涼太はテレビ画面をじっと見つめていた。ニュースの映像に九条家と病院幹部が並ぶ記念写真が一瞬映る。彼は仰向けに最後の一口のビールを飲み干した。その瞬間、システムから新しい通知が表示された。
【期間限定ミッション発動:部署合宿】
【目標:温泉旅館で高評価ターゲットを発見せよ】
【報酬:垂青値ボーナス24時間(2倍)】
スマートフォンが震え、課長からの全社員宛のメールが目に入った。
「明日、全員で箱根の温泉旅館に研修合宿を行う。参加必須」
***
翌日の夕方、大型バスは山道を蛇行しながら進んでいく。涼太は窓側の席で外を眺めていた。小野麻衣がスナックの袋を抱え、おそるおそる隣に近づいてきた。
「佐藤くん、せんべい食べる?」
今日は珍しく私服で、淡いブルーのワンピースが透き通るような白い肌によく似合っている。髪先にはイチゴのヘアピンが留められていた。
【小野麻衣の垂青値+5(好感度アップ)】
後ろの席から九条桜の冷たい声が響く。
「小野、先週の会議の議事録、渡して。」
麻衣が驚いて袋を落とし、せんべいが涼太の膝の上にばらまかれてしまう。慌てて拭おうとした指が、うっかり彼の太ももの内側をかすめた。
「ご、ごめんなさい!」
麻衣の耳たぶがたちまち真っ赤になる。
涼太が何か言おうとした瞬間、バスが急ブレーキをかけた。外は雨にけむり、暖かい灯りのともる和風建築が現れる。木の看板には「霧島温泉」と書かれていた。
みんなで雨の中を旅館の玄関まで駆け込むと、木の引き戸が静かに開いた。
「いらっしゃいませ。」
その声はまるで、温泉の湯に溶け込んだ絹のように柔らかい。そこに立っていたのは三十五歳ほどの女性。深い緑色の着物が豊かな体つきを上品に包み、髪はゆるくまとめられ、数本の髪が白磁の首筋に垂れている。目尻には涙ぼくろがあり、キャンドルホルダーを持つ指はしなやかだ。
【霧島遥】
【評価:SSS】
【現在の垂青値:0】
涼太は息を呑む。今までシステムが提示した中で最高の評価だった。
「女将の霧島です。」遥が軽く頭を下げると、着物の衿がわずかに開き、鎖骨の下に古い傷跡がちらりと覗いた。「足元にお気をつけください。」
九条桜が前に出る。
「山側の部屋を予約してます。」
「大雨で土砂崩れが発生し、只今復旧作業中です。」遥は廊下の奥にある温泉マークを指さす。「まずはお風呂で旅の疲れを癒されてはいかがですか?」
女子更衣室では、麻衣が不器用に浴衣の帯を結ぼうとしている。涼太は曇ったガラス越しに、彼女が怯えた小鹿のようにきょろきょろと辺りを見回す様子を目にした。
「お手伝いしましょうか?」
麻衣が声に気づいて振り向くと、いつの間にか霧島遥がすぐそばに立っていた。女将の指先が帯の間を器用にくぐる。
「蝶結びは、こうやって……」
その指が麻衣の腰に触れた瞬間、涼太は彼女の背中にも遥と同じような古い傷跡があるのをはっきりと見てしまう。
***
露天風呂で、涼太は岩にもたれて目を閉じていた。木の扉が音を立てて開く。
「ご一緒してもいいですか?」
遥がバスタオル一枚で湯けむりの中に現れる。長い脚が湯に浸かると、鎖骨から胸元へと斜めに走る傷跡がくっきりと現れた。
「十年前、元夫にやられたものです。」遥は何気ない様子で湯に身を沈める。「佐藤さんは、同情の目を向けなかった初めての人ですね。」
涼太は視線を彼女の顔にとどめた。
「今でも痛みますか?」
「雨の日は、特に……」遥が言いかけたとき、肩を押さえて苦しそうにうめいた。
システムの新たな提示が現れる。
【スキル交換可能:マッサージ熟練(垂青値30消費)】
涼太は即座にスキルを選択した。手のひらが遥の滑らかな背中に触れた瞬間、身体のツボの位置が自然と頭に浮かぶ。
「ここは……ナイフ傷で神経が圧迫されています。」親指で肩甲骨のくぼみを押さえると、筋肉の奥に固いしこりを感じた。「少し我慢してください。」
遥は唇を噛み、うなずく。的確な指圧とほぐしで、緊張していた体が次第にほどけていき、やがて長く深い吐息がもれた。
「東京の治療師よりずっと上手ですね……」
【霧島遥の垂青値+40】
【ボーナス効果発動中】
【現在の垂青値:80】
激しい雨音とともに、旅館全体が闇に包まれる。涼太は柔らかな身体が自分に寄り添うのを感じた。くちなしの香りが耳元にふわりとかかる。
「動かないで。」遥の声は温泉より熱い。「これはお礼です。」
水中で彼女の手が涼太の腹筋をなぞり、さらに下へと滑ろうとした――そのとき、更衣室の方から麻衣の叫び声が響いた。
「佐藤くん?いらっしゃいますか?」
【重要な選択】
【A. このまま遥とのやりとりを続ける(霧島遥の垂青値がすぐに100を突破)】
【B. 麻衣に応じる(複数キャラクターイベントが発生)】