◇◇◇現実世界 群馬◇◇◇
――「皆さんおはようございます。本日は各地で夏日となり、空も青く澄んでいます」
「この番組が終われば登校時間か……」
オレは
とは言っても、好きでモテ男になったわけではない。天のランダムセレクトでモテているだけ。
黒い制服に青いネクタイ。髪は……まあ、寝癖より派手なボサボサ頭で、青みがかった黒髪。この寝癖は天然パーマだ。
親のいない自宅で身だしなみを整える。親がいないのは死んだのではなく、ただ早出出勤でいない。両親は共働きなのだ。
代わりにオレには彼女がいる。今日も彼女と登校するのだから当然のこと。
元々、女には興味が無い。むしろ女になりたい。なんせ小顔美人の女性顔。小さい頃は、よく近所から女と間違われてきた。
男で生まれたのは、神のイタズラやら
そもそも神など信じてはいない。自由に性別を選択できるのなら、それ以上嬉しいことは存在しないはず。
よってオレは、生まれ変わるなら女か男性顔の純正男子を希望。叶う可能性は低いが……。
――「それでは皆さん。今日も元気に行ってらっしゃい!」
テレビを消して席から立ち、一人戸締りを進める。カバンを近くに置くと、ソファに座って彼女の呼び出しを待つ。
テーブルから見て奥は廊下。右は玄関。左にはトイレがある。真正面はオレの部屋で高級感など皆無の一軒家。
『咲夜くーーん! 一緒に行こ! 早く来ないと置いてくよ!』
「
『ふふっ。ジョーダンだよーーー』
オレはカバンを鷲掴みにして、勢いよく扉を開ける。そこには、玄関前で壁を作るセーラー服の小柄な少女。
セーラー服の襟元には、黄色と緑のラインが入っている。そんな彼女は、オレが唯一好きになった同学年の
「今日は暑いね」
「まだ春なのに夏日だってよ」
「地球温暖化のせいかな?」
「かもな。ってことは排気ガスか……。田舎臭いここじゃあ車が便利だからなぁ……」
「たしかに電車少ないもんね……。もっと交通網増えればいいのに……」
「事故ったら終わりだよ……。
「自動車も電車も……。飛行機だったらもっと怖いよ」
「おお、恐ろしいこと言うな!」
彼女との会話はとても楽しい。なぜ好きになったか? それはオレを見てもキーキー言わないから。
彼女はオレを一人の男として見ている。
他の女子はウザいし声援も暑苦しく、イケメンアイドル扱い。実際オレはアイドルではない。ただの一般人だ。
「行こうか」
「うん!」
オレは
『咲夜先輩おはようございます!』
『今日の咲夜先輩もかっこいい! サインいいですか?』
『良かったら今日一緒にお昼食べたいです! お弁当二つ作ってきたので!』
『もう、ズールーいー。咲夜君は私のものよ?』
『ちーがーいーまーすー!』
『ちょっと見えないよぉー。アタイにも見せてなのぉー』
『絶対カメラに収めるんだから! セーンパーイ! こっち向いてくださーい!』
「咲夜くん今日も大盛況だね」
「そうだな……」
(ウザい、しつこい、順番守れ、いい加減消えろ……。サインなんか持ってねぇよ小賢しい……)
「咲夜くんなんか言った?」
「う、ううん。何も言ってない。大丈夫」
「それなら良かった」
全く良くない。うるさい人は嫌いだ。耳が痛くなる。加えて今日は、車のエンジン音が聞こえないくらいの声量。
迫る信号。点灯している色は赤。埋め尽くす女性陣の声は消えない。直後……。
――ズドーン! キィィィィン……。ガシャーーーン!!
「ちょ!? 玉突き事故!?」
「なんか怖いよ……」
「だだ、大丈夫だって!!」
突然の交通事故。信号待ちの車は衝突したトラックで炎上している。その後ろにもトラックが……。
――ドガシャーーーン! ボワンッ!
『かか、火事だアァーーー。こっちに来るぞ!!』
「んな!? 未来こっちに来い!」
「わ、わかった!!」
オレは未来の手を強く握りしめ、学校の方向とは逆方向に走る。玉突き事故は終わる気配がない。次から次へと被害が大きくなっていく。
ちらりと後ろを確認すると、うるさいヒヨコは跡形もなく消えていた。せめてオレ達だけでも生き残りたい。
――ドグワァン!
