◇◇◇冒険者ギルド◇◇◇
緑の草原を進みようやく街に着いたオレは、邪魔な胸を揺らしながら歩く。
とにかく巨乳が皮膚を引っ張るのが、いつの間にかストレスになっていた。こうなることは想定外だ。
『○○くーん! どこー?』
『おい見ろよ。また賢者がさまよってるぞ!』
『なんだって?』
街のギルドへ入ってすぐに聞き覚えのある声。どうやら誰かを探しているようだが、名前の部分が聞き取れない。
オレはさらに奥へ進む。だんだんと声が大きくなる。
『咲夜くーーーーん!』
(この声はまさか!?)
「未来!!」
「咲夜くん!!」
野次馬だらけのギルド内。彼女は魔法使いになっていた。燃えるオレンジ色のローブを着こなし、変わらない可愛さで……。
「お前賢者?」
「そう……みたい……」
「ごめん。一度刺す」
「えっ?」
――グサッ!
本当はやりたくなかった。けどこうするしかなかった。最愛の彼女から血が流れる。
なのに彼女は、苦しむ素振りを見せない。予想とは逆の眩しすぎる笑顔。その理由は、オレと再会できたからなのだろう。
「ねぇ咲夜くん。私と冒険者にならない?」
「こんな状況になんで? オレがお前をぶっ刺してんのに怖くねぇのか?」
「全然! 大好きだもん! 咲夜くんのは痛くないからね」
「マジかよ。よくそうしていられるよな。降参だ。んで令嬢になったオレと冒険者って、条件あるのか?」
「あるよ。実は……冒険者になる条件でパートナーが必要だったの」
「なるほどな……。ってかオレの姿に何も思わないのかよ……」
「そこまで気にしてないよ。それに私は見た目よりも中身だから。咲夜くんはわかりやすいし」
これは予想通りだった。オレだって見た目で判断されたくない。なぜ巨乳になったのかは知らないけど。
彼女が喜んだり、オレをわかってくれているのも。そして令嬢になっても動揺しない未来が好き。
だけどいつかは殺さないといけない。殺したくない。オレは口を開いたまま、じっと彼女の目を見詰める。
「それに刺す場所間違えてる。もっと胸の方に……」
未来がオレのナイフに手を添え、自ら左胸へとズラしていく。苦しむ様子がない。
このままでは死んでしまう。両手が震える。足がガクガクする。
ナイフが深々と刺さるのに、自ら身体を寄せてくる未来。柄を握る手の感触だけで刃の深さが予測できる。
「何で冷や汗流してるの? 賢者って意外と丈夫なんだよ? これくらいならまだ軽傷だから、気にしなくて大丈夫!」
「そ、そうなのか。なら一緒に冒険者なろ。オレ……こんなデッカイ胸してっけど……」
「うん!! スキル〝賢者の加護〟を発動! エンシャントヒール!」
未来が突然なにかを唱える。刺さっていたナイフは自然と抜けて、大きな傷も流れ出た血もキレイさっぱり。
彼女が言うには、賢者のみが使えるという万能治癒魔法。自身だけでなく仲間の異常状態も回復できるらしい……。
っと、転生前に神様が言っていたのだそう。オレは会った覚えがないため、想像することもできない。
そもそも神を信じていない。宗教にも興味がない。会えない理由はそれなのだろう。けれども信じる気は全くない。
「それじゃあ咲夜くん行こっか! 冒険者の任命式に!」
「行くって?」
