兎偵察部隊一号が完成した翌日から、虎之助の怒濤のぬいぐるみ作成が始まった。
朝起きて支度をし、日課の鍛錬と見回りを行う。この時一号を側に付けて試運転をし、同時に目を改造する事にした。マッピング機能を忘れていた事に気づいたのだ。
カフィに相談して、彼らの目に五分毎に居場所を自動で知らせる機能をつけた。一応この森のマップというものが存在しているらしく、それに自動で自分が今どこに居るかを魔力で転送させ、印を付ける機能だ。
目とマップ、両方を一変に繋げる必要があった為に苦労したが、どうにかなった。魔法はイメージ力も大事とは言ったものだな。
これで兎が通れる場所や、強い魔物が現れて逃げ帰った場所も分かるわけだ。まぁ、実際人間が通れるかの検証は改めて必要だろう。下調べが出来れば上々だ。
それにしてもこの森のマップだと出された物がただただ広い森フィールドを表すだけで道も道しるべもない空白地帯だったのには、思わず「あぁぁぁ……」と声が出た。
そういうわけで改良うさを連れての見回りをしてみると無事にマッピングは出来た。よし。
ということで、ここからは量産に入る。
午後の時間、ひたすら兎のぬいぐるみを作った。リーダーになるHRは全部で五体。その下には二つ角の子ウサギを四体つける。子ウサギは親の動きに倣うようにしてあるので連隊は取れるだろう。部隊毎に子ウサギを親兎とリンクさせて試運転をしたが問題ない。
子ウサギは分散して周囲を探ると同時に、何かあれば親兎に連絡。また、襲われた際に親を逃がすための囮でもある。そんな残酷な事は絶対にさせたくはないが! 有事というのも考えないわけにもいかなかった。
「あとはこいつだな」
そう言って虎之助が持ち出したのは、以前倒したオーガの魔石だった。
このオーガ達も質が良かったらしく、自我はないがなかなかいい素材になりそうだった。そこで、魔石の性質というのを利用した結界を兎部隊に作ろうと思いあれこれ調べていたのだ。
同じ魔石は砕いても引き合う。そういう性質があると魔道具製作手順の本にあった。この性質を利用して広範囲結界を張るアクセサリーの製造方法があったのだ。
まずは魔石を必要な個数に砕く。魔法道具の中から先が細く、先端は平らなハンマーのような物を取り出す。コヤスケというらしいそれは石を砕く為の物で、今回は小さい石だから道具も小さめ。
これを割りたい場所に宛がい、上から鉄製の重いハンマーで叩く。すると石がコロンと小さく砕けた。
これで五つに石を割って、錬成釜で形を整えたら次の段階。魔石に守護の魔法を付与する。
守護の魔法陣はあまり難しくはなかった。六角形の中に結界魔法を示す文言を魔力インクで書き込んでいく。言語理解がいい仕事をするものだ。虎之助は日本語で書いているつもりだが、紙を見れば適切な魔法言語で書かれているとカフィが言っていた。適切な言語で書けるらしい。
更に魔法陣には一緒に入れた魔石同士で呼び合うようにも条件を加えてある。
これを錬成釜に入れれば魔石が完成する。
これを取り付ける土台をどうするか。外れにくいものがいいが……ピンブローチにしてみようか。シンプルに石の裏に土台をそのまま付ける感じで。
なんて事を考えていると不意にカフィが困り顔で尋ねてきた。
『あの、主……実は妙なものが屋敷の外におりまして』
「妙なもの?」
言い方が随分妙だ。害意があればクリームが退治しているだろうが、この口ぶりだとそうはなっていない。
「人か?」
『いえ、魔物なのですが』
「魔物?」
余計に意味が分からない。とりあえず行こうとなり、虎之助は立ち上がった。
案内されて玄関から外へ。するとガーデンゲートの側に妙な物がちょこんと座っていた。
透明の液体のようでいてそうではない。ゼリーのようにぷるんとしていて瑞々しく、形はおそらく丸い。地面につくと底面が平らになって半円のようになる。
ただ、決してゼリーではない。何故ならそれは大きさとして直径30センチくらいはあり、自分の意志でぴょんぴょん跳ね回ってこちらに来たがる素振りを見せているのだから。
「……水信玄餅」
『スライムです』
夏季限定、賞味期限三十分。名水で丁寧に作られた幻の菓子に良く似ている。きなこと黒蜜をかけたい。
だがカフィの話では、あれはスライムなのだという。なるほど、それも納得できる。動いてるしな。
「主、あのスライムは妙だ。核が見つからない」
警戒しているクリームがそう伝えてくる。確かに、スライムと言えば核があるイメージだ。それを潰されると死んでしまう弱い魔物。なのに、目の前のスライムには核がない……いや、核も透明なのか!
