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第2話 彼女と再会……オレ冒険者になりました

 ◇◇◇冒険者ギルド◇◇◇



 緑の草原を進みようやく街に着いたオレは、邪魔な胸を揺らしながら歩く。

 とにかく巨乳が皮膚を引っ張るのが、いつの間にかストレスになっていた。こうなることは想定外だ。


『○○くーん! どこー?』

『おい見ろよ。また賢者がさまよってるぞ!』

『なんだって?』


 街のギルドへ入ってすぐに聞き覚えのある声。どうやら誰かを探しているようだが、名前の部分が聞き取れない。

 オレはさらに奥へ進む。だんだんと声が大きくなる。


『咲夜くーーーーん!』


(この声はまさか!?)


「未来!!」

「咲夜くん!!」


 野次馬だらけのギルド内。彼女は魔法使いになっていた。燃えるオレンジ色のローブを着こなし、変わらない可愛さで……。


「お前賢者?」

「そう……みたい……」

「ごめん。一度刺す」

「えっ?」


 ――グサッ!


 本当はやりたくなかった。けどこうするしかなかった。最愛の彼女から血が流れる。

 なのに彼女は、苦しむ素振りを見せない。予想とは逆の眩しすぎる笑顔。その理由は、オレと再会できたからなのだろう。


「ねぇ咲夜くん。私と冒険者にならない?」

「こんな状況になんで? オレがお前をぶっ刺してんのに怖くねぇのか?」

「全然! 大好きだもん! 咲夜くんのは痛くないからね」

「マジかよ。よくそうしていられるよな。降参だ。んで令嬢になったオレと冒険者って、条件あるのか?」

「あるよ。実は……冒険者になる条件でパートナーが必要だったの」

「なるほどな……。ってかオレの姿に何も思わないのかよ……」

「そこまで気にしてないよ。それに私は見た目よりも中身だから。咲夜くんはわかりやすいし」


 これは予想通りだった。オレだって見た目で判断されたくない。なぜ巨乳になったのかは知らないけど。

 彼女が喜んだり、オレをわかってくれているのも。そして令嬢になっても動揺しない未来が好き。

 だけどいつかは殺さないといけない。殺したくない。オレは口を開いたまま、じっと彼女の目を見詰める。


「それに刺す場所間違えてる。もっと胸の方に……」


 未来がオレのナイフに手を添え、自ら左胸へとズラしていく。苦しむ様子がない。

 このままでは死んでしまう。両手が震える。足がガクガクする。

 ナイフが深々と刺さるのに、自ら身体を寄せてくる未来。柄を握る手の感触だけで刃の深さが予測できる。


「何で冷や汗流してるの? 賢者って意外と丈夫なんだよ? これくらいならまだ軽傷だから、気にしなくて大丈夫!」

「そ、そうなのか。なら一緒に冒険者なろ。オレ……こんなデッカイ胸してっけど……」

「うん!! スキル〝賢者の加護〟を発動! エンシャントヒール!」


 未来が突然なにかを唱える。刺さっていたナイフは自然と抜けて、大きな傷も流れ出た血もキレイさっぱり。

 彼女が言うには、賢者のみが使えるという万能治癒魔法。自身だけでなく仲間の異常状態も回復できるらしい……。

 っと、転生前に神様が言っていたのだそう。オレは会った覚えがないため、想像することもできない。

 そもそも神を信じていない。宗教にも興味がない。会えない理由はそれなのだろう。けれども信じる気は全くない。


「それじゃあ咲夜くん行こっか! 冒険者の任命式に!」

「行くって?」

「教会だよ。任命式の会場!」


(教会って……。仕方ないか……)


「その教会の場所は? 所在地」

「この冒険者ギルドの裏だよ! 道は狭いみたいだけど……。この前行ったら入れなかったんだよね」

「それって……」

「私一人だったからかな? ずっと咲夜くんのことを探してたから。『絶対咲夜くんと冒険者になるんだ!』って」

「未来……」

「姿は違っても咲夜くんは咲夜くんだよ」

「そう言うお前もいつもの未来だな。オレと違って面影たっぷりだ」

「もう咲夜くんったら。置いてくよ!」

「ちょっ!? 待って!」

「ジョーダンだってばぁ~。ふふっ」


(やっぱり可愛いなぁ……。神は信じたくないけど、未来のことは信じ続けられるな)


