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【8-1】 エピローグ(表)



 ここからは俺のエピローグ。



 翌週。

 俺は一連の事後報告をしに廻戸はさまど先生のもとを訪ねていた。

 粟野あわのたちを退けたこと、中間テストは事なきを得たこと、肝心の飯田いいだ花室はなむろの関係性は、無事とまでいわずとも、いったんは収束をつけたこと。


 先生は俺たちの詳細についてはなにも言わず、ただ一言「ご苦労さん」とねぎらいの言葉をかけてきた。



「……ちなみに罰として課題、なんてことはないですよね?」

 花室の冗談もシャレにならないと案じ、いちおう確認してみた。

「なんだ、そんなに自分を追い込みたいか? ストイックだなマゾ川」

「数式に快楽を覚えるような特殊性癖に目覚められたらどれだけ楽でしょうね。つか生徒になんつーあだ名付けてんだ」


「じゃあ、アマゾ川」

「余計酷くなってんじゃないですか。なんでちょっと頑張ってねじ込んできてんすか」

「じゃあ、アマゾネス」

「俺はどこの戦闘民族⁉ めっちゃ融合召喚してきそう」

「落ち着け、『男殺しアンドロクトノス』」

「違った! イシュタル・ファミリアだった!」


 怒涛のボケにツッコみ終えて息を切らす俺をよそに、廻戸先生は事務椅子に深く座り直した。

「にしても、そうか。最後は武力行使か」

「それがいっちゃん手っ取り早かったんで」

 ばつがわるそうにおどけてみせる。

 廻戸先生からは咎めるような言葉は出てこなかった。



「さすがは天川あまかわ。一人でウチの野球部を二人まとめて相手できるのなんて、お前かサッカー部の龍ヶ崎りゅうがさきくらいだろうな」

「そんな格付けされても……なんかの皮肉ですか」

「しかしよく適応できたな。偶然か?」

「いんや。けっこー前から計画は立ててたんで、それで」


 暴力沙汰にするのは抵抗があったが、実際単純に決着がつくぶん最効率だからな。殴られた甲斐があったというものだ。不幸中の幸いというか。

 実際闇討ちでもされたら手も足も出なかっただろう。思うようにことが進んでくれて助かった。



「いやはや目を見張る超学習体質だ。加えて、…………そんなお前でも、桜川は手に余るか」

 ほんとに皮肉だ。いるんだよなー、勉強と常識的な賢さをはき違える奴が。

 あんな一夜漬けでつけられた数字、今になってかざすつもりはない。


 そう。俺にとっちゃ勉強なんてその程度の認識でしかない。

 サッカーも野球も。カラオケもゲームも、入学試験も、対人戦闘も。

 すべて経験すれば究極に至れる。

 そんな俺にとって、桜川さくらがわひたちの存在は不思議でならない。ひとえに天才といえど、あそこまで隙のない完璧超人を、俺は他に知らなかった。



「手に余るっつーか。生意気だし素直じゃねーし往生際が悪いし。ほんといけ好かないっすよ」

 こぼれ出た俺の愚痴みたいな感想を、先生は黙って聞いていた。


「そうか…………だが。これは、桜川が一枚上手だそうだな」

「? どういうことです」

 意味ありげな呟きに俺が訊くと、廻戸先生は楽しそうに答えてくれた。


「天川と、花室も協力していたんだったな。粟野と柿岡かきおかを黙らせ、飯田の障害を取り除いたうえで、飯田を言いくるめるお前らの方法。問題の解消としてけして間違ってはいない」

「なにが言いたいんですか」

「その後、どう収集がついたか知っているか?」


「いや。てっきりあいつらが学年中から非難を受けて、それでオチとばかり」

 なんもオチてねえけど。

 でもまあ、あの二人がしたことに対しちゃあ、相応の報いだとは思うけれど。そういう意味じゃ、落としどころとして適切な落ちと言える。


 言われてみればあれから、あいつらの話は聞かないな。

 あれだけの公開処刑に晒されたにもかかわらず、今日一日生活していて、誰も彼らを咎める者はいなかった。


 それだけじゃない。あれからきっぱり、飯田と花室、ついでに俺と桜川の関係性についての悪趣味な噂話は途絶えた。昨日までは意識せずとも雑音として耳に入ってきたのだから、思い違いはない。

 不思議だ。いったいなにが。


「なにが起こったか、じゃない。勘ぐるべきは誰がこの事態を招いたかだ――そしてその正体は、分かりきっている」

 廻戸先生はそうこぼす。

 なにが、じゃなく誰が。


 この広まり散らかった現状を、どう収めたか。それができる人物。


 …………まさか!


「あの日の夕方からだ。天川が粟野たちの悪事をばら撒いたのを機に、桜川ひたちは動き出した。六組を中心にことのあらましを一から説明して誤解を解き、そのうえで、粟野たちに非難の矢がいかないように頭を下げて、この一件自体をなかったことにした」

「なっ……!」

 俺がやろうとしていたことだ。問題の解決ではなく、解消。


「『海南うみなみの支配者になる』――俺がお前らに課した最終目標に、はじめから手の届く位置に居ながらも、桜川は確実に近づいた。自分に向けられた悪意を逆に利用し、あまつさえ好感度を上げてみせた」


 容易に想像できる。

 あいつは自分の立場と、置かれた状況と、この学校の人間性をすべて利用したのだ。

 粟野たちを泳がせた俺らをさらに泳がせ、最後の最後に一気に掬い上げる。


「してやられたな。大した根性だ。桜川は、最後の最後まで徹底していた」

 あの女。つくづく性根が腐ってやがる。

 最後にいいとこ取りしていきやがって、次会った時には小馬鹿にされるんだろう。

 ふざけんな。なんとしてでもあいつを引きずり降ろして――



『じゃあテメエが変わってみせろよ‼』



 ……っち。胸糞わりいことを思い出した。

 そうだよな、自分が変わらなきゃなにも変わらない。

 あれから彼女は――あの一言を吐き捨てた彼女は、今どうしているだろうか。


 昔の俺よ。変わらず俺は、彼女を追い続けているのか。


 それとも、あれから変われているといいな。

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