ひとしきり喜んだ虎之助だが、現在は調剤室に逆戻り。それというのも、一つ加工が必要な素材をドロップしていたとのことだ。
「まさかこれが、熊公の睾丸だったとはな……」
虎之助の目の前には明るい黄色で絶妙な光沢のある、テニスボール大の玉が二つ並んでいる。
金玉って言うけど、それに寄せてんのかこれ……引くわ……。
『キラーグリズリー種の睾丸はドロップ率15%のレア素材ですよ。どの種族も欲しがる素材ですので、そのままにするのは勿体ないのです』
「なんの材料になるんだ?」
『性欲剤だったと思います。リーベ様の言葉を借りるならば、とても元気になる薬だと』
「言い方って、大事だな……」
まぁ、精巣だしな。しりゃ、滋養強壮には良さそうだ。漢方にもこんなのあったと思うしな。
とはいえ、高価な素材はいつか売れるかもしれない。ならば放置しておくのは、素材採集家も両立させる身としてはあってはならないだろう。例え手で持つ事を憚られる物でも、保存しておかなければ。
そういうことで錬成釜。ここに魔力を含む水を水魔法で注ぎ、次にカフィが用意した大きな瓶から素材を取り出す。
『こちらはミトの葉です。主に防腐と防虫の効果があります』
乾燥させているが色褪せない緑の葉はそれ程大きくはない。先の尖った形で、周囲はギザギザになっている。手に取って鼻を近づけると知っている清涼感のある香りがした。
「ミントみたいだな」
デザートの彩りや爽やかな水にレモンと一緒に入っている印象だ。
もう一つの瓶には何やら種が沢山入っている。小指の先ほどの大きさで丸い。匂いはしなかった。
『酒の実です』
「酒?」
こんな小さな物が酒なのかと凝視しているが、カフィは確かに頷いた。
『これだけでは無味なアルコールですが、ワインやブランデーといった酒造りに使われていますよ』
「なるほど? じゃあ、こいつは酒造りの酵母みたいなものなのか?」
異世界は面白い素材がある。それをこんな小さな木の実から感じる虎之助だった。
今回は保存の為のアルコールなので味は無用。釜の中に酒の実を二粒、ミトの葉を五枚ほど入れてスイッチオン。因みに、今回は魔法陣を入れなくていいそうだ。
『水に成分を抽出するだけでしたら、錬成釜に魔法陣を沈める必要はありません。このままゆっくりと待つだけです』
「ポーション作りとかもか?」
『ご明察です、ご主人様。ポーション作りは魔力水と薬草を入れ、必要であればその上から魔法をかけるのです。事前に魔法陣を沈めるような特殊なポーションは少ないですね』
「でも、あるのか?」
『少ない』であって『ない』ではない。
問うと、カフィはやや躊躇う様子を見せながら頷いた。
『呪いのポーションや、逆に特定の呪いを解く解呪の霊薬を作る時には魔法陣を沈めます』
「げっ、呪いなんてあるのかよ」
この魔法蔓延る世界で呪いなんて、とんでもない威力がありそうだ。
ドン引きの虎之助に、カフィもやや沈んだ様子で頷いた。
『リーベ様は解呪や解毒の霊薬を作れる高位の魔女でしたので、このような森に住んでいても時折、そのような依頼が舞い込む事がございました。その度、とても嫌そうな顔をしていたのを覚えています』
「まぁ、そういうのが必要な場合は既に誰かが餌食になってるだろうしな。いい気分はしないだろうよ」
『左様でございますね』
とはいえ、呪いか。そういうのはまったく分からないし、なまじ信じているものだから恐怖心もある。無縁であればいいと思うのだが。
そうこうしている間にチーンと音がして、十分に魔力水に成分が抽出できた。
これを用意している大きめの瓶にこし器を使って水だけを入れ、熊の睾丸は綺麗な水で一度洗ってから入れた。こう、微妙にふにゃっとするけれど中はしっかりしていて、妙に重たかった。
「これ、どうやって使うんだろうな?」