「教会だよ。任命式の会場!」
(教会って……。仕方ないか……)
「その教会の場所は? 所在地」
「この冒険者ギルドの裏だよ! 道は狭いみたいだけど……。この前行ったら入れなかったんだよね」
「それって……」
「私一人だったからかな? ずっと咲夜くんのことを探してたから。『絶対咲夜くんと冒険者になるんだ!』って」
「未来……」
「姿は違っても咲夜くんは咲夜くんだよ」
「そう言うお前もいつもの未来だな。オレと違って面影たっぷりだ」
「もう咲夜くんったら。置いてくよ!」
「ちょっ!? 待って!」
「ジョーダンだってばぁ~。ふふっ」
(やっぱり可愛いなぁ……。神は信じたくないけど、未来のことは信じ続けられるな)
喜びの最高潮まで達して、小学生のようにはしゃぎ回る未来。オレはそんな彼女を追いかけ、ギルドの裏へと入っていく。
そこはまるで、事故に遭った路地裏に酷似していて、大きな建物に挟まれていた。
一つ違うのはフェンスがないだけ。未来の証言によれば、一人で来た時はフェンスがあったらしい。
「なんか奇妙すぎないか?」
「そそ、そうだね……」
「何急に怯えてんだよ」
「だって、また炎に包まれるんじゃないかって心配で……」
「あれはトラウマもんだもんな……。オレだって思い出したくねぇよ」
「だよね……」
少しずつ未来のテンションが下がっていく。ローブはメラメラと燃えているのに、彼女の手が氷のように冷たい。
呼吸も細くどれだけ恐怖を抱いたのかもよくわかる。あの事故は二度と見たくないはずだ。
「……きっと大丈夫。なんかさ、良いことが起こる気がするんだ」
「良いこと?」
「保証はないけどさ……」
◇◇◇ドロワット家◇◇◇
「お父様! ライムお父様!」
「なんだね。ライチ」
「お父様。ようやくサクラが殺しに行きましたの。例の醜い賢者を」
「それはご苦労。なにか報告はあったかね?」
「いいえ。あれっきり帰って来ませんの。アタシの目には、お困りになったお父様が想像できますわ。
ああなんと恐ろしい賢者なのでしょう。手助けできるのなら、アタシはいつでも出動致しますわ」
「ほほう。では、そろそろ確認してもらえんか? 冒険者ギルドを襲えば皆もひれ伏すであろう。我がこの国の長と知らしめるが良い」
「かしこまりましたわ」
◇◇◇冒険者ギルドの裏 教会◇◇◇
「お、着いた着いた」
「ほんとだ……」
狭い路地を抜け、突如出現した真っ白な教会。神聖さに目を奪われながら、未来と一緒に中へと入る。
ここで儀式があるのだろう。どんな儀式なのかは知らないが……。
「キレイだね……」
「……そうだな」
『そこのお二人。冒険者申請ですか?』
「そうですけど……」
突然声を掛けられ、教会の人が柱の影から現れる。
『どうやらお二人とも登録済みのようですが……。双方の名前で入ってますね……』
「え?」
書いた覚えがない。二人で書いたものとすれば、〝生徒会〟の〝参加用紙〟だけだ。
オレが立候補者で未来はオレの応援者。申請する時に記入したっきり。それが、この異世界のような場所にあるわけがない。
明るい表情を取り戻した未来は、目をキョトンとさせている。
状況が掴めないのはオレも同じ。ややこしくなる前になんとかしたい。
――ポロン!
