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第6話 ダブルデート

星野家の高級車が角を曲がって見えなくなった瞬間、涼太のスマホが激しく震え始めた。


【早川千雪】15:23

「明日10時、渋谷駅ハチ公像前。忘れないで」

「遅刻したら許さないから」


【神宮寺綾】15:25

「国立新美術館の特別展、午後2時」

「葛飾北斎についての感想、聞かせてね」


メッセージの間隔はわずか2分足らず。涼太は画面を見つめて喉を鳴らす――約束の時間が完全にかぶっている。


【危機イベント:スケジュール衝突】

【交換可能スキル:分身術(垂青ポイント80消費)】

【現在の垂青ポイント:早川千雪45+神宮寺綾25+星野葵60=130】


涼太は迷いながらもスキルを交換。しかしすぐに警告が表示された。


【警告!このスキルには重大な副作用があります】

【使用後24時間は全ての垂青ポイント獲得が半減します】


***


翌朝9時50分、涼太の「本体」は渋谷駅前に立っていた。タクシーから降りてきた千雪に目を奪われる。


普段は制服姿の多い千雪だが、今日は珍しく私服。ベージュのニットにキャメル色のミニスカート、長い髪は高いポニーテールにまとめ、ヘアゴムもシャネルのダブルC。すれ違う男性たちが振り返るが、その冷たい視線に気圧されてすぐに目を逸らす。


「珍しく遅刻しなかったわね」と千雪がコーヒーを涼太に手渡す。「持ってて、写真撮るから」


千雪が突然近づき、スマホで自撮りを始める。二人の頬がほとんど触れそうな距離。千雪の髪からかすかにシトラス系の香水が香る。


【早川千雪 垂青ポイント+10】

【分身術効果:実際の増加は5ポイント】


その頃、涼太の「分身」は国立新美術館のベンチに座っていた。綾は白衣の下にネイビーのワンピース、高いヒールのつま先で涼太の足をさりげなく触れてくる。


「それで、『神奈川沖浪裏』の波の表現について、あなたは…」


綾の言葉がふと途切れる。涼太が視線を追うと、ギャラリーの奥から洗練された雰囲気の女性が現れた。深紅のスーツに豊かなプロポーション、ダイヤのピアスがライトにきらめく。


「藤原先輩?」

綾が珍しく驚いたように立ち上がる。


【藤原麗子】

【ランク:SS】

【現在の垂青ポイント:0】


麗子は涼太に目をやり、口元に不敵な笑みを浮かべる。「綾のボーイフレンド?これは意外だわ」


握手を交わした時、彼女の爪が涼太の掌をわずかに引っかいた。「このギャラリーのキュレーターよ。そして綾とは医大時代の…友人」


その瞬間、分身に激しい頭痛が走る――渋谷駅側の「本体」がトラブルに巻き込まれていた。


***


「ねえ、聞いてる?」千雪が涼太の額を指でつつく。「次はどこに行くかって…って、鼻血?」


涼太は慌てて上を向く。分身の負担が予想以上だった。千雪はハンカチで鼻を押さえてくれ、ふとした角度でシャツの襟元から鎖骨がちらりと見えた。


「低血糖でしょ」千雪はそのまま涼太の腕を引いてGUCCIのショップへ。「着替えなさい。こんな格好じゃレストラン入れないでしょ、変な人だと思われるから」


千雪が選んだキャメル色のコートに着替えて出てくると、店員たちが深々とお辞儀して見送る。その様子に通行人の視線も集まる。千雪は満足げに頷いた。「やっとまともに見えるわ」


そのまま千雪が涼太の腕に手を絡める。「これから行く場所には、この格好が必要なの」


一方、六本木の高級住宅街に差し掛かる頃、分身の涼太は美術館のトイレ個室で荒い息をついていた。スマホには綾からのメッセージ。


「藤原先輩がディナーに招待してくれた」

「あなたに興味があるみたい」


その頃、「本体」の千雪は豪邸の前で車を止めた。表札には「早川」の文字。庭にはロールスロイスが三台並ぶ。


「今日は父の誕生日パーティーなの」千雪が涼太のネクタイを直す。「笑顔で、うなずいて、食べ物には触らないこと」


千雪の指先の温もりが首元に残る中、玄関が開き、和服姿の老婦人が笑顔で迎える。「お嬢様!その方は…?」


「私の数学の家庭教師」と千雪は平然と答える。「東大出身よ」


思わずむせそうになる涼太――本当は早稲田卒なのに。


パーティー会場で、燕尾服姿の中年男性が行く手を遮る。


【早川健一】

【ポジション:早川財閥常務】

【関係:千雪の従叔父】


彼は手にしたワイングラスを涼太の方に傾けるが、千雪が素早く涼太を引き寄せ、ワインは自分のヴァレンティノのドレスにこぼれた。


「手が滑っただけですよ」と健一は微笑む。「家庭教師にはちょっと高価すぎるドレスじゃないですか?」


千雪が反撃しようとしたその時、涼太が肩を押さえた。「早川さん、そのネクタイピンのダイヤ、偽物ですね」


会場がざわつく中、涼太は胸元を指さす。「本物のダイヤならスポットライトで青く反射します。でもそれはモアサナイトです」


――これは昨夜交換した【鑑定マスター】スキルの知識だ。


健一が蒼白な顔で立ち去ると、千雪はテーブルの下で涼太の腿を強くつねった。「いつ宝石鑑定なんて覚えたのよ?」


「今だよ」と涼太が耳元でささやく。「実は、カンで言っただけ」


千雪は一瞬ぽかんとした後、ふっと笑みをこぼす。その素直な笑顔は、コンビニでバイトしていた時の姿とはまるで別人のようだった。


【早川千雪 垂青ポイント+20】

【分身術ペナルティ:実際の増加は10ポイント】

【現在の垂青ポイント:60】


***


その夜10時、涼太の本体と分身は自宅マンションのエントランスで合流した。合体した瞬間、一気に流れ込む二重の記憶に涼太は壁にもたれて吐き気をこらえる――分身は美術館の閉館後、麗子に誘われてプライベートなパーティーに参加していた。


記憶の断片には、真っ赤なマニキュアの指が名刺を涼太のポケットに差し込む場面が。「投資家を探してるんでしょ?私はちょうど資金が余ってるの」


涼太が玄関に座り込むと、システムから真っ赤な警告が表示された。


【分身術副作用発動】

【24時間、垂青ポイント獲得ゼロ】

【新着メッセージ:霧島遥から明日の温泉旅館リニューアル工事への招待】

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