 喜びの最高潮まで達して、小学生のようにはしゃぎ回る未来。オレはそんな彼女を追いかけ、ギルドの裏へと入っていく。

 そこはまるで、事故に遭った路地裏に酷似していて、大きな建物に挟まれていた。

 一つ違うのはフェンスがないだけ。未来の証言によれば、一人で来た時はフェンスがあったらしい。


「なんか奇妙すぎないか?」

「そそ、そうだね……」

「何急に怯えてんだよ」

「だって、また炎に包まれるんじゃないかって心配で……」

「あれはトラウマもんだもんな……。オレだって思い出したくねぇよ」

「だよね……」


 少しずつ未来のテンションが下がっていく。ローブはメラメラと燃えているのに、彼女の手が氷のように冷たい。

 呼吸も細くどれだけ恐怖を抱いたのかもよくわかる。あの事故は二度と見たくないはずだ。


「……きっと大丈夫。なんかさ、良いことが起こる気がするんだ」

「良いこと?」

「保証はないけどさ……」



 ◇◇◇ドロワット家◇◇◇



「お父様! ライムお父様!」

「なんだね。ライチ」

「お父様。ようやくサクラが殺しに行きましたの。例の醜い賢者を」

「それはご苦労。なにか報告はあったかね?」

「いいえ。あれっきり帰って来ませんの。アタシの目には、お困りになったお父様が想像できますわ。

 ああなんと恐ろしい賢者なのでしょう。手助けできるのなら、アタシはいつでも出動致しますわ」

「ほほう。では、そろそろ確認してもらえんか? 冒険者ギルドを襲えば皆もひれ伏すであろう。我がこの国の長と知らしめるが良い」

「かしこまりましたわ」



 ◇◇◇冒険者ギルドの裏 教会◇◇◇



「お、着いた着いた」

「ほんとだ……」


 狭い路地を抜け、突如出現した真っ白な教会。神聖さに目を奪われながら、未来と一緒に中へと入る。

 ここで儀式があるのだろう。どんな儀式なのかは知らないが……。


「キレイだね……」

「……そうだな」

『そこのお二人。冒険者申請ですか?』

「そうですけど……」


 突然声を掛けられ、教会の人が柱の影から現れる。


『どうやらお二人とも登録済みのようですが……。双方の名前で入ってますね……』

「え?」


 書いた覚えがない。二人で書いたものとすれば、〝生徒会〟の〝参加用紙〟だけだ。

 オレが立候補者で未来はオレの応援者。申請する時に記入したっきり。それが、この異世界のような場所にあるわけがない。

 明るい表情を取り戻した未来は、目をキョトンとさせている。

 状況が掴めないのはオレも同じ。ややこしくなる前になんとかしたい。


 ――ポロン!


「あれ? なんだろ?」

「どうした未来?」

「宛先不明の通知なんだけど……」

「は? オレんとこは来てなさげだが……。オレにも見せてくれないか?」

「う、うん……」


 未来が手馴れた動きで通知を開く。そこには……。


〝拝啓

 ほむら未来様 金森咲夜さくや


 この度は、冒険者ギルド協会グンマー帝国支部に申請していただき、誠にありがとうございます。

 冒険者登録完了に伴い、ペアスキルを発行致しました。ペアスキルはパートナー同士が獲得できる共通スキルです。

 ルールとして、他者への譲渡。不特定多数への攻撃的乱用をした場合、双方のペアスキルは剥奪されます。


 発行致しましたペアスキルは以下の通りです。


ペアスキル1【シナリオ無視】


 特定条件の固定シナリオ発生時、状況に流されることなく、自由に行動できる常時発動スキル。



ペアスキル2【職業無双・スーパー大工】


 あらゆるものの制作に特化した裏スキル。


(レベルアップ時に説明追加)



