「やめてください。」医者が眉をひそめて声を荒げる。「これ以上採血を続けたら命に関わる可能性があります。」
日向は冷たく鼻で笑った。「命に関わる?彼女がどうなろうと構わない。続けろ。」
美桜の呼吸はだんだんと浅くなり、指先まで冷たくなっていく。
視界がぼやける中、彼女は必死に日向の方を見やり、かすかに口元を持ち上げてみせた。「社長……満足ですか?」
日向は彼女の青白い顔をじっと見つめ、なぜか胸に苛立ちを覚える。「また、くだらない芝居か?」
美桜はもう返事をしなかった。
瞳はうつろになり、心音は消え入りそうに弱い。毒性の強い薬と失血のせいで、ついに体は限界を迎え、彼女は意識を失った。
「患者が目覚めました。社長に報告しますか?」
ドアの外で、医者が声をひそめて尋ねる。
「報告?無駄だよ。」
藤原執事が皮肉めいた口調で答える。
「社長はこの半月、一度も顔を見せていない。紗耶香様が『彼女を見ると気分が悪くなる』と言えば、社長もすぐ『もう彼女の話はするな』と命じた。」
美桜の爪はぎゅっと手のひらに食い込む。薬のせいで傷がなかなか癒えないが、本当に苦しいのは、あの無情な会話だった。
日向はすぐに上着を脱いで紗耶香の肩にかける。まるで祈るような優しさだった。
美桜の脳裏に蘇るのは、大学四年の冬、紗耶香に階段から突き落とされたあの日。日向は同じように彼女を包み込んで守ってくれていた。
「寒くないか?」あのとき、彼は彼女をコートに包み、「家に帰ろう」と微笑んだ。
今、そのコートが包んでいるのは別の女性。そして、自分の「家」とは、医者ですら長居したがらないこの病室だった。
「回診です。」看護師がドアを開け、窓辺の美桜を見て驚きの声を上げる。「起き上がったらダメです!傷が開きますよ!」
美桜は何も答えず、視線を窓の外に釘付けにしたまま動かない。日向は紗耶香の靴紐をしゃがんで結んでいる。それはかつて自分がしてもらった仕草そのものだった。
「奥様……」看護師は言い淀む。「もう、見ない方が……」
「高梨と呼んでください。」美桜は静かに答える。
「どうせ、彼にとって私はもう妻じゃない。」
―――
深夜二時、ドアが乱暴に蹴り開けられた。
日向は酒の匂いを漂わせ、スーツも乱れ、紗耶香の甘い香水の残り香が染みついている。
美桜が何か言う暇もなく、彼は彼女を冷たい壁に押し付けた。
「満足か?」彼は顎をきつく掴む。「俺をばかにして、面白かったのか?」
美桜は必死で押し返す。「よく見て、私は高梨美桜よ!」
「黙れ!」日向は彼女の寝間着を乱暴に引き裂き、罰するように唇で彼女の肌をなぞっていく。「これが望みだったんだろう?」
痛みと、得体の知れない快感が全身を駆け抜ける。
彼が鎖骨に噛みついた瞬間、美桜はついに涙ながらに叫んだ。
「そうよ!私が望んできたのは、あなたただ一人……!」
日向の動きがぴたりと止まる。
「もう五年よ……」美桜は震える手で彼の手首を掴む。「毎日あなたと紗耶香が仲睦まじいのを見せつけられて、何も感じてないふりをして……」
熱い涙が彼の手の甲に落ちた。
「日向将平、いっそ殺してくれた方が、こんな仕打ちよりマシなのに……」
―――
朝日がまぶしい。
美桜はぐちゃぐちゃのベッドで身を縮め、体中に青あざが残っていた。
バスルームの水音が止み、日向はすでに身支度を整えて出てきた。ベッドシーツの赤い染みに気づくと、眉をひそめて言い放つ。
「昨晩はお前の仕込みか?」
「え?」
ネクタイを締めながら、彼の声は冷えきっていた。「なかなかの芝居だったな。」
美桜は破れた寝間着をさらに抱え込み、座り直す。「昨夜言ったことは、全部本当……」
「もういい。」彼は小切手をテーブルに投げた。「お前の本心なんて、三年前にもうたくさんだ。」
美桜は涙をにじませて笑う。「三千万円?」
わざと貪欲そうな表情を浮かべる。「社長、最近はずいぶんケチになったのね。」
日向は彼女の顎を乱暴に掴み、怒りをあらわにした。