「車が跳ねた!? 路地裏にまわるぞ!!」
「了解!!」
宙を舞う車。玉突きの巻き添いになった反対車線の普通車だ。トラックはというと火をまとって接近中。
ビルの路地裏も焼け焦げた臭いが充満していて、握る手とは反対の手で口を抑えても意味がない。
「咲夜くん! あれ!」
未来が一瞬口から手を外し前方を指さす。それはパルクールで移動可能な燃える緑色のフェンスだった。
「そんな……。挟み撃ちかよ……」
◇◇◇並行世界 グンマー帝国◇◇◇
「サクラ?」
(サクラって誰だよ……)
「サクラ・ドロワット?」
(だからサクラって誰だよ……)
「サクラ・ドロワット起きなさい!」
「だからオレはサク
――ボインッ!
「ファ!?」
――ボイン! ボイン!
「嘘……だ……ろ?」
――ボインボイン。ぷにぷに……。ボヨン!
「きょっ! きょにゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううう?」
どう見ても胸が大きすぎる。男の身体じゃない。100パーセント。いや1000パーセント女性の身体だ。
髪の毛も長い。長い髪がウザい。邪魔。毛先がものすごいチクチクする。
ショートヘアにさせたい。髪色は黒髪。しかも白のメッシュ入り。
「サクラ・ドロワット。あなたにお願いがあるの」
「の前にアンタ誰?」
見るからにゴスロリみたいな服装。恐ろしいくらいの
そもそも日本人顔ではない。フランスか? まるでおとぎ話の意地悪女。名前は出てるけど言わないでおこう。
「忘れたの? 姉のライチよ。ライチ・ドロワット」
「いや、オレに姉ちゃんいな……」
「べちゃくちゃ言わないでアタシに従いなさい。サクラはそれだけしてればいいから。
今お父様のライム・ドロワットが狙われてるのよ。かの有名な女性賢者に……。
そこでよく出没する冒険者ギルドに張り込みして、殺してもらえないかしら?」
「オレが?」
「ええそうよ」
「いやお前がやれよ。オレにそんな権利ねぇし」
「ここは公爵家よ。長女のアタシにやれと言うのですか? アタシにはお父様をお護りする仕事があるわけ。どうせ暇よね?」
「一体どうなってんだよ……。うるせぇ女だなぁ……」
「まだ歯向かうのね。同時にサクラも女じゃない。その口調は合わないわ」
(んならどう話せってことなんだよ。クズ女。いやここはノーマルで行こう。その方がいい)
「じゃ、じゃあ。わかりました。お、お姉……様……」
「頼んだわよ?」
「任せてください。行ってきます」
(ほんとにこれでいいのか? やっぱ人殺しすんならナイフだよなぁ。今いるのがベッド。目の前にドレッサー。
左側には装飾付きの窓。ベッドの右隣には小型のチェスト。その先にはクローゼットと入口。まずはチェストの中をっと)
オレは慣れない胸付きの身体を捻り、チェストへ手を伸ばす。しかし胸が邪魔で届かなかった。
「引き出し開けるなら立てってことか……。仕方ねぇ……。動きづらいけどやるか……」
のっそりと立ち上がり、チェストの前で屈む。引き出しの数は4段。この中にナイフがあるのだろう。
「一番上は。髪飾りやクシをしまっている可能性が高いよな……。3段目はハンカチ類のはず。
そういえば、
オレは2段目の取っ手に指を引っ掛ける。
――ズズズゥゥゥゥゥゥゥゥ……。
「きっとこの奥の方に……。う、腕が入らねぇ……。この……このドレス、袖厚すぎだろ!
も、もうちっと……奥に入りゃ……いいんだが……。おっ!? あったあった……」
引き出しから取り出したのは折りたたみ式のナイフ。試しに本物か確認するため、自分の手の甲を切り裂いた。
滲み出す赤い血。3段目の引き出しを開き手ぬぐいを取り出す。サッと拭き取ったら今度は一番上の引き出し。
「
拭き取ったばかりの手ぬぐいは、キレイな面にしてドレスの飾り風に。できるだけ隠蔽しておく。
人殺しなんかできっこない。けど動かなければ嫌なことが起きる。それも避けたいことの一つだ。
(あとはどうやって外に出るか……。この家の中を通れば危ないかもしれないな……。
そういやあの窓、枠を外せられるなら行けそうだな。いっちょやってみっか……。ん? いや待てよ?)
一度オレは窓の前で立ち止まる。そこに付いてたのは何やら脱出ボタン的な物。
本当に
けれども押してみたくなるのが人。一度気になってしまったら……。
「ポチッとな」
――ガタン。ガバッ! ヒューーーん……。
「……よっと!」
――ボヨンッ!
「だから胸邪魔なんだっつーの! けど、この抜け道使えるな……。覗いた感じじゃあ登れなさそうだが……。
マークだけはしておくか……。次は冒険者ギルドだな。公爵家ってなるとオレは令嬢だしギリギリ冒険者なれないか」
本当は冒険者がよかった。成れるのなら……。
成れるの……なら……。