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第2話 破格の結納金、一分も譲らず


九条家――東京屈指の財閥。届けられた結納品は、その価値も計り知れず、ざっと見ただけでも天文学的な金額だと分かる。


早川家は本来、九条家には到底及ばないが、先祖代々の縁によって婚約が結ばれていた。本当は手塩にかけて育てた早川愛花を九条家に嫁がせるつもりだった。だが、今や九条家当主・九条凛が重病に倒れ、余命わずかだという。


早川家としては、愛花に未亡人の人生を背負わせたくない。そこで七か月前に「見つかった」ばかりの実の娘・早川奈緒を都合のいい身代わりに仕立て上げた。彼女を嫁がせれば、九条凛が亡くなったとき未亡人になるのは奈緒。早川家は九条家との縁を保ちつつ、批判も避けられるという、まさに一石二鳥だった。


「どうしたの?」奈緒は眉を上げて微笑む。「私の物を勝手に持っていくつもり?」


早川家の人々が怒りに震えつつも、表立って反論できない様子を見て、奈緒は内心痛快だった。


「横取りするつもり?それとも、九条家の物なら簡単に手に入るとでも思ってる?私をなめないでよ。」


その声に、荷物を運んでいた九条家の護衛たちが一斉に動きを止め、早川家の面々に鋭い視線を向ける。


早川雅子は顔を真っ赤にし、悔しさを噛みしめて言った。

「あなたの物なら、全部持っていきなさい!」


「きれいさっぱり運び出して!」奈緒がすぐに指示を出す。


護衛たちは、今しがた降ろしたばかりの九十九箱もの結納品を素早くトラックに積み直し始める。その横で、助手が淡々と数を読み上げる。


「現金、三箱。」

「宝石とアクセサリー、百九十九点、二箱。」

「東京湾の不動産権利書、六冊、小箱一つ。」

「車の鍵、十一本、小箱一つ。」


愛花はその声を聞きながら、爪が手のひらに食い込むほど拳を握りしめていた。嫉妬で気が狂いそうだ。本来なら、これらは自分のものになるはずだったのに――なぜ奈緒がすべて手に入れるのか。


「奈緒!強欲だって笑われるのが怖くないの?」雅子は怒りに震えながら叫ぶ。リストを聞けば、予想をはるかに超える豪華さ。東京湾の物件は一つだけでもとんでもない価値があるというのに。


「夫の物を私が持ち帰るのは当たり前でしょ。」奈緒は冷たくほほえむ。「他人は羨むしかできないわ。お母様、まさか嫉妬してるの?」


目の前の顔ぶれを見渡しながら、奈緒の心は静かだった。

一度死んだ身。過去を断ち切り、すべてを取り戻すためだけに生きている。


「私の物を私が持っていく――何か問題でも?」彼女の視線は皆を一巡し、最後に、嫉妬で顔を歪ませ、涙を浮かべる愛花の表情で止まった。


奈緒は愛花に歩み寄る。愛花は怯えて後ずさるが、視線は結納品の箱から離れない。


「お姉ちゃん、全部持っていったら、九条家にどう思われるか分かってる?」愛花はかすかに怒りをにじませながらも、甘えるような声で訴える。


「あなたに何が言えるの?」奈緒は鼻で笑う。「たかが養女のくせに、私に口出しできる立場?」


ぐっと顔を近づけ、愛花の顎をつかんで低い声で囁く。

「九条家がどう思おうと私には関係ない。羨ましい?小賤しい娘が。」


「なっ……!」愛花は怒りと恐怖で顔を赤くし、ぐっと足を踏み鳴らしたが、反論できない。


「奈緒!愛花をいじめるな!」将史が慌てて愛花をかばいに入る。


奈緒は手を離し、興味なさげに笑った。くるりと背中を向け、部屋の鍵を「パチン」と床に投げ捨てる。車のそばまで行くと、振り返り、ポニーテールを揺らしながら、皆を見下ろすように言い放った。


「いじめてるわよ、文句ある?」怒りに顔をこわばらせた家族たちを一瞥し、最後に愛花を見据える。「それとも……あなたが嫁ぐ?」


その一言で早川家の人々は言葉を失い、ただ呆然と、すべての結納品が運び去られるのを見送るしかなかった。


「なんてこと……!」雅子は今にも倒れそうなほど怒りに震え、愛花が慌てて止めた。


「お母様、お姉ちゃんは今は意地を張ってるだけです!九条家に行って数日もすれば、きっと全部返してくれますから!」愛花は必死に慰めたが、奈緒の「あなたが嫁ぐ?」という言葉が頭から離れず、内心は不安でいっぱいだった。


東京中、九条凛が重病で余命わずかなことは知れ渡っている。九条家は「以喜事驱散灾祸」のため、式も挙げず、今日はただ奈緒を迎え入れるだけ。愛花を守るために奈緒を差し出したのだった。本当は九条凛が亡くなった後、奈緒を連れ戻して思い知らせるつもりでいた。


「楯突くなんて……未亡人になったら、あの態度も見てろよ。」拓海が鼻で笑う。


智洋も皮肉げな笑みを浮かべる。

「その時は、きっちり“お仕置き”してやろう。愛花をいじめる余裕があるかどうか。」


三人とも強がりを言いながらも、奈緒が何の躊躇いもなく車に乗り込み、ドアが閉まる瞬間、冷たい風が吹き抜け、不安な予感が胸をよぎった。


車の中で、奈緒は後部座席に身を預ける。ふと窓の外を見やると、黒雲が垂れ込めた早川家本邸が、まるで眠る獣のように静かに佇んでいる。


「ふっ……」彼女は小さく冷笑し、目を閉じた。前世の記憶が鮮明によみがえる――あの「家族」に無理やり嫁がせるため薬を盛られ、服を引き裂かれ、カメラを向けられた屈辱の日々が、今も脳裏に焼き付いている。

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