3話 アサシン、どうやら俺は生きていた。
俺は元の世界から、この世界に転移をさせられたみたいだ。
変な薬を飲まされたので、死んだんだと思った。
今は死なないで良かったと思っている。
俺の名前はバートだ! 年齢は17才の男だ。
えっ? 背の高い若い女性に見える? 違うぞ! 綺麗なシルバーの長い髪は、俺の自慢なんダ。
職業はアサシン……イヤ違う。
今は、移動販売の焼きイモ屋さんの見習いてんいんダ。
だから今、こうして焼きイモを美味しくするために、石を綺麗に洗っているんダ。
「おーい。バート」
(おっ、ゲントに呼ばれたぞ)
「じゃ~、また会えたらな! 約束は出来んけどな」
★★★★
「はい、ゲント。なんだい?」
「明日はバートにとって、初の場所だぞ。仕込みはキッチリ済んでいるのか?」
「はい、ゲント。済んでいます」
「明日は秋葉原での仕事だ。客層が違うから頼むぞ」
「OKだ。ゲント!」
俺は、この世界に来てから1ヶ月になる。
★★★★
〈1ヶ月前のことだ!〉
その日、俺はショッピングモールの植え込みに倒れていたらしい。
発見されたのは夜だった。
俺の身なりが暗い部屋での暗殺予定だったので、黒系の全身スーツを着ていたのもあり、普通の人からは気付かれないでいた。
「オイ、そこのヘンテコな格好をしているヤツ! お前は何をしているんだ。かくれんぼか? テレビの撮影か?」
普通の人からは気付かれない状況なのに、彼は俺に気付き、声を掛けられながら体を揺すられていた。
「なんだ? コスプレごっこか?」
意識がなかった俺は、意識を取り戻し、目だけを動かして見える範囲の確認をした。
(ここはドコだ? 俺はウエルス王国、バン王の暗殺をするために、しロに潜入をしていたはずなのだが……)
「外国の人なのか? 日本語、分かるか?」
起き上がり、俺は周りを見渡した。
「ここはドコだ! あのしロはドコの国のしろだ?」
指を差して、目の前に居た彼に聞いた。
それに今は夜だよな? なんでこんなに明るいんだ? いったいここはドコなんだ。
パニック状態になりつつも、俺は気付いたことがある。
(あれ? この言葉はドコの国の言葉だ? なんで分かる? 話せる?)
「あっはっはぁー。ここは東京の江東区と言うところだ! お城ではないぞ、にーちゃん。ショッピングモールだ」
彼は高笑いをしながら説明をしてくれた。
(やっぱりだ。見たことも、聞いたこともない国だ)
「なんか、訳ありなのか? にーちゃん」
うんと頷いた瞬間に、俺の腹が〈ぐう~〉と鳴った。
「なんだよ~、にーちゃん。腹が減っているのか?」
「秘密工作中だったから、今日は1日、水も飲んでないし飯も食っていない」
俺の話を聞いた彼は、ヘンテコな馬車とは違うよな? 物体に近寄って、蓋のような物を開けて何かを取り出すと、紙のような物にくるみ、俺に差し出した。
「売れ残りだ。食え」
渡された紙を開けると、俺にも分かるモーイだった。
だが、俺の知っているモーイと違い、とても甘い匂いがしていた。
(食えと言っているから食えるんだよな?)
腹が減っていたのもあり、スーツの口の部分を下げて、モーイに食いついた。
「おぉー。なんてうまい、モーイなんだ!」
それはとても甘く、元の国ではめったに口にすることが出来ない、悪魔的に甘い食べ物だった。
「モーイじゃないぞ! 焼きイモだよ、にーちゃん。もっと食うか? 今夜の販売はおわったから、まだあるぞ」
うん、うんと頷いて、出された焼きイモを受け取り、悪魔的な甘さ、うまさを堪能していた。
〈ゲホ、ゲホ〉
この焼きイモと言う食い物も、モーイと同じく、喉に詰まりやすい食い物だった。
「ほら、にーちゃん。水だ」
手渡された水の入っているような、ベコべコとする筒状の物から、一気に水を飲み干した。
「あ、ありがとう。た、助かった」
「ああ、いいんだ。だが、そろそろかおだけでもマスクを外してくれないか?」
1食の恩を返すために、首に手をかけてマスクを外して、彼に俺の素顔を見せた。
「オメー、女か? 男か? どちらでもない人なのか? その髪の毛と目の色は本物なのか?」
ビックリした彼が見た俺は、シルバーロングの髪の毛に、メッシュ状の目隠し部分で隠れていた目が、切れ長のパープルアイだからだろうな。
(任務のために、女装をさせられていた時もあったからな)
「俺は男だよ。髪の毛も目も本物だよ」
彼が俺に聞いてきたので、ハッキリと答えた。
彼は腕を組んで、何かを考えているようだった。
「お前さん、行くところはあるのか? なんか訳ありみたいだからな。ないなら、家に来るか?」
ここがドコなのか、全く分からない俺には、何よりの誘いだった。
少しでも、情報の収集をしておきたかった。
何かしてきたら、やってしまえばいいからな……ニヤリ。
「ない」
「なら、ついて来い」
俺が頷くと、彼は手を差し出した。
出された手を握った瞬間に、俺は彼からせすじが冷える感覚を感じた。
(こんな感覚、師匠以来だ)
「お前は俺達と似た匂いがするんだ。名前はヤマシマゲントだ」
そう言って焼きイモの入っていた、ヘンテコな物に付いている旗に指を差した。