 裏日本冒険者ギルド協会本部より〟



「も、もう。スキル発動されてる?」

「かもな。実際、さっきオレが刺した時、未来は生きていただろ? それに、刺してもオレは強制的に公爵家へ戻される」

「そうだよね。発動してなかったら咲夜くんいないもん」

「その通りだ。ってことは、儀式無し……」

『そうなります。ギルド前への出口はこの先ですので、冒険者としての活躍。期待していますよ』


 使用人の名前も聞かぬまま、オレ達は教会の外へ出る。だが、その時には静けさがなくなり人が逃げ惑っていた。

 ギルドから出てくる冒険者達。住民も一斉に街の外へ駆けていく。

 未来も異変に気づいたのだろう。武器を構えて戦闘態勢だ。これにはオレも負けていられない。盗んだナイフで身構える。


「未来!!」

「咲夜くん!!」

「前方から魔物が来てるみたいだ。援護してくれ!!」

「賢者の私を舐めないでよね!!」

「知らねぇで聞くヤツはいねぇだろ!!」

「咲夜くんこそよそ見厳禁!!」

「ああわかってるよ。胸デカくてすまねぇな!!」

「聞いてるそばからボケないで!!」

「ハハッ!! 未来行くぞ!!」

「了解!! フレアウォール!!」


 未来が魔法を唱える。辺り一面を炎の海に変え、オレの身体をも焼き尽くす。痛みはない。逆に活力剤になってる感。

 ナイフは燃えて長剣に変わる。戦いの準備は整った。動きづらい巨乳だが、これくらいなら問題ない。


 ――グルワァァァァ!!


「うぉう!? ガーゴイルか。こんくらい上等上等!! せいやァ!!」


 ――ザシュンッ!!


「咲夜くん!! 後ろ!!」

「そっちは頼む!!」

「わかった! ファイアーボール!! フォームエクストラ!!」


 ――ボボボンッ!! ブヒューーン!!


 未来の方から飛んでくる火の玉。それらは、オレの後ろにいるガーゴイルへと吸い込まれていく。

 そこまで数はいなかったため、ほんの数分で片付いたが、冒険者ギルドはボロボロだった。


『あらサクラ・ドロワット。こんなところでほっつき歩いていたのね。あとそのお隣さんったら憎き賢者様じゃないの』


「らら、ライチ!?」

「咲夜くん。この人は誰?」

「し、知らねぇよ……」


 戦闘後の土煙から出てくるライチ。設定上? ではドロワット家の一番長女令嬢らしい。嫌な空気がビンビンだ。


『さっさと殺しなさい。さもないと道連れにするわよ』


「やだね。オレにそんな権利ねぇつっただろ!! 極悪クズ女帝野郎!! 消えんならお前の方から消えやがれ!!

 なんなら消し炭にしてやんよ!! 共死になら大歓迎だ!!」

「ちょっと咲夜くん!!」


『ふーん、面白いじゃない』


(未来。ここは危険だ。いつ街が崩壊するかわからない)

(咲夜くん急に何?)

(アイツ爆弾持ってやがんだよ)

(爆弾!?)


 オレの目にはたしかに映っていた。彼女は小型の爆弾を持っている。起爆方法は魔法だろう。

 魔法の威力は未来の攻撃で確認済み。爆発の威力は尋常ではない。街が落とされるのも時間の問題になってくる。

 この時シナリオがあるのだとすれば、オレは未来を刺して殺す。それしか逃げ道がなかった。


(どうするオレ?)

(咲夜くん。私は大丈夫だからシナリオに従って。きっとこの後埋葬シーンが発生するから。相手もわかるくらい豪快にやって!!)

(未来。……わかった)


「うおぉりゃァァァァァァ!!」


 ――ズワッシュン!!


「ギャァァァァァァァァァ!?」


 ――バタンッ!!


 力強くナイフで引き裂かれた未来の身体。勢いよく噴き出す血しぶきに、どことなく罪悪感を抱いてしまう。


(未来ごめん!!)


『アンタもやればできるじゃない。さ、腐る前に街の外へ捨てて来なさい』

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