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第6話

「リアム……ランペ」

 私は頭にかかっていた霧が晴れる様な感覚を覚えながら、リアムさんを見つめた。

『何か困ったことがあったら、いつでも会いにおいで』

 昔聞いた声が、蘇る。

『ワシの名前はランペだよ』

 そうだった。どうして忘れてしまっていたのか。

「もしかして、あなたのお祖父様って……」

 リアムさんの顔を眺めながら、私が子供だった頃に出会った人の特徴を探す。

 呟く私に、彼はこう答えた。

「爺さんはこの街を拠点に、国で行商人をしてるんだ。君でしょ? 爺さんが昔会った女の子って」

「そう……です。えっと、信じられない……んですけど」

「やっぱりそうかぁ。もしかしたら、とは思ったんだけどね」

「ランペ……さん……」

『光を照らす、ランプのことさ』

 だからだろうか。何かに導かれる様に、私があの時リアムさんに駆け寄ったのは。

 そして直感的に、私はリアムさんがあの時お爺さんが話てくれた末孫さんだと把握した。そうか。お爺さんのお孫さんは、ちゃんと立派な大人になっていたのだ。まぁ、きっと元々良い人だったのだとは思うが。

(そっか……私ちゃんと、恩返しできてたのかな……)

 不意に気になって、私はリアムさんに訊ねる。

「あの、お祖父様は、今……」

「あ、元気にしてるよー。まだ仕事してるし、まぁ最近は結構この街にいるしね」

「そうなんですか。嬉しいな……」

 それを聞いた私は、自分の顔が綻ぶのを感じた。

「って言うか、俺子供の頃からずっと君がどんな子か想像してたんだ」

「はい?」

「だって、気になるじゃない。家出して、一人で違う国に行っちゃう女の子なんて。しかもそれが貴族令嬢だなんてさ」

「でも今は、令嬢なんかじゃ……」

「それに俺、肉付きがイイ君に、惚れちゃったんだ」

「へぇっ?」

 そんな言い方ってあるだろうか。それは褒め言葉なのか、それとも失礼な言い分なのか。

「ほら、俺ってどんなに鍛えても、中々筋肉付かなくてさ。だからいつか君に会っても笑われるんじゃないかって、心配だったんだよね」

 リアムさんは、自分の上腕を揉みながら言った。

「でも、実際君を見つけた時、君に一目惚れしちゃってさ」

「え……?」

「なんか、理想の人が現実に現れたみたい、って。それに、君は絶対に俺のことを笑わない、って何故か確信があって。上手く説明できないんだけど」

 リアムさんはそう言って頬をポリポリ掻くと、こう付け足した。

「だから俺、自分の体型のこと結構気にしてたんだけど、心配ないみたいだね」

「そりゃ、だって……って、え……?」

「だって、アンは筋肉質の『真逆のタイプが好み』なんでしょ?」

 そう言うとリアムさんは、にんまりと笑った。

(う……ひゃ〜っ!)

 言った。確かに言いました。ただ、自分にとってストライクど真ん中の人がその発言を聞いているとは、私は微塵も思ってはいなかった。

「アン」

「は、はいぃっ?!」

 急に真剣な声になったリアムさんの方を、私は真っ赤な顔をして見上げた。

「軽率だって思うかもしれない。でも、真面目な話。俺は、君が好きなんだ」

 (えっ、え〜っ?! ホ、ホントにぃ?!)

 私は落ち着く為に、何とか時間を稼ぐ事にした。そしてベッドの上で起き上がると、大きな声で反論した。

「で、で、でも、リアムさん……! 私、こんな外見で……! それに、今は貴族令嬢でも何でもないですし!」

 座って話をしようとする私を支えながら、リアムさんは言った。

「あぁ、それは大丈夫。って言うか俺、貴族とか全然興味無いし」

「そ、そうなんですか……?」

 どう応えたら良いのだろう。お互い惹かれ合っているのは、確かなのかもしれない。私も、ヒョロガリのリアムさんが騎士だとは全く思いもせず、守りたい!と勝手に思ってしまったのだから。

 それでも……

「でも、やっぱり、その……私なんかじゃ……」

「アン」

「は、はい?」

「抱きしめても、良いかな?」

「へ?!」

 私を見つめるリアムさんが冗談を言っているのではないと理解した私は、無言で頷いた。

 するとリアムさんはベッドに膝を突き、そっと私を抱きしめた。

 自分の手をどうしたら良いのか分からなかった私は、息を殺してリアムさんが何か言うのを待っていた。すると……

「わぁ……」

「リ、リアムさん……?」

「なんかこうやって君が俺の腕の中にすっぽり嵌まるの、たまんないなぁ」

(え、ええっ……?!)

 いきなり何を言うのだ、この人は。

「ねぇ」

「は、はいぃ?!」

 リアムさんは私から離れると、両手を私の肩の上に置いた。

「これって、運命だと思わない?」

「う、運……命?」

 リアムさんは頷くと、言葉を続けた。

「ね? 君は俺の運命の人だと思うんだけど……俺も、君の運命の人だと思わない?」

 それから彼は何も言わずに、只々私の答えを待った。

(ど、どうしよう……だって、私……私達のこの体格差が、堪らないの……!)

 そう自覚してしまった私は、ゆっくりと口を開き……

「運命……」

 見上げる先には、リアムさんの穏やかな微笑みがあった。

「……です!」

 気が付けば私は、そう答えていた。

 するとリアムさんは、もう一度屈んで……

 「いい……?」

 ベッドに座る私に、そう問いた。

 そして、私が頷くと……彼は、私に世界一優しいキスをした。


* ~ * ~ * 


 一週間後――

 私は、十年間暮らしてきた街から王都へ引っ越す準備をしていた。

 リアムさんから、私が彼の運命の人だと言われ、それから一緒に騎士団の本部がある王都へ行こうと提案された時、私は直感だけで承諾してしまった。案外私は悪役令嬢ではなく、単なるチョロインなのかもしれない。

 それからは二人でドロシーさんと彼女の旦那さんに会いに行き、事情を説明した。実家のことを心配してくれたドロシーさんは、泣きながら私とリアムさんの出会いを祝ってくれた。

 勿論、職場への挨拶にも行った。王都へ引っ越すなら、退職しなければならない。リアムさんとのことを説明すると、一番親しかった同僚の三人は全員唖然としていた。

 でも、私が簡単な書類を済ませている間にリアムさんが三人と話したみたいで……遠くから見ていても何もいざこざは無かったみたいだが、その代わりにリアムさんは一人一人と、とても長い握手をしていた様子だった。それに、何故かお別れを言う時には、三人共若干青ざめていた気がした。あれは何だったのだろう。

 最後に――私達はリアムさんのお爺さんに会いに行った。

 同じ街の反対側に住んでいるそのお爺さんに私が今までくわさなかったのは不思議だが、それより再開した時は、私もお爺さんも涙目になった。お爺さんはリアムさんの様にヒョロヒョロとして背が高く、奥さんはとても小柄な人だった。好きな相手のタイプも遺伝するのかもしれない。

 王都に移ってからもちょくちょく会いに来る、と私はお爺さんと約束した。きっとリアムさんもそれを望んでいるだろう。


 今世で私は悪役令嬢の追放ルートを回避した。その結果、私は何人もの大切な人達と出会う事ができた。

 おまけに、私が十年前出会った恩人のお孫さんはヒョロガリさんで、私と一緒に幸せになってくれる人だとは。それに感謝せず、何に感謝する。

 だってこの人生こそ、私が自ら選んだ運命なのだから。

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