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第28話 因果応報の代償

「……死ね、天城奈緒」地面に叩きつけられた愛花は、声を潜めて呪いの言葉を吐いた。


そのまま地に伏せたまま振り返ると、奈緒がどんなに素早くても、あのイノシシの一撃は避けられまいと確信していた。


ぶつかれば必ず負傷し、怒り狂った獣に襲われれば奈緒は確実に八つ裂きにされる。


「奈緒さん!」克哉が気づいたときには、三人を引き離すのはもう遅かった。


間一髪のその時、奈緒は突然イノシシに向かって突進した。体を鋭くかわし、長い脚をイノシシの前脚に蹴り込むと、片手で地面を押さえて体勢を整え、左足を振り上げて今度はイノシシの顔面を強烈に蹴り飛ばした。


電光石火の動き。誰も細部を見届ける間もなく、「ドン!」という鈍い音と共にイノシシは半メートル吹き飛び、地面に浅い窪みを作った。


「避けろ!」奈緒の鋭い叱咤が全員を正気に戻した。克哉は即座に美咲と夏葵を隅へ引きずり、番組スタッフの男性たちも慌てて端へ退いた。助けに行きたいが、命知らずの野獣に近づく勇気はない。


A班担当のカメラマンはこの光景を目撃し、レンズを思わず奈緒へ向けていた。

愛花の悪意に満ちた呪詰を聞いた瞬間、彼は無意識にカメラの向きを変えていたのだ。


結果がどうあれ、この危険に晒された少女に画面を捧げたい。本来別々だったA・B班のライブ配信が、今この瞬間だけは異なる角度から奈緒一点に集中していた。


【今の二発どうやって蹴ったんだ?残像でほぼ見えなかった】

【あの毒女 わざとイノシシ突っ込ませて、自分はスッと避けやがって!】

【おいおい、カメラ回ってる前でこれとか…裏じゃもっとエグいことしてんだろ】

【これ演出だろ?イノシシなんて危なすぎるよ】

【どんな演出が五流タレントにこんな尺くれんだよw SNSすらやってねーぞ】


荒れ狂うコメント欄が突然静寂に包まれた。全員が息を殺し画面を見つめる中、ふらつきながら起き上がったイノシシが凶暴な眼差しで奈緒を凝視していた。


周囲の人間は既に退き、戦場は彼女一人に委ねられていた。奈緒は目を細め、振り返るとブーツから短刀を引き抜いた。


イノシシが迫るにつれ彼女は後退を続け、イノシシが咆哮と共に突進してきた瞬間、突然方向を変えて脇の木へ駆け出した。


つま先で幹を蹴り、身軽に跳躍すると、枝にサルのように逆さまにぶら下がった――だぼっとした上着が揺れ、くっきりと割れた腹筋が一瞬覗いた。


人々が驚愕から覚めるより早く、彼女は短刀を構えたまま真っ逆さまに飛び降り、イノシシめがけて一直線に落下した。


仰向けになり樹を狙っていた野獣の首筋に短刀が深々と突き刺さる。硬直した体で反撃しようとするイノシシに隙を与えず、奈緒は刀を引き抜くと再びその頭部へ叩き込んだ。


「ズシャッ!」刃を引き抜くと同時に蹴りを入れたイノシシは、這い上がったばかりの愛花めがけて吹っ飛んだ。


「ぎゃああっ!」二メートルも投げ出された愛花は轢かれたように地面に伏したきり動けない。イノシシの屍体がその傍らに重く落下し、血溜まりがじわりと広がる。


「兄様!助けて!」歯を食いしばりながら彼女は悲鳴をあげた。


尚も痙攣するイノシシに、美咲がどこからか石を掴んで真っ赤な目で突進する。「くらえ!」鈍い音と共に煉瓦がイノシシの頭部を直撃した。


克哉と夏葵も即座に追従し、一人はイノシシの体を押さえ込み、もう一人は枝を握ってその目を突いた。


血塗れの短刀を握りしめた奈緒が呆然と立ち尽くす。三人が狂ったように「とどめ」を刺す光景に、思わず頬が痙攣した。


「もういい、これ以上やったら明日の食いもんなくなるぞ」苦笑いしながら近づき、美咲の手を押さえた。石が「ごろん」と転がり、美咲は振り返ると奈緒の胸に飛び込み、涙が堰を切った。


「心臓止まるかと思ったわ!」嗚咽しながら彼女は奈緒の肩を叩き続けた。「一歩遅れてたら、私と夏葵ちゃんはペーストになってたんだから!なんでそんなに強いの…」


奈緒を押しのけると涙を拭い、突然真剣な眼差しを向けた。「収録終わったらうちに来て!お兄ちゃんイケメンで優しいから、お嫁さんになって!一生感謝するから!」


その言葉に奈緒は一瞬たじろいだ――既に二度目の勧誘だ。美咲の髪をそっと撫で、諦め混じりに言った。「良い男ならもっと多くの人に会わせるべきよ。運命の人に巡り会うためにね」


「ダメ!奈緒ちゃんに決まってるんだから!」泣きじゃくって顔中ぐしゃぐしゃの美咲を見ると、彼女の普段のクールな姿が思い出され、奈緒はふと笑みを漏らした。


「でも私、明日でやっと二十歳なんだよ」

「…え?」美咲は完全に思考停止し、話の流れに追いつけなかった。


二人が話す傍ら、夏葵と克哉も我に返り、起き上がるとイノシシは既に絶命していた。


スタッフは息を呑み確認すると、ディレクターは奈緒へ複雑な眼差しを向けた――普通の少女に見えた彼女に、これほどの技量が潜んでいたとは。彼女がいなければ今夜の大惨事は避けられなかった。


配信が再び沸騰した:

【奈緒の腹筋見えたぞ!ネタかと思ってたのにガチだった!】

【木に飛び乗って逆さまでイノシシ刺すとかやばっ!】

【姉貴、Twitterでもインスタでもいいからアカ作ってくれ!顔良し腹筋良し戦闘力Sって最強すぎ】

【監督、はよ口説いてアカウント開設させろ!俺が初フォローする】

【草 愛花、自業自得でイノシシに吹っ飛ばされててワロタ 完全に因果応報】

【こんな奴、くたばってもおかしくねーわ さっき明らかに人を陥れようとしてたし】

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