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第7話 病院での夜勤

涼太は携帯の振動で目を覚ました。気づけば玄関で一晩寝てしまっていた。画面には麻衣の名前が点滅している。通話ボタンを押すと、泣きそうな息遣いが響いた。


「涼太くん……熱が出ちゃって……」


【緊急ミッション:体調不良の同僚からのヘルプ】

【報酬:医療系スキルツリー解放】


涼太は慌てて上着をつかみ、夜明け前の光の中を駆け出した。マンションの下のベンチで、息をのむ光景が待っていた。麻衣が薄いカーディガン一枚だけを羽織って身を縮め、膝上ソックスとスカートの隙間からのぞく脚は不自然に赤くなっている。会社の書類箱を胸にしっかり抱えたままだ。


「バカだな、救急車呼ばなかったのか?」涼太は自分の上着を麻衣にかけた。


麻衣は熱い額を涼太の胸に押しつけてつぶやく。「資料……明日が締切で……」


彼女を抱き上げた瞬間、いつもうつむきがちな麻衣が羽のように軽いことに涼太は驚いた。そこにシステムの表示が現れる。


【感染症リスクを検出】

【一時スキル付与:病原体可視化(残り01:00:00)】


視界が変わり、麻衣の周りに赤い光点が浮かぶ――喉と肺に集中している。さらに、涼太自身の左手にも同じ菌群が見える。


「昨日の会議室で……九条課長が渡したコーヒー……」


麻衣が激しく咳き込み、涼太はタクシーを止めて叫んだ。「東京中央病院、急患です!」


***


救急外来の白い照明の下、看護師が体温計を覗き込む。「39.8度です、まず採血を……」


最後まで言い終わる前に、涼太はカルテを取り上げ「溶連菌性咽頭炎」と書き込んだ。さらに薬棚を指差す。「ペニシリン400万単位静注、2時間後にデキサメタゾン追加で。」


看護師は目を丸くする。「先生は何科の方ですか?」


「彼は私の研修医です。」


廊下の奥から聞き覚えのある声がした。神宮寺綾がマスクをつけて現れる。手術帽の端から濡れた髪がのぞき、白衣の下には淡いグリーンの手術着が見える。綾は涼太が麻衣を抱く姿を一瞥し、マスクの下の口元がわずかに険しくなった。


「隔離室の準備を。」麻衣を受け取る際、綾の指がさりげなく涼太の手の甲をなぞる。「あなたは更衣室で消毒着に着替えて。」


【神宮寺綾の親密度+15】

【ペナルティ期間発動:ポイント凍結】


更衣室で防護服の紐を結ぶのに手間取っていると、後ろから柔らかな体温が背中に触れた。綾の腕が涼太の腰に回り、器用にリボンを結ぶ。


「病原体を見分けるスキル?」綾が涼太の耳元で囁く。「あなた、思ったより秘密が多いみたいね。」


消毒液に混じって、綾がいつも付けているビターオレンジの香水が漂う。振り向いた涼太は、危うく綾の唇に触れそうになったが、彼女は一歩下がり、タブレットを掲げた。


「九条課長も2時間前に入院してる。同じ症状よ。」


画面には九条桜のカルテが映し出されている。しかし綾は「アレルギー歴」の欄を何度もタップしていた――そこには「ペニシリンアレルギー」と記載されている。


「変だと思わない?」綾の瞳は猫のように細くなる。「昨日、彼女は確かに溶連菌の培養皿を扱っていたはず……」


その時、院内放送が鳴り響く。「救急チームは703号室へ急行!繰り返します、703号室へ!」


***


九条桜のベッドの周りは医療スタッフでごった返していた。全身にじんましんが出て、モニターの酸素飽和度は80%まで低下している。涼太が病原体可視化で覗くと、体内のペニシリン分子が赤血球を攻撃しているのが見えた。


「気管挿管の準備を!アドレナリン1mg静注!」


混乱の中、涼太は点滴スタンドのペニシリンバッグに目を向ける――だがシステムは、すでに中の菌は死んでいると示していた。


「アレルギーじゃない!」涼太は綾の手首を掴む。「これは人為的なアナフィラキシーショックだ!」


ベッドの下には、踏みつけられた培養皿が怪しく青く光っている。


「検査室でアレルゲン検査の報告書がすり替えられたのね!」綾はすぐさま理解し、涼太を引っ張ってエレベーターに飛び乗った。「7階西区のラボよ、急いで!」


扉が閉まる直前、涼太は鏡張りの壁に押しつけられる。綾がマスクを引きちぎり、彼の下唇に噛みついた。血の味が広がる。


「これが罰よ。」綾は息を荒くして離れた。「次、他の女に触れたら……手術刀で去勢するわよ。」


【神宮寺綾の親密度+30】

【ペナルティ期間発動:ポイント凍結】

【特殊状態:嫉妬モード発動】


ラボでは、涼太が病原体可視化で記録を破棄している女性技師を見つけた。白衣の綾を見た技師は崩れ落ちる。


「副院長に頼まれたんです!九条課長は新薬の副作用を知りすぎていて……」


「やっぱりね。」綾は床のガラス片を蹴飛ばす。「先週、星野グループの新薬承認が却下された。九条が審査委員長だったから。」


涼太はテレビのニュースで見た院長と九条家の記念写真を思い出す。さらに問い詰めようとした瞬間、携帯が震えた。麻衣からの自撮り写真だ。


ベッドで点滴を持つ麻衣、その背後には回診中の院長の娘――ピンクのナース服を着た小柄な女性が映っている。名札には「神宮寺 澪」とある。


【神宮寺澪】

【評価:A】

【現在の親密度:20(興味あり)】


写真の片隅には、霧島遥からの花束が静かに飾られていた。拡大すると、カードにはこう書かれている。


『熱を出した小さな子羊へ』

『P.S. 佐藤さん、明晩の温泉工事、忘れないでね』

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