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第10話 財閥の晩餐会

涼太が電話に出ようとした瞬間、綾が素早くスマートフォンを奪い、スピーカーモードに切り替えた。


「佐藤さん~」藤原麗子の気だるげな声が廊下に響く。「明日のチャリティー晩餐会、エスコートがまだ決まってなくて困ってるの。」


綾の爪が無言で涼太の腕に食い込む。それでも顔には完璧なビジネススマイルを浮かべている。「申し訳ありませんが、こちらの方は明日、解剖実習に参加する予定です。」


電話越しにグラスがぶつかる軽い音が聞こえた。「あら、綾さんは相変わらず冗談がお上手ね~」麗子の笑みがさらに深くなる。「星野グループの新薬承認のために、わざわざニューヨーク行きを遅らせているのよ。」


その瞬間、涼太は綾の身体がピクリと固まるのを感じた。星野製薬は、綾の叔父が関わる会社だったからだ。


「後で住所を送るわ。黒のタキシードで来てね、期待してるから。」


通話が切れると同時に、麻衣はすでに五メートル後ろへと距離を取っていた。綾はスマートフォンを涼太の胸に押し付ける。「解剖室へ。今すぐよ。」


***


地下二階の霊安室は、いつも以上に冷え込んでいた。綾は涼太に手術着を投げ渡し、自分は無言でステンレスの棚から遺体を引き出した。


「誰かわかる?」白布をめくると、副院長の顔が青白く露わになる。


涼太は思わず息を呑んだ。今朝まで元気だった人が、こめかみに見事な銃痕を残して横たわっている。


「警察は自殺だと言ってる。」綾はゴム手袋をはめながら言う。「でも、弾の入射角からして…」突然、手術刀を涼太の頸動脈に当てた。「これはプロの殺し屋がよく使う処刑の手口よ。」


遺体の胸部に解剖刀が滑り込むと、涼太は綾の手の甲に涙が落ちて内臓を濡らすのを見た。


「なぜ私を助けるの?」綾が突然問いかける。「証拠を使って葵のお父さんに取り入ることもできたはずなのに。」


涼太は綾の震える手をそっと押さえた。「君の叔父さんのパソコンに、暗号化された動画があった。」


プロジェクターが点灯し、映し出されたのは副院長が昏睡した患者に薬を注射する場面。そして、その様子を記録していたのは――九条桜だった。


「臨床試験のデータ改ざん…」綾のマスクは涙で湿っている。「どうりで最近、心筋炎の患者が増えていると思った…」


涼太が動画を消そうとした瞬間、映像が突然切り替わった。見知らぬ部屋で、霧島遥が椅子に縛り付けられ、その背後には狐の面を被った男が立っていた。


「奥様を助けたければ、神宮寺綾が新薬のサンプルを持って、明日の夜一人で埠頭に来い。」声は変声機で処理されていた。


動画が終わると、綾の瞳孔は針のように細くなった。「遥先輩は東大医学部の伝説の人だったのに、十年前に突然退学して…」


彼女は急に遺体の襟を引き裂いた――副院長の鎖骨の下には、霧島遥とまったく同じ傷跡があった。


***


【システムメッセージ】

【メインクエスト更新:「財閥の暗闘」】

【選択サブクエスト:

A. 藤原麗子の晩餐会に同行する(財閥の情報を入手)

B. 綾と共に霧島遥を救出する(高リスクバトルシナリオ)】


涼太が病院を出ると、激しい雨が止みかけた夜空に星が瞬いていた。スマホが震え、早川千雪からメッセージが届く。


『父が会いたいそうです。明日七時、きちんとした格好で来て』

『P.S. 断ったら殺すから』


続いて、星野葵からも通知が入る。


『先生、ニュース見て!お父さんが先生を私の専属指導医に任命したって!』


添付されていたのは経済ニュースのヘッドライン――『星野財閥、民間人を新薬開発に異例の起用』。


涼太は苦笑しながら顔を上げると、東京タワーの灯りが一斉に消えた。システム警告が激しく点滅する。


【複数の陰謀が交錯しています】

【臨時スキル「戦略シミュレーション」解放(72時間限定)】


脳裏に無数の可能性が一気に流れ込む――藤原麗子と早川家の縁戚関係、星野製薬と中央病院の株式争い、霧島遥の傷跡の謎…。


最も背筋が凍ったのは、何度繰り返しても浮かび上がるあの名前だった。


『狐面の男の正体――早川健一(千雪の叔父)』

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