさは五百円玉くらい。接着面は平らに。見える部分は盛り上げて宝石っぽいカッティングをする。こっちは想像しやすく書きやすかった。
その間に魔石の浄化が終わり、引き上げる。釜の中の穢れを吸着した水は底の方に取り付けられている栓を抜くと排出され、床の溝を通って別の部屋へと流れていく仕組みだ。
「実に理に適った設計だ」
と、いうことでまずは魔石の加工から。カフィに魔法を付与して貰わなければならない。
これは小さな錬成釜でいい。設計図を置き、上にレッドキラーグリズリーの魔石を置いて水を入れてスイッチオン。
見ていると中が仄かに光り、ぷくぷくと小さな泡を出しながら少しずつ形を変えていく。面白いものだ。
『前の主も時折、そうして釜の中を見て楽しんでおりましたよ』
「いや、面白いぞ」
『左様ですか』
可笑しそうに、でも懐かしそうに笑い目を細める人を、何処か痛ましく見てしまう。その間に、魔石は任意の形に変化してチーン! という間抜けな音を響かせた。
取り出した魔石をカフィに見せると、彼はとても満足そうに頷く。そして、机に置いた魔石に向かい手をかざした。
『エキスパンション』
とても短い言葉。だが直後、魔石の下に紫色の精緻な魔法陣が広がりグルグルと動き出す。外の円、内側の円、更に内側の円が時計回り、反時計回り、時計回りと動き出すがそれぞれの円の回転速度が違う。その間中、カフィは魔力を取られているようで彼の周囲も紫色の光っている。
やがてそれぞれの円の上部の月の飾りが一直線に揃った瞬間、まるで時計の針が合わさったようにカチンと音を立て、溜め込んでいた魔力が一気に魔石へと注ぎ魔法陣を吸い込んで内包した。
『完成です』
そう、ニッコリと微笑んだカフィの額に汗のようなものが浮かんでいる気がする。僅かに体も震えている。無理をさせたんだ。
虎之助はカフィの手を握り、背にも腕を回して叩いた。
「ありがとう。後はこっちでやるから、休んでろ」
『……ありがとうございます』
驚いて、けれど素直に頷いたカフィを部屋の椅子に座らせる。そうして彼を休ませている間に留め金の整形とバックルの整形もした。素材は屋敷にあった普通の鉄の金属を使わせてもらった。カフィに相談したらミスリル出してきたので丁重にお断りしたのだ。
時間にして三十分、ゆったりとした待ち時間が過ぎていった。
地下での作業は全て終えたので、次は一階の作業部屋に移った。
この頃にはカフィも回復したのかついてくる。明るい陽光の入る窓辺の作業台は大きく、大きな布を広げて裁断する事も出来そうだ。
そこに、今回は綺麗になめした茶色の革を一つ。作業部屋にあり、使っていいと言われて出したものだが……。
『オーガナイトの革
絶望の森産。オーガの上位種であるナイトの革。強靱な革は通常の剣を通さない』
鞄作る革としては上等過ぎるんだよな……。
とはいえ、肌触りは最高だ。滑らかな質感に適度な光沢、しっかりした革の質感を感じる。触れていると吸い付くような感触もあり、虎之助が知っているものでいうと牛革に近い感じがした。
「さて、加工だが……正直革はあんまり触ってないんだよな」
昔、父親に手製の物を父の日に贈りたくて革のスマホケースを贈った。手順は分かるが……魔法道具箱にあるか?
