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第6話 左遷 その3

「軍の指揮権を剥奪されただって?!」


賑わう酒場の端で青年の野太い声が響き渡った。


その青年の前には腕と足を組み、不遜な態度で座るベルナがいた。


「あぁ。そういうことになる」


と短く返事する。


「そ、そういうことになるって、ゼレペ城塞防衛戦でベルナのおかげで俺たちは助かったんだぞ。それを……それを、剥奪って……」


青年は頭を抱えて項垂れた。


「それは、それだ。私はもう最前線の指揮官ではない」


ベルナは素っ気なく言う。


「いやいやいやいや、それはないぞ!」


青年は唾を飛ばしながら捲し立て、慌てているが当の本人は爪の中に入ったごみをほじくり出しながら無視した。


「ガルム騎士団長!  今すぐに異議申し立てをすべきです! これは明らかに間違ってます!」


そういうとエールをあおっていたガルムへ顔を向けて、テーブルを何度も叩いた。


「……落ち着け。ジョルジェ」

「しかし!」

「王命には逆らえん。我々は粛々とその命令を受けなけらばならないのだ」

「 ベルナがいなければ、あの戦局を乗り切れなかったはず! 十万の亜人を討ち取ったんですよ?!」


ジョルジェは食い下がらない。


「いいか。ベルナが最前線の指揮官でなくなったところで、我が騎士団になんら影響はない。お前の言いたいことも分かるが所詮は我らは外部だ。異論を唱えたところで、なにも変わらん」


ガルムが諭すと、ジョルジェは押し黙ってしまった。


「……俺、悔しいです。フェレン聖騎士団がここまで力がなくなっただなんて」


フェレン聖騎士団―――創設1000年の歴史を誇るこの騎士団は当時、5人の亡国の騎士たちが魔物たちから農民を守ろうと集まったことがその起源だと言われている。


最盛期では100万の騎士が所属しており、出身国もそれぞれで、多国籍軍のような形をとっていた。


魔物と真正面から戦えるフェレン聖騎士団の存在は各国の王にとっては必要不可欠な存在で、頼らざるを得なかった。


人材育成、魔法研究、軍事研究といった様々な分野での資金がフェレン聖騎士団に必要となり、その支持を各国へ求めてきた。


フェレン聖騎士団に代わる軍組織がないため、各国は資金を出し続けた。


集めた莫大な資金は正しく使われていたが、味を占めたフェレン聖教会の幹部たちは次第に私腹を肥やすようになり、各国から寄付された金も不正に使われ始めた。


また各国の王よりも権力も発言力を持ち始め、政治も大きく関与し始めた。


その結果、フェレン聖教会は領地拡大、国取り、戦争、と好き放題となった。


騎士の質も落ち、窃盗、殺人など何でもありな状態が続き、「盗賊騎士」となどと揶揄されるようなありさまで、徐々に各国の王や民衆からの不満が溜まり、ついには農民の大規模な反乱が起き、やがて国を巻き込んだ戦火は大陸全土へと拡大。両方ともども甚大な被害を受ける結果となった。


そして、長く続いた戦争はフェレン聖教会の第34代総騎士団長の「争いはいけない」という鶴の一声によって、一定の条件のもと終戦を迎えることとなる。


これにより、フェレン聖教会は権威を失い、各国と対等な関係となった。


その条件というのは――――


フェレン聖騎士団は本来の務めを果たすこと。


魔物に対する即応部隊としての役割を維持すること。


どこの国にも左右されない独立した騎士団としての機能を維持、継続すること。


政治的な関与は一切しないこと。


資金源は各国の援助金のみとすること。


非営利団体であること。である。


フェレン聖騎士団はこれを受け入れたことで、今では各地に駐在所を持つ街の自警団のような扱いになっている。


その歴史はフェレン聖騎士団として知っておくべき事実であり、フェレン聖騎士であれば、誰もが知っていることだった。


「……我々はこの世界の守護者だ。政治に関与してはならない。決してな」


重みのある言葉だった。


悔しさのあまり、唇を噛みしめる。


「ジョルジェ。もうこの話は終わりだ」


ガルムはそう言い切るとまたエールをあおる。


一気に飲み干すとテーブルに勢いよく叩きつけた。


そのまま立ち上がり、巾着袋を取り出して、金貨を数枚、テーブルに置いたあと、出口へ向かっていった。ふと思い出したかのように足をとめて、後ろ目でベルナへ言う。


「ベルナ、いつでも戦えるように鍛錬は怠らないようにな」

「私を誰だと思っている」


上目遣いで睨むベルナにガルムは笑ってみせる。


「そうだった。ではまた」


そういうとガルムは酒場をあとにした。


ジョルジェもガルムのあとを追うように酒場を出ていく。


それを見ていたベルナは小さくため息をついて、頼んだエールへ視線を落とす。


まだ一滴も飲んでいなかったエールの水面に自分の顔が映っていた。


昔見た顔つきとは違い、どこか疲れ切った顔だった。


ベルナは生ぬるくなったエールを一気に飲み干した。


「もう一杯くれ」とカウンターに金貨を置くと、酒場の主人が答える。


「はいよ」


ベルナはまた、ため息をついた。

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