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第9話 会社の危機

涼太は親指を「確認」ボタンの上で三秒ほど止めてから、そっと画面をスワイプしてシステム通知を閉じた。


「こういう時はな」と、彼は葵の額を軽く弾いた。「まず傷の手当てだ。」


【選択有効:ポイント温存】

【勲章獲得:自制の証(好感度獲得速度10%恒常アップ)】


葵は一瞬きょとんとしたが、次の瞬間、消毒液を掴んで涼太の顔に吹きかけた。「バカ先生!大人ぶらなくていいのに!」——でも、ほんのり赤くなった耳が本心を隠せていなかった。


***


翌朝、涼太が会社に入ると、妙な空気を感じた。皆がこっそり彼を見ている。小野麻衣が書類を抱えて駆け寄ってきた。「佐藤くん!九条課長が…」


会議室のドアが勢いよく開き、九条桜が真っ青な顔で立っていた。スーツはきちんとしているが、左手首には新しい包帯が巻かれている。


「全員集合。」彼女の声は掠れていた。「今すぐ。」


プロジェクターが点灯した瞬間、涼太の目が見開く——スクリーンには九条桜の退職願が映し出され、「重大な業務ミスによる自己都合退職」と書かれていた。


「東南アジア市場のデータ改ざん事件。」彼女は感情を押し殺した声で読み上げる。「全責任は私に…」


涼太が突然立ち上がった。「先週の監査レポートでは——」


「座りなさい!」取締役代表が鋭く遮る。「九条課長はすでにデータ改ざんを認め、全ての株式も放棄した。」


会議が終わると、九条桜のオフィスはすっかり片付けられていた。涼太は非常階段で彼女を呼び止める。「副院長に脅されたのか?」


「賢い人間は、黙っていた方が身のためよ。」彼女は涼太の手を振り払い、しかし包帯の下にまだ残る針痕を彼に見られてしまう——麻衣が入院していた時の点滴痕と全く同じだった。


九条桜はふいに顔を近づけ、ディオールの香水と苦い空気が混じる。「真実を知りたい?今夜八時、旧港区の3号倉庫に来て。」


彼女が去るとき、涼太はうなじにコイン大の痣——何か精密機器の跡のようなもの——を見逃さなかった。


***


【システムショップ】

【ハッカースキル(24時間)→60ポイント】

【追跡防御(パッシブ)→30ポイント】


涼太は全ての好感度ポイントを使い切り、スキルを交換し終えた瞬間、匿名の画像がスマホに届いた。九条桜が椅子に縛られている写真で、背景には山積みの医薬品箱が見える。


「やっぱり…」写真の隅を拡大すると、箱には星野製薬のロゴが印字されていた。


旧港区に着くと、倉庫のシャッターは半開きだった。中に入った途端、背後から強い気配が!涼太は身を低くしてかわし、鉄パイプが頭上をかすめて棚に激突した。


作業服姿の男が五人、取り囲む。リーダー格のスキンヘッドが不敵に笑う。「坊や、財閥絡みのことに首を突っ込むと命が惜しいぞ。」


涼太はにやりと笑った。「会社のWi-Fiから脅迫メールを送るのは、ちょっと抜けてるんじゃない?」


彼のスマホ画面には、さっき完了したばかりの送金記録が映し出されていた——全員の口座に五百万円ずつ振り込まれている。備考欄には「星野健三より口止め料」と書かれていた。


「なにっ?!」スキンヘッドは慌ててスマホを確認する。「健三さんはそんなこと…」


混乱に乗じて、涼太は二階の事務所へ一気に駆け上がった。ドアを蹴り開けると、白衣の男が九条桜に何かの液体を注射しようとしていた。


「やめろ!」


白衣の男が振り返ると、胸には東京中央病院の副院長バッジ——神宮寺綾の叔父だった。


「佐藤涼太くんか。」彼は金縁メガネを押し上げた。「うちの姪が君の話をしていたよ。」針先がゆっくりと九条桜の静脈に近づく。「残念だが、新薬の発売を君が見ることはない。」


その時、涼太のスマホが自動で発信し、スピーカーから星野葵の父親の声が響いた。「神宮寺副院長、私の名を使って脅迫しているそうだな?」


副院長の手が震え、注射器が床に落ちる。涼太はその隙に九条桜の口のテープを引き剥がす。彼女は必死で叫ぶ。


「新薬の副作用…心筋炎を引き起こす…臨床データを改ざんしたの!」


外から突然サイレンの音が響く。副院長が裏口へ逃げようとした瞬間、涼太の蹴りが彼の背中に直撃。男は棚に激突して薬品箱を床にぶちまけた。


「警察は俺が呼んだ。」涼太はネクタイで彼の手足を縛る。「それに、君の姪ももうすぐ来る。」


九条桜はかすかに涼太の服を掴む。「なぜ…助けてくれるの…」


「君のためじゃない。」涼太は彼女の鎖骨下の点滴痕を指差す。「モルモットにされた患者たちのためだ。」


警察車両が倉庫を囲む中、神宮寺綾の赤いスポーツカーが急停止し、彼女は手術着のまま駆け込んできた。涼太が抱き支える九条桜を見て、白衣の裾には手術室の血がついている。


「説明して。」彼女は冷たい声で涼太の腕を掴んだ。


涼太が何か言いかけたその時、九条桜が激しく痙攣を起こす!綾は一瞬で医師の顔になり、彼女の服を裂いて確認する。「アドレナリンの過剰注射…誰がこんなことを?!」


涼太は警察に連行される副院長を指さす。「君の大好きな叔父さんだ。」


綾の目が見開き、突然警察の調書ノートを奪い取って破り捨てた。「彼がそんなことをするはずがない!絶対に…」


言葉はそこで途切れた。涼太が視線を追うと、証拠袋に入った副院長のスマホがあり、待ち受けには霧島遥とのツーショット写真が表示されていた。


***


深夜の病院の廊下。涼太は麻衣にメッセージを送っていると、自販機から缶コーヒーが転がり出てきた。顔を上げると、小野麻衣が彼のジャケットを抱いて立っており、目は真っ赤だった。


「ニュース…見ちゃって…」彼女は涙声でジャケットを差し出す。「佐藤くん、風邪ひいたら困るから…」


ポケットから映画のチケットがちらりと見え、麻衣は慌てて隠そうとしたが、ついでにレシートやら——夜勤のたびに買った日付のコンビニ伝票、ビニール袋に入った捨てられたストローまで引っ張り出してしまう。


「ストーカー?」涼太が眉を上げる。


「ち、違うの!」麻衣は必死で首を振った。「巫女さんがね、持ち主に触れた物じゃないとおまじないできないって…」


そのまま足がもつれて前のめりに倒れ、涼太が受け止めたとき、少女の唇が彼の喉元をかすめた。


【小野麻衣 好感度+40】

【現在好感度:60】


更衣室の方から突然ガラスの割れる音。綾が影の中に立ち、足元には割れた点滴ボトル。


「病院内で、」一語ずつ冷たく、「入院手続き中の家族が、浮気なんて、絶対に禁止。」


麻衣は驚いたウサギのように飛び退き、涼太のスマホが鳴る。画面には藤原麗子の名前が浮かんでいた。


綾の冷笑が廊下の空気を一気に冷やす。「今夜は、誰かに解剖実習が必要みたいね。」

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