目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第17話 兎偵察部隊

 オーガ討伐から早七日が経った。

 あの後も虎之助は毎日のように屋敷周辺を巡回し、見つけた魔物を討伐している。

 ホーンラビット、キラーグリズリー種、フォレストウルフ、オーガは比較的頻繁に現れる事が分かった。

 他にもヴェルニスという毒霧を吐く巨大な蛇がきたが、もの凄く冷気に弱かった。クリームが氷魔法を打つと動きが極端に悪くなり、その隙に虎之助が頭を落とした。


 こうして順調に鍛錬と体の使い方を実践で習得しつつ、少しずつ行動範囲も広げて行けそうな事には安堵した。

 だが、別の問題が起こっている。


「……流石にうさたんの素材が多すぎる」


 回収した素材を一時的に保管できる地下の空き部屋に来て、虎之助は腕を組んで唸った。

 カフィ曰く、この家の周辺に比較的弱い魔物が多いのは屋敷の位置の問題もあるが、結界があって強い魔物が嫌がるからという理由もあるそうだ。結果として、ホーンラビットが多い。

 肉は毎日とても美味しく食べている。一部は燻製にもして備えてもいる。


 が、問題は毛皮と魔石だ。とにかく増えてきた。

 現在手元にあるのは角が三本の魔石が五つ。これはそれなりにいい物だから無駄に使うのは避けた方がいいとカフィが言っていた。

 続いて二本角の魔石。これは二十程ある。そして一本のものはとにかく沢山だ。

 ただし、一本角は使い勝手もいい。浄化して砕いてインクに入れれば魔力インクになるし、家の中の魔道具の動力源にもなる。ガサッと麻袋に詰め込んで置いているのが現状だ。


 これだけの素材を前に何も作らない、というのは手芸好きとしてはない。そして自身がある程度屋敷を離れて立ち回れる技量と自信を得た事で、計画を次の段階に引き上げられると確信している。


「よし、やるか」


 そうとなれば材料を作業部屋に運び込もう。魔石は全て浄化してある。大量の毛皮と魔石を持ち出し、虎之助は鼻歌を歌いながら地上へと戻っていった。


「主、次は何を作るのだ?」


 作業部屋は明るい一階にあり、作業台は大きな窓際。手元が明るくて助かる。

 そこにホーンラビットの魔石を並べた虎之助の手元を覗き込むようにクリームがいる。最近は肩や頭に掴まってダレているが、これもまた可愛いので許している。


「兎の偵察部隊を作ろうと思う」

「偵察部隊?」


 訝しむクリームに虎之助は真面目に頷き、スケッチブックを取り出しうさぎのぬいぐるみの絵を描き始めた。


「前から、家の周辺や森の中を偵察する部隊を作りたいと思っていたんだ。この森はとにかく広大で地図もない。どこに何があるのか、どの方向に行けば森から出られるのかも分からない」


 跳躍することで俯瞰は出来ても、それはあくまで空撮映像。森の中が実際どうなっているのかが分からない。

 何よりあの水場に行く道を確保しなければならないが、その道の様子も分からないのだ。


「俺が行こうか?」

「いや、危険過ぎる。いくらクリームでも単独で動けばまずい相手もいるだろ?」

「居ない、とは言えないな」


 腕を組んで頭を小難しく捻るクリームは人間くさいように見える。それだけテディの体が馴染んだのだろうか。


「だが、俺ですらそうなのだ。そんな小さな魔石しか持たない奴等に何ができる? そもそも、この魔石には自我はないぞ?」


 そうなのだ。

 どうやら自我を持つ程の魔物となれば相当に賢いか強い。一般の魔物は自我を持たず本能で生きている。当然、その場判断なんて事は不可能だ。

 虎之助もその辺りで悩んでいた。だが、神器のタブレットを弄るうちに一つ有用な方法を見つけていた。


「条件付与型の契約を魔石に施せば、限定的だが意図した命令を魔石に与える事ができる」


 書き終えたスケッチは一度閉じる。そして、それとは違う紙に魔法インクで魔法陣を書き出した。


 条件付与型の契約魔法というのがあるそうだ。

 魔石には大きさや格によって、魔法や条件を付与できるそうだ。要はプログラミングのようなものだった。


 三つ角の魔石には条件を三つ入れられる。これを考慮し、既に選び出している。

 一つは『帰巣』Aクラス以上の魔物に遭遇した場合、契約者の元に帰ってくる事。

 二つ目は『緊急信号』人に遭遇した場合はその場で超高音の特殊な信号を送る事。その後、追跡させる。

 三つ目は『救護』要救助者が万が一いた場合、その人物を囲って持たせた魔道具を展開させる。


「契約者は俺だ」


 最後に自分の名前を明記し、紙の上に五つの魔石を乗せる。後は一度やったことだ。


『契約!』


 手をかざして唱えると、そこからズズッと魔力が引き抜かれる感じがある。魔力の認識が進むと感じるようになり、この後は少し力が抜ける。

 だがお陰で条件は無事に付与された。紙の上の魔法陣は消え、魔石の色が前より一段階明るく煌めいて見える。これが契約成功の証だ。


『流石ですね、ご主人様。魔石に条件を付与する契約は上級ですのに』


 控えめに来ていたカフィも覗き込んでそんな事を言う。勿論上級魔法らしくしっかりと魔力を持っていかれたのだが、ここからだ。


「これで準備も出来た。後はひたすらうさぎぬいを縫っていくだけだ」


 物を作っている時の静かな気持ちと心地いい集中力、そして完成を想像するワクワク感。これがあるから物作りは楽しくて、いつも心がキラキラする。生前も今も、これだけは変わらない安心感があった。


