5話 アサシン、知らない国の師匠と弟子。
〈チュンチュン、チュンチュン〉
翌朝、鳥の鳴き声で俺は目をさました。
何年ぶりだろう、久しぶりに熟睡が出来た。
やましまけの好意で、訳の分からない俺を受け入れてもらい、とても友好的に接してもらえている。
布団と言う寝床も、干し草より暖かく、フカフカしていて、いい香りがして最高の寝心地だった。
(ん? おや? あっ、あれ? 背中に、大きな2つの柔らかい感覚を感じるのだが……)
「ス~ゥ、ス~ゥ」
(誰かが、俺の背後に居る)
俺はアサシン失格か? 背後を取られていることに、全く気付けなかった。
眠っているようなので、そっと布団から抜け出すと、みそらが寝ていた。
みそらが俺と寝ていたこともビックリしたが、同時に、せすじが冷える感覚を感じていた。
(俺は何もしてないからな。でも、すまん、ゲント)
心の中で謝ってから、みそらに声を掛けた。
「みそら、みそら」
「ふぅ~ん。なに? バートおはよ~う」
「おはようではない。何故、みそらは俺と寝ているんだ!」
目が覚めて来たのか、みそらの顔がどんどん赤くなっている。
「あ~ぁ……夜中にトイレに行ったから、寝ボケて戻る時に部屋を間違えちった……笑。さて、朝食の準備をするからね! 顔を洗って歯磨きをしてからリビングだからね」
みそらは布団から出て、時計の確認をしてから、部屋を出て行こうとしていた。
「ああ、了解した。みそら」
返事をした俺に、もじもじしながら、みそらに言われた。
「とうさんには、内緒にしてね!」
俺も急に恥ずかしくなり、顔に火照りを感じていた。
顔の火照りを抑えながら、朝の準備を整えて、俺も急いでリビングに向かった。
★★★★
「おはようさん。バート」
「おはよう。ゲント」
「おはよ~う。バート」
「おはよ~う。みそら」
朝の挨拶を終え、テーブルの椅子に座ると、みそらが朝食を運んで来た。
運んで来た物の中にパンパがあった。
(俺にも分かる食べ物だー)
とてもいい匂いがする黒い液体があり、ゲントがそれを飲みだした。
俺も飲んでみたが、酸味があり、苦い飲み物だった。
みそらがパンパに似ているパンと言う食べ物に何かを塗って、ゲントと俺に手渡した。
渡されたパンはミルクのような? うまそうな匂いがしていた。
出された皿には、ゆでた玉子に、肉を加工したソーセージと言う物と、フルーツが入っているサラダだと説明をされた。
「はい、みんな食べるよォー」
目を閉じて、みそらが手を合わせた。
「いただきまぁーす」
俺とゲントも目を閉じて、手を合わせた。
「いただきます」
俺は早速パンパに似ているパンを食べてみた。
(うまいし、硬くなぁーい)
見た感じはパンパなのだが、噛めば噛むほどギムーの風味〈小麦〉と、ミルクの風味がして柔らか~い。
この国の食べ物は、うまい物があり過ぎて、俺のボキャブラリーでは、もう表現の限界だった。
なので、素直に思ったことが、口から出てしまっていた。
「お前は料理の天才だよ! アリガトウな。みそら」
「えっ、アリガトウね。バ、バート。夕食も美味しいのを作っておくからね! バートも頑張って、師匠から技術を学んでね」
みそらは顔を赤くして、ぱくぱく急いで食べていた。
「ご馳走さまでした。とうさん、あとは任せるね」
「はいよ。いってらっしゃい」
「みそら、いってらっしゃい」
「いってきまーす」
俺達に告げて、みそらはバックを持ち、学校と言うところに行ったようだ。
残った俺達は朝食を終え、ゲントは台所で洗い物をしている。
「バート、コーヒーまだ飲むか?」
(コーヒー? これか? この苦味とスッキリする酸味が癖になるような飲み物)
「ああ、頼む。ゲント」
洗い物を終えると、ゲントがコーヒーを入れて出してくれた。
2人はコーヒーを飲み、しばらくテレビの音しか聞こえて来ない時間が続いている。
ゲントがヤーニ〈タバコ〉のような物に火をつけると、ゆっくり吸い込み、ゆっくり吐き出した。
「バート、お前の目にゲントは、どう見えている?」
ゲントの目が鋭くなり、昨夜の話をしようとしているようだ。
なので俺も真剣な顔をして、ゲントと目を合わせて対応をすることにした。
「優しく、面白く、みそらが大好きな焼きイモ屋さんのオッサンだが、ゲントからは元の国の師匠と同じ感覚を感じているんだ。俺と同じ匂いがする」
出会ってから感じている感覚があることを、俺もゲントに話した。