『魔法道具箱』
手をかざして呼び出す。すると当然のように出てきたのだが……。
「はぁぁ!」
出てきたのは以前の裁縫箱ではない。長細い木製の道具箱には丈夫なフォークみたいなものや彫刻刀のような形のカッター、革用のハサミに糸に針、ゴムの小さな金槌に光沢を出すようのなめし剤、接着剤、模様を刻印するためのスタンプに、穴を開ける目打ち、目の粗さの違うヤスリも数種類ある。
けれど虎之助が知っているのはこれじゃない。どういうことだ! となっていると、添えられていた明らかにタブレットがピカッと光った。
『虎之助、元気? ネオだよ~
魔法道具箱は作ろうと思っている物に合わせて内容が変化するから驚かないでね』
そう、文字が表示されている。
だが……。
「そういう事は事前に説明しておけやぁ!」
焦ったじゃねぇか! と怒鳴る虎之助にカフィはオロオロ、クリームは苦笑いだった。
何にしても道具があるのは有り難い。更にタブレットには『加工に不慣れな貴方に道具の使い方解説!』という項目も表示される。もっと早くこのタブレットも使い方教えておけよ。
「まずは図面から型紙を起こして、革に転写、裁断」
ここまでは布と変わらない。パタンナーで型紙を起こし、転写で革に写し、カッターとハサミで丁寧に裁断を行う。
「次は仕上げ材か」
これはコーティングだ。革はこのままじゃ腐食したり、水分が保てず硬くなっていく。それを防ぐ為の行程がこれになる。ついでに艶出しと表面を整える事もできる。
縫い代の部分には付かないように丁寧に刷毛でこれらを塗って乾かしていくと、一発で艶が出る。しかも速乾性だ。神器が遺憾なく力を発揮している。
次は縫っていく。縫う部分を重ねて固定し、菱目打ちを当てる。同じ場所に同じ形が開くのが理想だが……。
「よっと。おっ!」
流石神器! 重ねた革でも軽い力で穴が開く。これを繰り返し、穴が開いたらロウ引き糸と手縫い針で縫っていくのだ。
縫い方は二重縫い。入れた穴の隣から出し、最初の穴から出ている糸を下に、二番目の穴から出てる糸を上にして交差させる。そして、最初の穴からの糸を二番目の穴に通し、引き締めてから更に隣の穴に通す。
そうして次は二番目の穴から出ている糸が下で、三番目の穴に通す。これを繰り返していく。
しっかりと同じ力で引き締めていかないと縫いが綺麗に見えない。大事な作業だ。
だが道具がいいと仕事も早い。サクサクと目打ちして、サクサクと縫って行く。順調な作業だ。
これが終わったら鞄の形が見えてくる。フラップの部分には飾りとして蔦文様を意識したスタンプを押していく。形作られた金型を革に押し当て、弱い力で叩く。すると革に金型の形に傷がついてそれが模様になっていく。力を入れすぎると形の通りに革が抜けてしまうから気をつけなければ。
端の部分は荒い方からヤスリをかけて整え、細かな物でもう一度。最後に仕上げ材を塗っておく。
表に返して金具の取り付け。目打ちで穴をあけ、そこに金具を当ててビスを打つ。固定出来たら裏側から潰し、更にそこにパーツをはめ込みゴム槌で叩いて固定した。
ベルトは簡単だ。形に切り、仕上げ材を塗り、穴を開け、ベルトの金具を挟み込んでから縫う。
バッグの後ろにはベルトを差し込むタブがあり、そこにベルトを差し込んでいけばぴったりと固定出来た。
最後に魔石をフラップのラッチフックの少し上に取り付ける。しっかりと固定して外れないようにすると、鞄の雰囲気が変わった。膨大な魔力を感じたのだ。
「出来た……」
初めて作った革の鞄はまだ改善の余地はありそうだが、それでもイイできだ。
「主、早速物を入れてみよう!」
「そうだな!」
クリームに急かされ、辺りに目を向ける。そして、目に付いた大きな布のロールを手に取って先をマジックバッグの中に入れ込んだ。
「おぉぉぉぉぉ!」
明らかに作ったバッグと布の大きさが合わないのに、それはグングン吸い込むように飲み込んでいく。そしてあっという間に入ってしまった。
握った拳がブルブルと震える。嬉しくて、口元が釣り上がる。その思いを、天に突き上げる拳で昇華させた。
「マジックバッグ、出来たぞ!」
異世界初魔道具が無事完成した歓喜に、虎之助は弾けるような笑みを浮かべた。