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第3話 復讐劇の幕開け

涼太の指が綾の浴衣の帯に触れたまま、動きを止めた。手のひらに伝わる体温が熱すぎて、思わず息を呑む。

「神宮寺さん、ちょっと飲みすぎですよ」

そう言って、ソファに掛けてあったブランケットを彼女の肩にそっとかける。立ち上がる際、わざとワイングラスを倒してしまった。

ガラスの割れる音に、綾の目が一瞬だけ冴えた。


【選択発動:自制を保つ】

【パッシブスキル獲得:精神力+10%】

【神宮寺綾の好感度+5(評価上昇)】


「モップを取ってきます」

涼太は足早にキッチンに向かい、冷たい水で顔を洗って気持ちを落ち着かせた。リビングに戻ると、綾は浴衣を直しながら、テーブルの上の鉢植えに水をやっていた。

「これは薬用アロエよ」

彼女は背中越しに話しかけてきた。「見た目はちょっと危なそうでも、本当はとても優しいの」

窓を叩く大雨の音が響く中、不意に涼太のスマホが震えた。会社のグループチャットで九条桜から全員宛てのメッセージが届く。

「明朝七時、臨時ミーティング。欠席は査定対象外!」

送信時刻は23時17分。


***


翌朝六時半、涼太はおにぎりをかじりながら会社のビルへ駆け込んだ。エレベーターの扉が閉まりかけた瞬間、赤いネイルの手がそれを押し止める。

「おはよう、佐藤くん」

九条桜が微笑みながら言った。「昨日、神宮寺家のお嬢様の引っ越し、手伝ったんだって?」

密室のエレベーターにディオールの香水が立ちこめる。涼太は階数表示をじっと見つめた。

「ただのご近所付き合いです」

「彼女のお父様は医療財閥の理事長よ。そして、うちの叔父が医薬品審査の責任者なの」

九条桜が顔を近づけてきた時、これは明らかな圧力だと涼太は気づいた。


七階でエレベーターが止まると、九条桜はプロジェクターのリモコンを涼太に投げて寄越した。

「今日は東南アジア市場の企画、あなたが説明して」

涼太が資料を開くと、心臓がぎゅっと締めつけられた――これは自分が作ったものじゃない。データに穴だらけのPPTなのに、なぜか自分の名前が記載されていた。

「準備時間は五分だけよ」

九条桜は部屋中の幹部に微笑む。「早稲田出身の実力、見せてちょうだい」


【九条桜の敵意+15】

【危機イベント発生】


涼太は目を閉じ、システム画面を呼び出す。

【残り好感度:50(早川千雪35+神宮寺綾15)】

【交換可能スキル:ビジネスインサイト(消費40pt)】

「交換する!」

脳内にデータが一気に流れ込む。涼太はPPTの三枚目、折れ線グラフの異変に気づいた。すぐにプロジェクターのパソコンに自分のUSBを差し込み、バックアップデータを表示した。

「こちらが正しいデータです」

画面を切り替えながら説明を始める。「AI予測によると、タイ市場の成長率は23.7%で、32%ではありません」

彼は小数点を指差しながら言った。「九条課長が用意された資料では、ここが不自然に誇張されています」

会議室がざわめく中、涼太はスマホの録音データを再生した――昨日のエレベーターでの九条桜の脅しの音声だ。

「それと、新薬の審査権についてですが……」

「もういいわ!」

九条桜は青ざめた顔で言葉を遮った。「解散!」


【九条桜の敵意−30】

【好感度変換中……】

【九条桜の現在好感度:10(興味あり)】


涼太がネクタイを緩めていると、部屋の隅で小野麻衣がじっと彼を見つめていた。膝の上の弁当箱が落ちそうになっても気づかないほどだった。


【小野麻衣】

【評価:B】

【好感度+20(尊敬発動)】


麻衣が駆け寄ってきて、ハンカチを差し出す。

「佐藤くん……汗、かいてるよ」

俯いたとき、首筋の髪の隙間から小さな桜のタトゥーが覗いた。


***


その夜、居酒屋で一人ビールを飲みながら涼太は今日のことを振り返っていた。突然システムが通知を出す。

【早川千雪からLINEメッセージ】

『コンビニのシフト表』の画像に一言。

『明日から夜勤担当が変わるから、もう“偶然”は必要ないよ^^』

三日連続でおでんを買いに行った意図を、とっくに見抜かれていた。返事を書こうとしたその時、もう一通メッセージが届く。


『でも週末は人手が足りないから、もし手伝いに来てくれるなら…時給1500円でどう?』

柴犬の首かしげスタンプ付き。


【早川千雪の好感度+10】

【現在好感度:45】


またスマホが震える。今度は綾からだ。

『明日の夜勤、夜食持ってきて』

『P.S. コンビニのジャンクフードは禁止』


居酒屋のテレビでは東京中央病院のニュースが流れている。涼太は目を細めた。副院長室の壁に、九条家と院長が一緒に写る写真が映し出された。

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