目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第5話

「よっ、と」

 リアムさんはそう言うと、軽々と私を抱き上げた。

「ちょっとだけ、我慢しててね」

「え……?」

 リアムさんはそう言うと、私を抱えた間々皮のカバーが掛かった馬車の荷台を覗き込んだ。

「うーん……おっかしいなぁ」

「へ……?」

 首を傾げなら耳を澄ますリアムさんを目の前に、私は何がどうなってるのかを把握しようとした。

「あ」

 そして彼がそう言ったかと思うと……

 後ろからいきなり誰かが襲いかかって来た。きっと何処かに隠れていたのだろう。まだ意識がはっきりしていない私は、どうしたらいいのか咄嗟に考え……

 ……ようとしたが、できなかった。でも、その必要はなかった。何故なら……

「よっ」

 そう言いながら、リアムさんはその攻撃者の首に蹴りを入れた。バランスを崩したその男の足を間髪入れずに掬うと、どこからか短剣を取り出した。そしてドカッと地面に仰向けになって倒れた男の膝辺りに座ると、今度は左手を伸ばし、その短剣の先を男の喉元に押し付けた。

 血が流れ出るまで。それも、私を抱きかかえた状態で。

「え……?」

 私は自分の目が信じられなかった。これも薬の所為なのだろうか。

 (え、ちょっと……誰、これ? 本当にリアムさん……? なんでこんなに強いの……?)

 何もできない間々、私はリアムさんの腕の中で葛藤していた。

 (え? 待って、待って、待って……さっきの弱そうなリアムさんも、この強いリアムさんも……両方カッコいいんですけど?!)

 又もやそんなだらしないことを考えている私の顔を、リアムさんはそっと覗き込んだ。

「大丈夫? ちょっとびっくりさせちゃったかな?」 

「い、いいえ……だ、大丈夫です」

「そう? 良かった。じゃ、とりあえず、ちょっと場所を変えようか」

 そして彼はそう言うと下敷きにしていた男の胴の上で立ち上がった。下から「グェッ」と声がした気がしたが、私は敢えて追及しないことにした。

 すると何処からか、男性二人が私達の方へ走り寄って来た。

「先輩、ちょっと……一人で突っ走らないで下さいよ!」

「って、先輩……コイツら二人とも伸びてるじゃないですか?!」

「あ〜、ごめん、ごめん。ちょっと頭に血が上っちゃって。悪いけど、後始末は頼んでも良いかな?」

「分かりましたよ……でも報告書だけは書いといて下さいよね!」

「りょーかい」

 リアムさんはそう言うと短剣をしまい、もう一度私を両手で抱き直した。

「よし、じゃ、行くとしましょうか」

「え? え?」

「ほら、君が大丈夫かも確認しないといけないし」

 一人で話を進めるリアムさんに、私は抗議の声を上げた。

「え、ちょ、待って下さい! 私、自分で歩けますから!」

「何言ってんの? 変な薬使われたんでしょ? 大人しくしておきなさい」

「そんな……! 私、絶対重いです……!」

「ハハ。ぜーんぜん重くないよー」

 リアムさんはそう言うと、サクサクと歩き始めた。


 行き先は先程部屋を使わせてもらった宿だった。中に入ると事情を察したのか、オーナーは何も言わずにただ頷いただけだった。

 そしてリアムさんはさっきの部屋へと進み、ドアを開けてベッドへ直行し、やっとその上に私を下ろしてくれた。

 横になった私の頭は混乱していたが、リアムさんもベッドに座って私の額に手を置くと、私は更に動揺した。

「大丈夫? 気分はどう?」

「えっと、大丈夫……だと思います。吐き気とか眩暈はもう無いので……」

「そっか。良かった」

 リアムさんはそう言うと、テーブルに添えてあった椅子を一つベッドのそばへ動かし、それに座った。

「で、アンネマリーア・ライム嬢。さっき君を襲った男達のことだけど」

「あ……」

 私は言葉に詰まった。どうしてリアムさんがその名前を知っているのだ。

「今、ラウタエベネ……君の祖国の王族が、君を探しててね」

「え……?」

 何の話だ。私はリアムさんの言葉の意味を理解しようと必死になりながら、唾を飲み込んだ。

「実は君の妹さんがラウタエベネの第一王子と婚約したんだけど、なんか浮気しちゃったみたいで。それで第一王子がその浮気相手に暴力振るっちゃって、王子も君の妹も罰せられて」

