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第26話 彼女なのか?


部屋の隅に身を潜めていた藤原知世は、突然押し入ってきた集団を見て、ほっとしつつも混乱していた。彼女は国際的な裏社会の事情には詳しくなく、軍師の言葉も聞いていなかったので、竹内組の敵が報復に来たのだろうと考えていた。しかし、東京にこんな凄腕の人物が潜んでいたとは、藤原家ですら気づかなかった。竹内組も今回は運が尽きたかもしれない、一網打尽になればいいのに、と胸中で呟いた。


余計な波風を避けようと、さらに壁際に身を寄せる。自分は冷酷だと思っていたが、世の中にはそれを上回る暴力が存在する。竹内組など、この連中の前では子供同然だ。心の中で「お父さん、お母さん、兄さん、お願いだから助けに来ないで…もし巻き込まれて消されでもしたら…」と祈らずにはいられなかった。


青い髪の少年が床に倒れた死体を指し、銃口を向けた。「余計なことを言うと、こうなるぞ。」


竹内組の組長は泣きそうな顔になった。何という悪運だ。理由も告げられず、いきなり襲われるなんて。まさか、新参者が縄張り争いに乗り込んできたのか。確かにこのあたりは竹内組の勢力圏だ。


だが、その集団はそれ以上動かない。一体何が目的なのか、何か言ってくれよ、と組長は苛立った。


「お前たち、一体何者だ?何しに来た?黙って立っているだけで誰が怖がるものか!」と組長はつい声を荒げた。


青髪の少年は銃を弄びながら余裕の表情。「焦るなよ。上の人が来たら、お前なんてすぐ終わりだ。」彼自身もその「上の人」が誰かは知らない。ただ、自分よりずっと上の存在であり、命令を受けて動いているだけだ。こんなに堂々と動くのは初めてで、内心少し興奮していた。


組長の顔色はさらに青ざめた。まだ大物が控えている?国際的暗殺組織“幻紫”の幹部だと?とんでもない奴らじゃないか。ただ藤原家の知世を拉致しただけで、どうしてこんな大事に…。


もう助けを求める術もなく、もはや覚悟を決めるしかない。だが、幻紫の連中が動かないのを見て、組長は隅にいる知世に目を向けた。殺意が閃く。どうやら彼女を助けに来たわけではなさそうだ。ならば今のうちに始末しておけば、逃げられて厄介なことになるのを防げる。知世さえ消しておけば、藤原家がすぐに自分に辿り着くこともないし、柏山にも言い訳が立つ。幻紫の方は土地目的なら、まだ交渉の余地もある。


そう考え、組長はそっと腰の拳銃に手を伸ばし、知世に銃口を向けた。


知世はその殺気に気づき、心が凍りついた。殺される!どうしよう、まだ死ねない。幻紫の連中は自分を見逃してくれるだろうか?だが、持っている切り札はすべて藤原家に関わるもの、自分の命のために家を裏切ることなどできない。


組長が引き金を引こうとしたその瞬間、入口から一発の銃声が轟き、彼の腕を正確に撃ち抜いた。銃は床に転がり落ちる。


組長は悲鳴を上げ、驚愕の表情で入口を見た。


そこには、黒いコートを羽織り、長い黒髪をなびかせた女性が素早く歩み寄ってくる姿があった。手には銃を持ち、わずかな光に冷たい輝きを放っている。静寂の中、彼女のハイヒールの音だけが響き渡り、その一歩一歩がまるで凍てつく刃で床を打つようで、全員の心を貫いていた。


近づくほど、その圧倒的な殺気と威圧感に場の空気が張り詰め、膝を折りたくなるほどだった。


青髪の少年たちは「上の人」が現れたと悟り、すぐに姿勢を正し、頭を下げて恭しく言った。「ご指示通り、目標エリアを完全に封鎖しました。」


知世はその声に導かれるように顔を上げ、一目見ただけで、息を呑んだ。目の前の影が目に焼き付き、思考が真っ白になる。これほどの衝撃を受けたのは生まれて初めてだった。痛みも忘れるほどだった。


その顔――間違いなく藤原遥の顔だった。


だが、家で見てきた穏やかで優しい遥とは似ても似つかない、冷徹で感情を感じさせない表情だった。


まさか、ただ似ているだけ?お姉ちゃんは苦労の多い普通の女の子だったはず。暗殺組織なんて無縁のはず。必死に自分に言い聞かせ、冷静さを保とうとした。


しかし、その女性は銃を青髪の少年に無造作に渡すと、誰にも目をくれず、真っ直ぐ知世のもとへ歩み寄った。


不意に遥と目が合い、知世の心臓が跳ね上がる。その冷たく鋭い目が、自分を見た瞬間だけ柔らかな色に変わり、痛ましさすら感じられた。


本当に、お姉ちゃん…?


遥はしゃがみ込んで素早く知世の縄を解き、乱れた髪をそっと整え、自分のコートを脱いで彼女の肩にかけた。そして、何の迷いもなく知世を抱き上げた。


低く優しい声が響く。「少し目を離しただけで、こんなことになるなんて。」


知世はふっと力が抜け、温かな胸に包まれた。思わずこれまでの苦しみが蘇り、涙がこみ上げてくる。「お姉ちゃん……」と、か細い声で呟く。


「情けない子だね。泣かないで。すぐにお姉ちゃんが仇を取ってあげる。」遥はそう言った。


知世はさらに涙が止まらなくなり、恥ずかしさに顔を遥の胸にうずめた。


遥は知世をしっかり抱きかかえ、そのまま出口へと向かった。ハイヒールにもかかわらず、足取りは力強く安定しており、不思議と安心感があった。誰一人、声を出す者はいなかった。


知世はこっそり顔を上げ、遥の横顔をじっと見つめた。その美しさに見惚れ、痛みすら遠のいていく気がした。


ビルの下には遥の車が停まっていた。車のそばに着くと、片手で知世を抱えたまま、もう一方の手でドアを開け、そっと後部座席に寝かせる。すぐに幻紫のメンバーたちを手招きした。「あなたたち、すぐに彼女を藤原家まで無事に送り届けて。」知世は重傷だ。藤原家なら日本でも屈指の医療体制が整っている。一刻も早く治療が必要だった。

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