朝の光がカーテンを突き抜け、部屋に差し込んだ。
早川奈緒はぱっと目を開け、ぼんやりとした視線を壁のカレンダーに向ける。その瞬間、前世で悲惨な最期を遂げた記憶が氷のように脳裏を突き刺した――まさに今日だ!身内に手ずから地獄へ突き落とされたあの日!
胸の奥で煮えたぎる憎しみが息を詰まらせるが、すぐに冷たい静寂がそれを包み込む。前の人生はもう終わった。今度の早川奈緒は、ただ復讐のために生きる!
奈緒は深く息を吸い込み、込み上げる感情を無理やり押し殺した。外から重い足音が近づいてくる。
「ドンッ!」と乱暴にドアが蹴り開けられ、怒りに満ちた大柄な影が部屋に飛び込む。奈緒の腕を有無を言わせず掴み、無理やり引き起こした。
「早川奈緒、聞こえないのか?」
奈緒の目が冷たく光る。彼女は男の手首を素早く反転して掴み、強く振り払った。同時に指先でスマートフォンの横をさりげなく押し、録音を開始する。
早川拓海は思わずバランスを崩し、「従順な妹」と思っていた奈緒を驚きに見つめた。怒りが一気に爆発する。
「九条家の人がもうすぐ来るのに、まだ寝てるつもりか?まさか愛花を連れて行かせたいのか?」
奈緒は冷ややかな視線で拓海の顔を射抜く。その鋭さに、拓海は思わず身震いした。
「へえ、九条家に連れて行かれちゃ困るの?」
奈緒は皮肉な笑みを浮かべる。
「婚約してるのは早川愛花でしょう?九条家の当主が余命いくばくもないと知って、今さら私に押し付けるの?愛花が未亡人になるのは嫌でも、私がそうなっても構わないってこと?」
拓海は言葉に詰まり、目をそらして強引に言い返す。
「お前と愛花は違うんだ!愛花がそんな風に嫁いだら、一生台無しだろ!」
奈緒は鼻で笑った。
その笑い声が、拓海の怒りに火をつける。今にも怒鳴ろうとしたその時、涙を浮かべた愛花が駆け込んできた。
「兄様、お姉さんを責めないで!私が嫁ぐよ、それでいいでしょ?……彼が死んだら私……」
言い終える前に、愛花は「うわぁっ」と声を上げて泣き崩れ、青白い顔で今にも倒れそうだ。
「もうやめて!」
強い女性の声が響く。奈緒の母・早川雅子が、智洋と将史を連れてドア口に立ち、奈緒を責めるような目で睨みつけている。その視線は、まるで奈緒が許されざる罪を犯したかのようだ。
「早川奈緒、愛花はお前の妹なのに、追い詰めてどうするんだ!」
智洋が拳を握りしめる。
将史もすぐに続く。
「そうだよ!死ぬわけじゃないんだし、身代わりで嫁ぐだけだろ?あの人が亡くなったら、お前は自由になれるんだぞ?」
家族の理不尽な態度に、奈緒は怒りを通り越して呆れたように笑った。
前世の自分なら、きっと必死に反論し、結局は無理やり薬を飲まされ、裸の写真や映像で脅されて身代わり嫁にされただろう。耐えきれず、窓から身を投げたあの日の痛みがよみがえる。
深く息を吸い、奈緒の瞳はさらに冷たく研ぎ澄まされた。
「いいよ、私は断った覚えはない」
奈緒は不意に微笑み、机に歩み寄ってサッと紙を取りペンを走らせた。スマートフォンのカメラは静かに家族へ向けられる。
家族は呆然と奈緒を見守る。
やがて、奈緒は「断絶関係証明書」を書き上げ、彼らの前に差し出した。その声は静かだが、逆らえない迫力を帯びていた。
「これにサインして。弁護士に公証させて。本当にそうしたら、今すぐ身代わりで嫁ぐわ」
室内は静まり返る。
すぐに、奈緒を小馬鹿にしたような声が浴びせられる。
「何様のつもりだ?関係を断ちたいなら、いくら欲しいんだ?」
将史が嘲りながら証明書を手にする。
拓海は冷たい目でカードを投げつけた。
「三百万入ってる。これで満足だろ。泣き落としするなよ、ただ嫁ぐだけじゃないか。大げさなんだよ」
愛花は証明書を見て、ほのかな喜びを一瞬見せると、さらに激しく泣き出した。
「お姉さん、やめてよ!私が悪かった、私なんてこの家にいなきゃよかった……お姉さんに受け入れてもらえないなら、あの日戻ってきた時に出ていくべきだった……」
そう言いながら、力なく拓海の胸元に倒れ込む。
「愛花!」
拓海は彼女を抱きしめ、奈緒を怒鳴りつける。
「早川奈緒!家族をバラバラにしたいのか!」
「私は本気よ」
奈緒は静かに微笑む。
「条件は一つだけ。署名して、公証して。それだけで嫁ぐわ」
家族の偽りの怒りに、奈緒は前世の自分の愚かさを痛感した。あの安っぽい家族のために、命まで投げ出したなんて!
幼いころ行方不明になった奈緒の代わりに、家は愛花を養女に迎え入れた。その間、奈緒は路上で彷徨い、神主の養父に拾われなければ、野良犬の餌食になっていただろう。だからこそ、前世で「家族」に殺されたのだ。
生まれ変わった今、最初にやるべきことは、この寄生虫のような鎖を断ち切ることだ!
「後悔しても知らないわよ!」
雅子は冷たい声で使用人に命じた。
「今すぐ弁護士を呼びなさい!」
雅子の慌てぶりは、奈緒が考えを変えないかと怯えているようだった。
三兄弟も顔色を変えたが、母の命令には逆らえない。
弁護士はすぐにやってきた。タブレットの冷たい光が奈緒の無表情な顔を照らす。
拓海は何か言いかけたが、愛花のすすり泣きで口をつぐむ。智洋と将史が止めようとするも、雅子が冷たく嘲る。
「私たちの家を出て、どうやって生きていくつもりかしらね」
手続きはあっという間に終わった。
奈緒は署名も押印も済んだ断絶関係証明書を写真に収め、丁寧にバッグへしまい込む。
「どいて」
淡々とした声で、家族を無視して階段を下りていく。
「厄介者め!私を殺す気なの?!」
雅子は震えながら、奈緒の背にスマートフォンを投げつけた。
だが奈緒はすでに一階のホールへ。ふと目をやると、玄関には高級な贈答品が山のように積まれている。
一つ開けると、中はまばゆい宝飾品ばかり。その価値は計り知れない。
「これ、全部九条家からの結納金?」
奈緒は九条家の執事に尋ねた。
「はい、早川様」
執事が恭しく答える。
駆け下りてきた家族は、その様子に言葉を失う。
奈緒は身分証を取り出し、執事に差し出した。
「最高ランクの銀行貸金庫を用意して。今すぐ、この品すべて預け入れて」
執事は一瞬戸惑う。
奈緒は毅然とした態度で言い切る。
「結納金は、私のものでしょう?」
「もちろんでございます!」
執事は慌てて答える。
奈緒は顎を上げ、きっぱりと言い放った。
「なら、全部持って行って!」
その声に、玄関先に待機していた護衛たちが次々と動き出し、贈答品をすべて車へと運び出す。
早川家の門前は、急に慌ただしい雰囲気に包まれた。
「早川奈緒!何をしているの?!」
雅子は、三十億もの価値がある結納金がすべて運び去られるのを見て、目の前が真っ暗になり、今にも倒れそうになっていた。