言ってみたが使う機会もないだろう。とりあえずこういう生薬は直射日光の入らない冷暗所というのがお約束だと、地下調剤室の同じような素材が並ぶ棚に置き、ラベルに素材名と大まかな時期を記載して、これでお終いとした。
その日はカフィも疲れているだろうからと、夕食は虎之助が作った。
これをカフィは役立たず認定と勘違いして焦ったが、そうじゃなくて労りだと説明すると渋々納得してくれた。どうにも奉仕精神が強いようだ。
この日はクリームとカフィも一緒に食卓につき、話をしながら賑やかに食事をして風呂に浸かり、部屋に戻った。
だが、やりたい事があって遅くなっても虎之助はランプに明かりを灯しタブレットを弄っている。
神器の解説タブレットはなかなかに優れものだ。主に、こちらの要望に対する検索ができるのが助かる。
検索ワードは「#屋敷妖精、#自由に動けるようになる方法」だ。
やはり虎之助としてはカフィだけがこの屋敷に引きこもる現状を変えたい。今日、随分と話をした。そしてやはり、前の主を気にしているのを感じた。嬉しそうなんだ、その話題を振ると。
主が死んだ場所は口頭じゃ伝えるのが難しい。そもそもこの森には地図がない。地図に印を、なんて事もできないんだ。
「おっ」
検索すると項目が出てくる。ってことは、可能なのだろう。
「妖精は主に二種類……自然界から産まれた者と、用途に合わせて人が呼び出した者」
おそらくカフィは後者だろう。更に項目を見ると、おおよその事が分かった。
屋敷妖精など、物に妖精や精霊を憑ける事がある。
精霊、妖精付となった物は稀少で強く、中には伝説の〇〇なんて呼ばれる物もある。だが同時に、二人目以降の所有者は苦労する。守護者に認められなければ持ち主となれないからだ。
「あるな、剣が持ち主を選ぶって設定。あれか」
大抵勇者がこれを制する。むしろこれが抜けないのは偽物勇者でざまぁ展開待ったなしだ。
それを考えると、前の持ち主の口添えがあったとはいえ、虎之助はカフィに認められた事になる。改めて、有り難いものだ。
「だがそうなると、核を移動可能な何かに入れて……あっ、ダメか」
読むと、核はその物が無くなるまでは移動できない。そして核を失えば宿る妖精は消滅するという。それはリスクが高い。
だが、これを解決できる方法がある。
「
カラーイラスト付のそのアイテムを、虎之助は食い入るように見た。
この輝虹石は妖精族の依り代として最適で、これに精神体を入れて主と契約すると、主の周囲数百~一キロ圏内と行動範囲は限られるが核から離れる事ができるという。そしてこの石が破壊されたらダメージは負うが死ぬ事はなく、核の元へと自動で戻される。
「採集方法が……魔力の高い土地にできる清らかな泉にいる、二枚貝の中に稀にあるか」
真珠じゃねぇか。
イラストも丸く、真珠特有のパールの光沢を感じるものである。サイズはまちまちだが、大きい方がいいらしい。
「ってことは、やっぱ周辺を偵察する奴がいるな」
そんな事で更に調べ物をしていると、側のテーブルにコトンとカップが置かれて顔を上げた。
見ればカフィが紅茶のカップを置いてくれている。心配そうに、こちらを見て。
『もう遅い時間です。続きは明日でも良いのでは?』
「あ……」
確かに、窓から見える月はかなり高い位置にあり、空の色は深まっている。
出された紅茶はいい匂いがした。口に含むとさっぱりとした味わいで気持ちが落ち着き、適度に体も温まってリラックスしていく。
「美味いな」
『ありがとうございます』
頭を下げたカフィに、ふと虎之助は聞いてみたくなった。
「なぁ。もしお前の前の主の死んだ場所に行ける方法があるとしたら、行きたいか?」
問うと、カフィは眉根を強く寄せる。苦しそうで悲しそうだが、首を横に振った。
『お気遣いは無用です。既に私の主は虎之助様ですから』
そうは言うが、様子はそうではない。だからこそ、何とかしたいとやはり思うのだ。