 描き起こしたスケッチをパタンナーで型紙に。正し、今回は極力小さく作る事にした。


「小さいな!」

「此奴らにはあえて戦闘はさせねぇ。勝てねぇの分かってるしな。そのかわり、全力で森の中を隠れながら逃げるようにする」


 これも立派な生存戦略だ。

 大きな魔物にとって小さな魔物は視認が難しく、倒しても得られるものが少ない。これは本能的にそうなのだという。

 ならば逃げの一手だ。幸いフィールドは森。草や倒木に隠れて小ささを武器にすればいい。


 とはいえ、手縫いするのであり得ない大きさには出来ない。この三つ角は十センチ程度にした。手に乗るサイズだ。

 形もカフィー達とは違う。直立歩行の必要性がないのだから手足の可動域はより自然なもの。耳は引っかかりが少ないようにロップイヤーにした。


「よし」


 まずは毛皮に転写していく。頭マチ、左右の頭、胴体の左右前側、後ろ側。足は少ししっかりと。跳躍には後ろ足の筋肉が必要だ。


 まずは耳。長い垂れ耳部分を中表にして、内側は作業室から可愛らしいピンクを選んでみた。これに表のシルバーグレーの毛皮と合わせて縫っていく。


「っと、その前にナンバリングだな。T.Craft No」


 ここまで言った所でどこからともなく現れたカフィが不安そうな様子でいる。何かを言いたげで、でも言えなくて困る彼に首を傾げると、何かを察したらしいクリームが「あー」と声を上げた。


「主、この者達は量産なのか?」

「そうだな」

「では、特別に名は付けなくとも良いのではないか? 切りがないぞ」

「……確かに」


 だがそうなると……部隊の隊長だけにはナンバーを入れたいんだが。


 迷った挙げ句、T.Craft No.HR1と入れる事にした。ホーンラビットだからな。


 気を取り直して首から鼻先を縫い、更にはマチと左右の頭を続けて鼻先から。目の位置には穴を開けておく。


「っと、目か。ホーンラビットの魔石でいいか」


 一つ角の魔石を用意して、目の形に。今回はワッシャータイプにした。数が多いからな。

 これらを錬成釜に入れてスイッチを押して、更に作業。


 頭部にはスリットが入っており、そこに耳を挟み込んで事前に縫い合わせている。後頭部まで縫えれば頭はとりあえずいい。次は胴体だ。


 まずは前身頃の左右を合わせて中心を縫う。後ろも同じだが、返し口まで縫わないように注意だ。

 次に前と後ろを合わせるが、この時後ろの方が大きい。何故なら背中の方が膨らむデザインだからだ。座ったときにも安定するフォルムだ。

 なので、しっかりと前後の形を見てクリップで要所を留めて縫っていく。


『目が仕上がりましたよ』

「おっ、サンキュウ」


 カフィから材料を受け取って次。

 前と後ろが縫い合わされば、次は首とドッキングさせる。頭を返し、中表に胴に入れ込み首の周りを縫い合わせていく。

 そうしたら全体を表に返し、目の位置に足つきの赤い目玉ワッシャーを入れて裏側から留めをはめて固定すればいい。


「おっ! 可愛いな!」


 元が釣り目で筋肉質な凶悪顔だったとは想像もできない丸いフォルム。つぶらな瞳がまた愛らしい。


「むぅ、これは確かに可愛い。小さいのも良いな」


 ふよふよ浮いて背後から見ていたクリームも唸る。まだ綿を入れていない状態でこの顔だ、既に愛着が湧く。


 あとは綿を入れ込んでいく。足と手にはしっかり。こいつで森を駆けてもらうのだから。

 次には頭。刺繍は今回少ないが、鼻先はしっかり。ふっくらと丸い頭に大きな垂れ耳の可愛らしいものが出来上がってきた。


 最後に胴体。まずは綿をある程度詰め、最後に魔石を入れ込む。表面を撫でて。


「偵察部隊、お前に任せるからな」


 声をかけてから入れ込み、更に周囲に綿をしっかりと入れて背中を閉じていく。

 次に目元。長い毛足を少しカットし、付けた目の下側から、斜め上へと針を通して窪ませる。これでかなり表情がつく。

 最後は茶色の刺繍糸で鼻だ。テディとは違い、鼻の部分にY字に刺繍を入れれば完成!


「兎偵察部隊、第一号だ!」


 手の平に乗るちんまりとしたグレーの兎がとても愛らしい。そして、事前に契約しているせいか完成と同時にピルピル動き出す。手の中でちょこんと座ったまま首を左右に回し、辺りを確かめて耳をピクッと動かしている。


「可愛いうさたんだぁ」


 思わず顔も緩むってものだ。可愛く生まれ変わったうさたんにデレデレな虎之助だった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?