王の間はその一言で静寂を取り戻す。
その場の全員が声の主へと視線を向けた。
そこにいたのは玉座から立ち上がったフェルド王だった。
大きな声を上げるような王ではないことに誰もが驚かされた。
自らもその行動に驚いたのか、咳ばらいをした後、玉座に座り直し、声量を落とす。
「ベルナ、剣を収めよ」と王は命令する。
ベルナは剣を抜こうとしていたがその手をピタリと止め、ゆっくりと柄を握る手から力を抜いた。
息を吐いたあと、改まるようにして片膝をつき、頭を垂れた。
「我が王よ、王の間でのご無礼、お許しください」
「……よい」
ベルナは頭を下げたまま動かない。
「オルディアトもだ。ベルナも反省しておる。それ以上の叱責は不要」
「しかし……」
オルディアトは不満げに言う。
「なんだ?」
王は冷たい目で睨むように見るとオルディアトは壁際へと引き下がった。
そして、再びフェルドは玉座に座り直すと、ふぅっと息を吐いた。
「ベルナよ」
「はっ」
ベルナもかしこまった。
フェルド王が呆れ混じりにため息を吐く。
「余は今回の件をどう対処するか。非常に頭を悩ませていた。厳重に処罰すべきだ」
「……」
「しかし、だ。10万の亜人を討ち取った功績は無視できるものではない。すでに王都では勝利に沸き、民は歓喜しておる。勝利へと導いた英雄であるベルナを処罰することは民への反発を生むだろう。今、王国は一致団結すべき時。王国が揺らぐような事態だけは避けねばならぬ。だが、兵を消耗品などと二度と口にするでない。そなたへの兵の信頼が下がるだけだ。代わりはおらんのだぞ。そのことを肝に銘じよ」
「はっ。承知しました。王よ」
ベルナは頭を下げた。
壁際に立っていたオルディアトが不満げな顔で見ていたことにフェルドは気づく。
「オルディアト総司令官の不満もわかる。よって、ベルナに前線ではなく、王都防衛、キングズ・ガードの指揮官を命じる」
「なっ?!」
オルディアトが予想していなかった処置に驚き、目を見開いた。
王の間にいる大臣や兵士らも驚きを隠せない様子で、ざわつく。
ベルナも不服そうだったが、すぐに頭を下げた。
「……王のご命令とあらば」
「よろしい。ではもう下がれ」
「はっ」
ベルナは立ち上がり、フェルド王に恭しく頭を下げた。
それは王を敬うようなものではなく形式上やったようにも思えたがフェルドは指摘することはなかった。
彼女の背中に声をかける。
「ベルナよ。先の戦で疲れていよう。ゆっくりと休むように」
彼女は振り返り、また一礼したあと踵を返して、その場をあとにした。
彼女のあとを追うようにガルムが同じように頭を下げた後、王の間を辞した。
バタンと王の間の扉が閉じられたとき、オルディアトが王の判断に納得がいかなかったのか、顔を真っ赤に歩み寄ってきた。
「陛下。この判断は不適切です。多くの兵士を無駄死にさせたのですよ? さらには兵を消耗品などと。軍の指揮官としての資質を疑ってしまいます」
オルディアトの言葉と意見はこの王の間は間違っていない。
「そちの意見もしっかりと考えよう」
フェルドはそういうと、オルディアトに対して退出を命じる。
それにはアルディアトは眉をピクつかせながらも、王命には逆らるわけにはいかず、不服そうに頭を下げた後、マントを翻し、王の間を後にした。
フェルドの傍で一連の流れを黙ってみていた宰相クリーヴズは眉を八の字にしてため息を吐いた。
「よろしいのですか?」
クリーヴズが心配するような視線を向ける。
「よい」
フェルドはそう短く答えたあと、再び口にする。
「アルディアトが最前線で指揮を執る。国境防衛の兵も増員するつもりだ。これで、王都は攻められまい」
「しかし、彼女がいたからこそ、最前線が保たれていたのではありませんか?」
クリーヴズの言葉にフェルドは唸る。
「……我が王国は彼女一人に頼りすぎている」
「おっしゃる通りではありますが……」
「それが現実だ。今は王都の守備兵力を減らすしかあるまい。20万の兵の代わりに彼女が王都を守護するのだ、王都は守られよう」
すると、クリーヴズは頷くしかできなかった。
「では、そのように準備をいたしましょう」
「うむ。もろもろのこと、任せる」