王宮の一室、審問の間。
高窓から差し込む陽光さえ、どこか張り詰めて見える厳粛な空間。
重厚な木製の扉の向こうには、王家直属の監察官と、宰相代理が揃っていた。
マルガレーテ・ベルクヴァイン、エルザ・グラーツ、ユリウス・フランツ・シュタール――
三人は並んで審問席に立つ。
その後方には、フィロメーラとハインリヒも控えていた。
「第三王子ユリウス殿下、ご足労いただき感謝申し上げます。――本日は、学院内における記録改竄と名誉毀損の件について、王宮として正式に審問を行います」
宰相代理の重く沈んだ声が、室内に響く。
「まず、エルザ・グラーツ嬢。貴女の経歴に関して疑義が提出されています。反論があれば、ここで述べなさい」
静かな視線が、彼女へと向けられる。
エルザは、躊躇わなかった。
まっすぐに視線を受けて立つ。
「私の出自は、グラーツ家の分家筋にあたる商人階級の家系です。平民であることに偽りはありません。そして、王立学院特待生の資格は、正規の試験と推薦を以て得たものです」
その声には一分の曇りもなかった。
「改竄された記録は、私の筆跡ではなく、かつ印章も学院の正規のものとは異なります。そちらは既に証拠として提出済みです」
宰相代理が頷き、視線をユリウスへ向ける。
「殿下。貴方の婚約者の振る舞いと判断力に関し、幾つかの貴族派閥から問合せが上がっております。その件に関しても、貴方のご所見を伺いたい」
ユリウスは椅子から立ち上がり、はっきりとした声で言い放った。
「私は、マルガレーテ・ベルクヴァインを婚約者とし続ける意志を変えておりません。彼女は何度も自身の至らなさを見直し、変わる努力を惜しまなかった。そして、エルザ嬢の誹謗中傷を前にして、最も早く声を上げたのは彼女です」
王族としての毅然たる口調に、室内が静まり返る。
「この件を通じて証明されたのは、彼女が王族に相応しい“品格”と“信念”を備えているという事実です」
そして、最後に視線がマルガレーテへ。
彼女は、ほんの少しだけ息を整えてから、答えた。
「
まっすぐな言葉だった。
あの頼りなげだった少女が、今や王宮の場で自らを貫いている。
◆
数刻後、審問は一旦の結論を迎えた。
学院内部の関係者による情報改竄は「外部の某貴族からの指示」によるものであると断定され、関与者の調査が進められることが公表された。
そして、エルザの潔白、マルガレーテの婚約の正当性は、王宮により「公式に認定」された。
◆
廊下を出たところで、フィロメーラはそっとマルガレーテの手を握った。
「よく頑張ったわ、マルガレーテ。本当に、素晴らしかった」
マルガレーテは頬を赤らめながら、微笑んだ。
「お姉さまのおかげです。でも、これからは
ふたりの笑顔が、陽の光の中で眩く光っていた。
◆
季節は巡り、王立学院の修了式。
式典の広間は、晴れやかな空気に包まれていた。
生徒たちはそれぞれの一年を振り返り、希望と誇りを胸に次の道へと歩み出そうとしていた。
壇上に立つ卒業生代表のフィロメーラ・ベルクヴァインは、ゆっくりと語りかける。
「
会場に、静かで温かな拍手が広がる。
フィロメーラの視線が向いた先には、マルガレーテとエルザ、そしてハインリヒとユリウスの姿があった。
それぞれの視線が彼女と交差し、笑みが零れる。
◆
式典後の中庭。
フィロメーラはハインリヒと並んで歩いていた。
「こうしてここを並んで歩くのも、最後なのね」
「貴方は学院を卒業。そして私はまだまだ修行中の身、か。でも追い付きますよ、すぐに。……それでも緊張しますけどね、貴女といると」
フィロメーラは少し笑った。
「慣れなさい。これからずっと一緒なんだから」
「光栄です。貴女の皮肉にも、気まぐれにも、強さにも――永遠に付き合いましょう」
握られた手の温もりが、約束の証のように思えた。
◆
一方、マルガレーテとユリウスは、控えめに庭の端を歩いていた。
マルガレーテは頬を赤らめながら、小さく呟く。
「……これからも、隣にいていいですか?」
ユリウスはそっと彼女の手を取り、しっかりと握り返す。
「もちろん。君は僕の未来そのものだ、マルガレーテ」
◆
学院の門をくぐるとき、フィロメーラは一度だけ、振り返った。
かつて「悪役令嬢」と呼ばれる未来へ向かっていた妹、マルガレーテ。
その運命を変えるために、フィロメーラは戦った。
けれど今は違う。
彼女も、妹も、そして皆が「物語の主人公」として、自分の足で歩いている。
(もう大丈夫ね)
空は晴れ渡り、新しい季節が始まる気配がした。
物語は、ここでひとつの終わりを迎える。
だが、それは「幸せな未来」という、新たな物語の幕開けだった。