「あれ? なんだろ?」
「どうした未来?」
「宛先不明の通知なんだけど……」
「は? オレんとこは来てなさげだが……。オレにも見せてくれないか?」
「う、うん……」
未来が手馴れた動きで通知を開く。そこには……。
〝拝啓
この度は、冒険者ギルド協会グンマー帝国支部に申請していただき、誠にありがとうございます。
冒険者登録完了に伴い、ペアスキルを発行致しました。ペアスキルはパートナー同士が獲得できる共通スキルです。
ルールとして、他者への譲渡。不特定多数への攻撃的乱用をした場合、双方のペアスキルは剥奪されます。
発行致しましたペアスキルは以下の通りです。
ペアスキル1【シナリオ無視】
特定条件の固定シナリオ発生時、状況に流されることなく、自由に行動できる常時発動スキル。
ペアスキル2【職業無双・スーパー大工】
あらゆるものの制作に特化した裏スキル。
(レベルアップ時に説明追加)
裏日本冒険者ギルド協会本部より〟
「も、もう。スキル発動されてる?」
「かもな。実際、さっきオレが刺した時、未来は生きていただろ? それに、刺してもオレは強制的に公爵家へ戻される」
「そうだよね。発動してなかったら咲夜くんいないもん」
「その通りだ。ってことは、儀式無し……」
『そうなります。ギルド前への出口はこの先ですので、冒険者としての活躍。期待していますよ』
使用人の名前も聞かぬまま、オレ達は教会の外へ出る。だが、その時には静けさがなくなり人が逃げ惑っていた。
ギルドから出てくる冒険者達。住民も一斉に街の外へ駆けていく。
未来も異変に気づいたのだろう。武器を構えて戦闘態勢だ。これにはオレも負けていられない。盗んだナイフで身構える。
「未来!!」
「咲夜くん!!」
「前方から魔物が来てるみたいだ。援護してくれ!!」
「賢者の私を舐めないでよね!!」
「知らねぇで聞くヤツはいねぇだろ!!」
「咲夜くんこそよそ見厳禁!!」
「ああわかってるよ。胸デカくてすまねぇな!!」
「聞いてるそばからボケないで!!」
「ハハッ!! 未来行くぞ!!」
「了解!! フレアウォール!!」
未来が魔法を唱える。辺り一面を炎の海に変え、オレの身体をも焼き尽くす。痛みはない。逆に活力剤になってる感。
ナイフは燃えて長剣に変わる。戦いの準備は整った。動きづらい巨乳だが、これくらいなら問題ない。
――グルワァァァァ!!
「うぉう!? ガーゴイルか。こんくらい上等上等!! せいやァ!!」
――ザシュンッ!!
「咲夜くん!! 後ろ!!」
「そっちは頼む!!」
「わかった! ファイアーボール!! フォームエクストラ!!」
――ボボボンッ!! ブヒューーン!!
未来の方から飛んでくる火の玉。それらは、オレの後ろにいるガーゴイルへと吸い込まれていく。
そこまで数はいなかったため、ほんの数分で片付いたが、冒険者ギルドはボロボロだった。
『あらサクラ・ドロワット。こんなところでほっつき歩いていたのね。あとそのお隣さんったら憎き賢者様じゃないの』
「らら、ライチ!?」
「咲夜くん。この人は誰?」
「し、知らねぇよ……」
戦闘後の土煙から出てくるライチ。設定上? ではドロワット家の
『さっさと殺しなさい。さもないと道連れにするわよ』
「やだね。オレにそんな権利ねぇつっただろ!! 極悪クズ女帝野郎!! 消えんならお前の方から消えやがれ!!
なんなら消し炭にしてやんよ!! 共死になら大歓迎だ!!」
「ちょっと咲夜くん!!」
『ふーん、面白いじゃない』
(未来。ここは危険だ。いつ街が崩壊するかわからない)
(咲夜くん急に何?)
(アイツ爆弾持ってやがんだよ)
(爆弾!?)
オレの目にはたしかに映っていた。彼女は小型の爆弾を持っている。起爆方法は魔法だろう。
魔法の威力は未来の攻撃で確認済み。爆発の威力は尋常ではない。街が落とされるのも時間の問題になってくる。
この時シナリオがあるのだとすれば、オレは未来を刺して殺す。それしか逃げ道がなかった。
(どうするオレ?)
(咲夜くん。私は大丈夫だからシナリオに従って。きっとこの後埋葬シーンが発生するから。相手もわかるくらい豪快にやって!!)
(未来。……わかった)
「うおぉりゃァァァァァァ!!」
――ズワッシュン!!
「ギャァァァァァァァァァ!?」
――バタンッ!!
力強くナイフで引き裂かれた未来の身体。勢いよく噴き出す血しぶきに、どことなく罪悪感を抱いてしまう。
(未来ごめん!!)
『アンタもやればできるじゃない。さ、腐る前に街の外へ捨てて来なさい』