「へ……?」

「で、君のご両親も処罰されたんだけど、どうやら君のお父さんが、国の中でも数少ない公爵家の血を引くもう一人の娘がまだ生きてるって王様に言っちゃって」

「はぁ……?」

「それまではずっと君が病気で死んだってことになってたんだけど、君が生きてるって聞いたら、今度は国の公爵家も関わってきてね。家系の中で唯一年齢が合いそうな女の子の君を、第二王子と結婚させようって話になって」

「あぁ……」

 なるほど。きっと今まで私のことなんて探さなくても良いと思っていた父親が、私に異母妹の代わりを務めさせようとしたのだろう。そして母親の実家である公爵家も、孫娘を王族と結婚させられるのなら、と勝手に思って……

「じゃあ、さっきの人達は……?」

 故郷で起きていることを聞いた上で、どうやって実家が私をこの国で見つけたのかは、疑問に思った。ドロシーさんに迷惑が掛かっていないと良いが。

「それは、君が以前仕事……で会った人が、昔君の実家で働いてたみたいで。君が誰なのか気が付いて、そこから君の居場所がご両親に伝わったみたい」

 何と。不覚であった。この国にいたら何もかも安心だと勘違いしていた私は、自分の未熟さを恥じた。 

「ただまぁ、ルーイヒューゲルから見たらラウタエベネは王族も貴族も腐ってるからね。だからこっちもそう簡単にこの国の民となった人を引き渡す気はなかった、って訳」

「そ、そうだったんですか……」

 イマイチ納得はしなかったが、もしかしたらこの国は本当に民を大事にするのかもしれない。

「それに、なんか『色々ある』仕事もしてくれてるみたいだし」

「えっ……と。『色々ある仕事』……と仰るとぉ……?」

 タラリと汗をかいた私は、目を泳がせながらもしらばっくれた。

「あ、そこんとこは心配しなくていいよ。君達に助けられた人は、大勢いるし。だから、多少のグレーゾーンのことに関しては、こっちも目を瞑ってる」

(バ、バレてたか〜!)

 そこで私は、ふと疑問に思った。

「あの、リアムさん……『こっち』って、誰なんですか? と言うか、リアムさん自身は一体……?」

「あぁ、言ってなかったっけ?」

 あれれ、と言わんばかりに、リアムさんは首を傾げた。

「俺、一応この国の騎士なんだ。んで、騎士団の任務として、君を探してた」

「え……えぇっ?!」

 私は絶句した。だって、さっき私が助けた弱っちい青年は、誰だったのだ? 細い腕の、眩しい笑顔の……

 (リ、リアムさんが、騎士ぃ?!)

 呆気に取られた私を尻目に、リアムさんは続けた。

「それに、俺……結構前から君を知ってたんだよ」

「え……?」

 度々の爆弾発言に、私の思考は停止した。

「昔、俺の爺さんが、国境を渡って来た家出娘に会ったって」

「リアムさんの、お爺さん……?」

『勇気ある、小さい女の子に出会った。お前も、人を守れるよう頑張れ』

 そのお爺さんは、リアムさんにそう言ったそうだ。

「だからだよ。君が、俺の憧れなのは」

「え……?」

 リアムさんはそう言うと、ベッドに横たわる私の手をそっと握った。

「改めて、初めまして。俺はリアム・ランペだよ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?