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suicidal/leniency -病魔に喰われた世界で、僕等は何度でも生を選ぶ-
suicidal/leniency -病魔に喰われた世界で、僕等は何度でも生を選ぶ-
山城まつり
異世界ファンタジーダークファンタジー
2025年07月04日
公開日
2.6万字
連載中
── スーサイダルリニアンスィ ── ──「病むこと」は、罪じゃない。 光の大陸アルセリオ、死者の絶えない〝死の国〟ヴェルティ。 命を奪い、心を蝕む〝病魔〟が蔓延するこの国で、若き青年の医師・ルミエールと、ポーカーフェイスな凄腕ドクター・クレマリーは、人の命と心を救うために闘っている。 自殺。自傷。精神疾患。仕事。部活。トラブル。 現代に通じる〝心の不調〟を、幻想とリアルな医療で描き出す医療×異世界ファンタジー! 「死にたい」と願う患者達に、医師達はどう寄り添えるのか。 「救う」とは何か。「赦す」とは何か。 病と生に向き合う者達が紡ぐ、救済の物語。 これは、ほかならぬあなたへ捧げる、小さな処方箋。 注意事項 ※投稿頻度がかなりゆっくりになります。ご了承ください。 ※作中に医療の描写を含みますが、現実の医療と異なる場合があります。 ※拙い作品ですが、アンチコメント、誹謗中傷、ちくちく言葉など、申し訳ございませんがお控えください。

???:いつかの記憶

Chapter000:██████

***


『──ヴェルティ国内、深夜零時。突如として発生した集団自殺行動。道路の飛び出しや高所からの飛び降り、線路への飛び込みなどで街は混乱に陥っています。現在警察と消防がこの奇怪な現象の調査に当たりながら傷病者の搬送を行なっていますが、何故か警察、消防共にこの現象への口が固く、原因は未だ不明で……』

『現場の皆様は焦らずに、落ち着いて安全な場所に移動してください!繰り返します、現場の皆様は……』

『速報です! ヴェルティを混乱に貶めている国民の集団自殺行動は、新型のであるという声明をヴェルティ医学会が公表しました。我が国は、自死を招く〈病魔〉に蝕まれているのです──!』


 ……民衆の、悲鳴が聞こえる。

 救急車の、サイレンの音が聞こえる。

 そして──泣いている、あなたの声が聞こえる。



 血の匂いがする。焦げた空気と薬液の混じる手術室独特の臭いは、今だけは全く感じなかった。そこを満たすのはもっと、鉄と、苦しみと絶望がこびりついた、生きている人間の匂いだ。


 規則正しく刻み込む拍動は、己の心臓の音か。それとも、彼女の──否、それは有り得ない話だと理解わかっている。

 心臓は、もう動いてはいない。胸の中心に開いた穿孔せんこうから、緋色が嘲笑うように溢れていた。お前如きに救える筈が無いのだと、お前如きに変えられる運命では無いのだと、深紅のヴェールがそう嘲っている。


「────ぁ、あ、ッ」


 漏れる悲鳴と共に、自身の中核を握る〝悪意〟が理性を奪う。それに呼応するように、首元に己の右手が伸びていく。言いかけた言葉を、差し伸べた手を、メスの刃の反射する光が遮った。その光が頸動脈けいどうみゃくに触れ、目の前の彼女と同じところに小さく傷をこしらえる。自分の手が、自分の命を差し出そうと動いている。

 腕が、勝手に震える。意志など、そこには関係が無かった。心の奥で、何かが囁いてくる。


 ──終わらせてしまえばいい。

 ──楽になれ。

 ──それがお前への、リニアンスィだ。


「ぃ、やだ……ッ! 僕は、必ず救う。絶対に、絶対に……!」


 それだけが、今の己を突き動かす全てだった。メスを握る指先に力を込めると、細く浮き出た血管からあかがぽたりと泣き出した。

 刹那、彼女の顔が思い浮かぶ。

 小さく、微笑んでいた。誰もが無表情に思えるような顔立ちに薄く笑みを貼り付けて、此方を見ていた。冷たくて、なのに不思議と安心するあの顔で。


「あなたを、助ける……ッ!」


 首元からメスを引き剥がすと、そのまま一息に彼女の胸に直線を引く。

 血が溢れる。吸引しても、視界は緋色に染まったまま変わらない。手が震え、胸の奥が、体中が痛くて。意識が薄れて、立っているのもおぼつかなくて。

 けれど、その指先は止まらない。


「帰ってきて。どうか、帰ってきてください……!」


 指先が心筋に触れる。脈は無い。けれど、温かい。

 まだ、戻れる。まだ、繋げる。

 この剣は命を絶つためのものではない。

 命を結ぶための、唯一の道具だ。


 銀に閃く縫合糸ほうごうしを引くたびに、彼女の姿を思い出す。

 囁きも、叫びも、彼女の凛とした姿に上書きされていく。

 最後に残ったのは、愛だった。ただ、泣きたくなるほどの温度だった。


 ──心電図が、静かに波を描き始めた。


 眩く光る永遠の南中たいようの下で、透明な雫がマスクの下を伝っていた。助けられた安堵でも、医師としての喜びでも……そんな簡単な言葉で片付けられる想いでも、無かった。


 生きていてくれてよかった、と。

 その想いが、彼女を水底から救い上げる光になりますようにと、祈りを込めて。


 意識がふと、黒一色に染まる。文字通り命懸けのオペレーションで、後の全てを彼女に委ねる事に……小さな不安と、期待を抱いて。


 これは、命の終わりを望んだ者達と、それでも命を救おうとした者の物語。

 どうかこの記憶が、あなたの生きた証となりますように。

 そして願わくば──あの時の〝僕〟の答えが、

 今も誰かを救えるリニアンスィ赦しになりますように。

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