「そうか、バートは本当に元の国では暗殺者、アサシンだったんだな。よし、こい」
ゲントに連れられて、俺もゲントの部屋へ向かった。
★★★★
部屋に入り、部屋を見ると、ゲントになんとなく似ている人の絵が飾られている。
(なんちゃらのトラさん? 駄目だ、難しい。まだ日本語は読みにくい)
「ニャーァ」
ひと鳴きをして、俺の知らない生き物が、足にスリスリしてきた。
(なんだ? この生物わ?か、かわいいじゃないかぁ)
「挨拶は終わったか、トら」
ゲントがその生物を抱え上げて、頭やあごを撫でている。
「こいつは、やましまとらダ! やましまけの家族だよ。ネコだが、バートの先輩だからな……笑」
何故か俺は、トラ先輩に頭を軽く下げていた。
「さぁ~トラ、ご飯を食べておいで」
トらを部屋から出すと、ゲントの目が鋭くなった。
〈ドン、ドン、ドン〉
部屋の一部分を叩くと、書物と思われる物が入っている物が動いて、さらにドアが出て来た。
「来い。バート」
ゲントが中に入って行った。
俺も、おそるおそるなかに入ると、ゲントがあかりをつけた。
★★★★
そこには任務で使うであろう、死具や防具や、液体のような物が入ったガラスのうつわとかが、置いてある部屋だった。
「ゲントもアサシンなのか?」
考える前に、俺は言葉が出てしまった。
「ああ、ここでは、暗殺者と言うンダ」
初めて会った時からのゲントの行動、師匠と同じ感覚、俺と同じ匂いがするのかを、理解することが出来た。
(でも、なんでゲントは暗殺者になったんだ……)
そんなことを考えていた時だ。
「バートは任務中に、自分がしていることが、間違っていると思うことはあったか、知人がターゲットになった時、バートは任務の遂行は出来るのか?」
アサシンになってから、初めての問い掛けだった。
何故なら、今まで俺のターゲットは、敵国の人間や悪党が相手で、関係性があることがなかった。
(ん? 関係性のある人間? なんでヤツは俺の名前を……)
「スマン、ゲント。俺には今まで、その経験がないんだ! だが、自分の任務に後ろめたさを感じたことはない! 何故なら、任務をおこなうことによって、救われる人達が居るカらダ! 勅令が出れば知人でも、俺は任務を遂行する。それがアサシンだ」
俺の返答を聞いて、ゲントは腕を組み『うーん』と唸っていた。
1分ぐらいだろうか? 『ヨシ』と言い、両手で自分の頬を叩くと、さらに質問をしてきた。
「バートはもう、アサシンでいなくてもいい訳だが、今はどう思っている?」
そうか、俺はアサシンではなくなったんだ……。
アサシンの俺はもう、消されてしまったのだ……。
ゲントに衝撃的な質問をされて、俺もしばらく返事を返すことが出来なかった。
ちからいっぱい握った手を見ながら、色々なことが頭をよぎり、考えていた。
だが、やはり、まともな返事をゲントに返せそうにもなかった。
「スマン、ゲント。まだ俺にも分からないんだ」
顔を上げながらゲントに返答をしたら、ゲントはとても優しい目をしていた。
「分かった。やましまゲントは、今日からバートの師匠の代わりになり、焼きイモ屋の師匠になる。バートの気持ちが決まったら教えてくれ! 昨夜のドゲザを忘れるなよ。バート」
ゲントは俺にそう告げて、笑顔を向けた。
その顔は、ショッピングモールで俺に向けられていた、優しくもあり、厳しくも見える笑顔だった。
「あっ、ゲント……いや、なんでもない」
何故、ゲントがアサシンになったのかを聞こうと思ったのだが、聞かないことにした。
「さて、買い物に行くぞぉー。バート」
俺の肩を軽く叩くと、部屋から出して、リビングへ向かった。
★★★★
リビングには、食事を終えたトラ先輩が、大きく手足を伸ばして、あおむけの状態で大の字で寝ている。
(見ればみるほど、かわいいなぁートラ先輩)
「あ~あ、みそらのヤツ、弁当を忘れて行きやがったー」
弁当が入っているバックを持ち、ゲントが大慌てしている。
「買い物のついでに、みそらの学校に行くぞ! バート」
そう言って、兜のような物を俺に被せると、車庫の奥からバイクと言うヘンテコな乗り物を出して、俺をバイクに座らせた。
「ちゃんと掴まっていロヨ」
ゲントが前に乗り、バイクに鍵を差し込み、ボタンを押した。
〈キュル、キュル、ドッドッドッドッドッドッ〉
規則正しい心地よい音が、バイクから鳴り始めた。
「行くぞ! バート」
「了解だ。ゲント」
鋭い加速でバイクを発進させ、買い物と弁当を届けに向かった。
6話に続きます。