よく目を凝らすと光の反射角度が途中で変わっている。はっきりとは見えないが、おそらくあそこに核があるのだろう。
『ミラージュスライム……ですかね? スライムの上位種でもかなり珍しいものです』
「強いのか?」
『上位種と言ってもスライムですから、ご主人様やクリーム相手ではさしたる脅威はありません。ただ、擬態が上手い種類ではあります』
曰く、まず透明で周囲の色彩に馴染むので発見が難しい。形状も自由に変えられて、核が通れば狭い隙間も進める。そして、幻惑の魔法を使えるそうだ。
こんな話をしている間もスライムは飛び跳ねて離れない。まるで「いれて~」と言っているようだ。悪意も敵意も感じない、むしろ何か好意を感じる様子に虎之助は近付いて、ゲートを開けてやった。
「「あ!」」
「ん? 問題あるのか?」
思わず叫ぶ二人に問うと、二人は何とも言えない顔をしたが「問題ない」と答えてくれた。
その間にもスライムは虎之助の足元に転がってスリスリと擦り寄ってくる。まるで猫が気に入った人間に匂いを移そうとしているようで愛らしく、虎之助はしゃがみ込んでスライムを撫でて驚いた。
「ヒヤッと冷たくて気持ちいいし、しっとり濡れてて面白いな。スクイーズ……いや、市販のスライムみたいだ」
近年、スライムが市販されその触り心地や色、伸びる様子などが人気になっていた。それを思い出させる触り心地にちょっと癒される。
すると何故かクリームが顔面に飛んできて張り付いてくる。もふっとした白い毛が心地よく、ふっくらとお日様の匂いがする。さては直前まで日向ぼっこしてたな!
「俺も可愛いぞ!」
「勿論クリームは可愛いだろう」
クリクリ愛らしい目ともふっとした毛並み、丸いフォルムは誰がどう見ても可愛い。間違いない。
そんなクリームを引き離して見ればカフィがしょぼんとした顔をしていた。
『すみません、人型で』
「なんで!」
それ謝られてどうしろと! とりあえず頭を撫でたら「お優しいです」と言ったのでいいのだろう。
それにしてもこのスライム、人懐っこい。異世界転生物ではスライムが意外と最強というものが多い。最弱モンスターの下克上だ。それに使い勝手がいいイメージも実はある。
「お前、もしかして俺と契約したいのか? なんちゃってな」
と、冗談めかして言ってみるとピョコピョコと跳ねながらほんのりピンク色に変わった。
「お?」
『肯定、でしょうか?』
「マジか」
まさか本当に契約したいなんて。でもこれ、普通の契約か? 魔物と契約できるのはテイマーじゃないのか?
「え? 普通に契約できるのか?」
「可能だろう。我等と交わす契約と変わらない。相手が従う意志を見せているしな」
そういうものなのか……でもそうなると名前を……。
「駄目だ、水信玄餅しか出てこない」
呟くとまたピョコピョコ跳ねながらピンク色に。これは嬉しいのだろうか。名前だぞ?
「ミズ?」
だろうか。まさか『水信玄餅』ではなかろう。
でもスライムは今度は溶けた氷みたいに地面に広がって、色もグレーになった。器用だ。
だが、そうなると……。
「もしかして、信玄か?」
今度はピンク色になって飛び跳ねる。マジか、こいつ戦国武将名乗るのか? 織田信長ですら恐れた武将だぞ。
「喜んでいるな、気に入ったのだろう」
「マジかよ。これ、俺の世界の有名武将の名前だぞ」
「ブショウ?」
「もの凄く戦が上手だった……将軍? 一国の城主?」
『随分な名ですね。ですが、先程はミズシンゲンモチと』
「その武将の居た地域で出している甘味の名前だ。見た目がまんま似てるんだ」
「そこで甘味というのが主らしいな」
だがまぁ、本人が気に入ったんだ。ならばこれでいいだろう。
『契約!』
契約の魔法を発動させるとけっこうな量の魔力を持っていかれた。このスライム、やはり普通と少し違うのかもしれない。
契約出来た途端、長細い触手のようなものを出した信玄と握手をして、後はコロコロと転がって嬉しそうにしている。
『妙な住人が増えましたね』
「まぁ、一匹くらいよかろう」
「賑やかな分には構わないな」
三者三様。だが苦笑して新たな住人を見ている。
この子が後々大変な活躍をするとは、この時は思ってもみなかった。