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未来、変えさせて頂きます 可愛い妹が悪役令嬢だなんて許せない
未来、変えさせて頂きます 可愛い妹が悪役令嬢だなんて許せない
浮田葉子
異世界恋愛悪役令嬢
2025年07月03日
公開日
3.4万字
完結済
ある日突然蘇った前世の記憶。ここは物語の中の世界だった。そして、可愛い妹には悪役令嬢として断罪される未来が待っている。――そんなこと、させるわけがないでしょう!お姉ちゃん頑張る。タイムリミットは一年。果たして断罪は回避できるのだろうか。

第1話 覚醒の日

 王都の空は、季節外れの雷鳴に震えていた。

 そのとどろきに、フィロメーラ・ベルクヴァインは跳ね起きる。

 額には汗。胸は妙な動悸どうきに波打ち、そして脳裏には――見覚えのない記憶が、鮮やかによみがえる。


わたくしはフィロメーラ・ベルクヴァイン。ベルクヴァイン侯爵家の長女。明日からは王立学院の三年生――そう、最上級生になるのだわ)


 意識は明瞭だった。ここは自室、馴染みのある寝台ベッドの上。

 だが、この記憶はどこから来たものなのだろう。

 まるで、別の人生の出来事を、突然思い出したかのような奇妙な感覚。

 これは、夢ではない。


 断片的ながらも、あまりにも鮮明だった。


 この世界が「白百合と紅薔薇」という物語の舞台であること。

 そして、妹――マルガレーテ・ベルクヴァインが、その物語における悪役令嬢の立ち位置ポジションにあるということ。


「断罪……公衆の面前で婚約を破棄されて、しかも“ヒロイン”に、すべてを奪われる……」


 胸が凍り付くようなような未来だった。


 明日から、マルガレーテは王立学院に新入生として入学する。

 同級生には彼女の婚約者――第三王子ユリウス・フランツ・シュタール。

 そして物語のヒロイン、平民出身の特待生――エルザ・グラーツ。


 平民の特待生が入学してくることは、既に貴族の間でも話題になっていた。

 けれど、まさかそれが「彼女」だとは、夢にも思っていなかった。

 フィロメーラの顔から血の気が引いていく。


 このままでは、妹は「悪役令嬢」として扱われ、嫉妬と誤解、陰謀に巻き込まれ――最後には破滅する。


(そんなの、絶対に駄目。許せないわ。あの子が不幸になるなんて)


 フィロメーラは静かに立ち上がると、足音を忍ばせて妹の部屋へと向かう。

 寝台の中で、マルガレーテは静かに眠っていた。

 琥珀色の髪が薔薇色の頬を縁取り、まるで童話の眠り姫のように愛らしい。

 フィロメーラは、その寝顔を見つめながら、目元を優しく和らげた。


「守ってみせるわ……マルガレーテ。私の、かわいい妹」


 妹を守るには、物語の筋書きを壊すか、書き換えるしかない。

 それが前世の記憶を取り戻した自分に与えられた運命。

 いや、「姉」として当然果たすべき責務だった。


 ◆


 翌朝。

 入学式を目前に、フィロメーラは朝食の卓についた。


「お姉さま、顔色が悪いわ。眠れなかったの?」


 マルガレーテが碧玉サファイアのような眸で、心配そうに覗き込んでくる。

 普段よりも少しだけ素直なその声音に、フィロメーラの胸がちくりと痛んだ。


「ええ、少しね。緊張しているの。貴方の“未来”に」

「……もう、からかっているの?」


 唇を尖らせたマルガレーテに、フィロメーラは微笑みを返す。


「いいえ。本当に、誇らしいのよ」


 マルガレーテがきょとんとした顔で目を瞬かせる。

 その愛らしい仕草を見つめながら、フィロメーラは心の中で、静かに誓った。


(この子を、“悪役令嬢”になどさせない。どんな手を使っても――物語の筋書きなんて、変えてみせる)


 朝食の席には両親も同席していた。

 父である侯爵は新聞に目を通しており、母はマルガレーテの制服姿を確認している。


「二人とも、気をつけていらっしゃいな」


 母が微笑んだ。


「マルガレーテ、ユリウス殿下の側に立つには、言葉遣いも仕草も大切ですからね」


「はい、お母さま。わたくし、立派に務めてみせます」


 そんな妹の言葉を聞きながら、フィロメーラは胸の奥にまたひとつ、不安を抱えた。


 ◆


 学院の正門前。すでに王家の馬車が停まっていた。

 その前に立つのは、蜂蜜色の髪に紫の双眸を持つ美しい少年――ユリウス・フランツ・シュタール。第三王子の名に相応しい、威厳と品位を湛えた立ち姿。

 そして彼の隣に控えるのが、ユリウスの側近であり、フィロメーラにとって最も扱いにくい相手――


「おはようございます、フィロメーラ嬢、マルガレーテ嬢。春眠暁を覚えずですか。そのお姿でも優雅でいらっしゃるとは、いっそお見事ですね」


 皮肉を含んだ挨拶が耳障りだ。しかし、声は良いのだ。残念ながら。

 更に悪いことに顔もいい。黒髪に紺青の双眸が鮮やかで、凛々しい少年。

 ハインリヒ・クライスラー。


 クライスラー侯爵家の嫡男。

 フィロメーラとは、簡単に言ってしまえば犬猿の仲だ。

 ベルクヴァイン家とクライスラー家は政治的に対立している。


 それもあってフィロメーラは目の敵にされているのだが、マルガレーテには当たりが柔らかい。ユリウスの婚約者だからだろうか。

 妹にきつく当たらないのなら、フィロメーラにとって、理由は何でもよかった。


「おはようございます、ユリウス殿下。ごきげんよう、ハインリヒ様。相変わらずの物言いが、実に見事でいらっしゃいますこと」


「恐れ入ります。貴方ほどではないですが」


 バチバチと火花を散らすような応酬に、ユリウスが苦笑する。


「本当に、いつも飽きないね、君たちは。元気でいいことだとは思うけど……さて、改めて。おはよう、マルガレーテ」


「おはようございます、ユリウス殿下。ハインリヒ様も」


 マルガレーテは可愛らしく頬を染め、きれいに一礼してみせた。

 ユリウスが頷く。そして、マルガレーテに手を差し出した。


「行こうか」

「はい」


 ハインリヒもまた、ユリウス殿下の未来を支える存在。

 そして……当面、私の「敵」ではない。


「エスコート致しましょう。フィロメーラ嬢」


「あら、クライスラー家のご嫡男であられる貴方が、わたくしをエスコートなどなさったら、学院中が目を回しますわよ」


 ハインリヒはにこりと笑って見せた。

 嫌味な笑顔だ。


「ええ、学院中の度肝を抜いて見せるのも楽しいでしょう」

「――ハインリヒ様が宜しいのなら、構いませんけれど」


 フィロメーラは軽く吐息を零すとハインリヒの差し出した手に、そっと手を乗せた。


「お姉さま、参りましょう。私たちの“物語”が始まるわ」


 マルガレーテが、学院の門を潜る――

 その一歩一歩が、定められた未来の歯車を狂わせる鍵になるだろう。

 フィロメーラは息を深く吸い込み、胸の奥に灯る小さな炎を信じた。

 この一年で、すべてを変えてみせる。妹の未来も、彼らの運命も――。



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