そこには、〈天国行きのうまさ! 焼きイモ屋ゲンちゃん〉と書いてあった。
「にーちゃんの名前は?」
ゲントに聞かれたので、不安に思いながらも名乗っておいた。
「俺はアサシンのバートだ」
「ハイハイ分かった。みそらもだがコスプレって、なりきりがすごいんだな」
ゲントは笑いながらヘンテコな物に近寄り、ドアのような物を開けた。
「バート、乗れ」
(タイヤみたいのも付いていたし、ヤッパリ乗り物だったのか。椅子も付いていた)
「おぅ、スマン。ゲント」
俺も車に乗り込み、夜の街を走り出した。
★★★★
これは、どんな魔力で動いているんだ。
ゲントは魔法使いなのか? 俺は不思議に思っていた。
それにしても、ここは本当に不思議なところだ。
俺の乗っているヘンテコな物や、馬とは違う2つのタイヤが付いているヘンテコな物も走っている。
それも、こんなにたくさん。
さっきから思っていたが、なんで昼間でもないのに、こんなに明るいんだ? 空は暗いのに夜がない国なのか? 駄目だ! 我慢ができない。
俺は感情コントロールがヘタで、感情が高ぶると、その感情が押さえられなくなってしまうことがあり、『アサシンとしては半人前だ!』と、師匠から、よく注意をされていた。
だが、こんな状況で、今の俺には感情を、オサエることが出来なかった。
「ゲント、俺達が乗っているコレはなんだ? あの2つのタイヤの付いている馬はなんだ? この国には夜はないのか?」
それを聞いていたゲントが、笑いながら答えた。
「あっはっはぁー。これは車と言う乗り物だ! あの2つのタイヤで走っているのがバイクや自転車と言う乗り物だよ、馬ではないからな! それに今は夜だよバート。明るいのは電気を使い、明かりを作っているんだよ」
ゲントが説明をしてくれていたようなのだが、俺にはチンプンカンプンだった……。
どのぐらい車と言う物に乗っていたのだろう? ゲントからはやはり師匠と同じ感覚、匂い、力を感じていた。
何故かは今でも分からないのだが、初めて会ったゲントに俺は、この国の人間でないことを話し、アサシンとして、ある国王の暗殺に失敗をして、元の国から消されたことを話した。
ゲントは、俺の話を頷きながら、黙って聞いてくれていた。
「分かった」
一言だけ返事をすると車を止めた。
「少し待っててくれ」
ガラガラと音がする扉を上げると、車に戻り車を中に入れて、ガラガラと鳴る扉を引きおろした。
★★★★
「とうさん、おかえりぃ~」
女性の声がして、奥の部屋から……えっ。
「フェリス姫!」
ゲントに声をかけた女性は、暗殺予定のウエルス国、バン王とエミリア王妃の愛娘、フェリス姫に良く似ていた。
急いで車から出て、スーツの腕から暗殺用の武器、〈死具〉を出し、フェリス姫に襲い掛かった。
だが、その振りかぶった腕は、まったく動かせなかった。
ゲントが俺の腕をつかみ、首を左右に振っていた。
(えっ、いつ俺の腕をつかんだんだ? それに、なんて力だ)
振りかぶった腕を振り下ろせなかった。
もう一度ゲントを見ると、その目は俺と同じ、アサシンのような目だった。
(せすじが凍る殺気を、ゲントから感じた)
ゲントが腕を放し、フェリス姫に似ている女性に声を掛けた。
「ただいま~。みそらぁ~」
「とうさん、そちらの方は?」
「みそらに紹介しないとな! こいつはバートだ。明日から仕事を手伝ってもらうことになったんだ」
「外国の人なの? とうさん」
「あ~そうだ。焼きイモのうまさに感動をして、日本に修行をしに来たらしいんだ」
アサシンとしての勘なのか? 俺を救ってくれたゲントと焼きイモを信じろと、もう1人の俺がからだに告げていた。
なので俺はそれを信じて、黙ってゲントの話に頷いていた。
「そ~なんだぁ~。日本語は話せるの?」
「猛勉強をしたらしく、話せるぞ。言葉の意味とその物が一致しないことが多いがな」
みそらと言う女性が、俺の周りを一周して何かをしているようだ。
「それにしても、凄い仕上がりね~。それコスプレなの?」
俺の前に立ち、上を向いて目を合わせると、ゆっくり手を差し出された。
「私はヤマシマミソラだよ。貴方の師匠の娘だよ」
落ち着いて良く見ると、束ねた髪の毛も茶色がかった黒髪で、目も茶色がかった黒だった。
出された手を握り、握手をしながら俺も挨拶をした。
「俺はアサシンのバートだ」
「えっ? ア、アサシン?」
〈ゴツ……〉
俺の頭に鈍器で殴られたような、鈍い痛みが走った。
ゲントに頭をグ~パンされたようだ。
(痛い、何故なんだぁー)
「みそら、こいつはバート・アサシだ」
目を潤ませて、うずくまっている俺に、みそらが笑顔を向けた。
「バートは何歳なの? みそらは16才なんだけど」
「俺は17才だ」
「そ~なんだぁ~、17才かぁ~。なら、お兄さんだね」
みそらは、俺を見てニコニコしている。
その笑顔を見ていると、フェリス姫に似ているが、フェリス姫ではないことを俺は確信した。
「とうさん、バート、お疲れさま。夕食にしよう」
こうして俺は、やましまケの一員として迎えられたようだ。
(ふ、不安しか、ないんダケど……)
4話に続きます。