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第3話 破滅(はめつ)の足音

 テレビ局の楽屋。

 高原マネージャーと吉沢とトオル。

 向かい合って話している様子の高原とトオル。

 離れたところで吉沢はスマホを見ている。

 吉沢は「う~ん。今日よる何にしよっかな~」と平常運転だ。

「どうですか、ニモリくん。そろそろ結婚とか」

「いや~、どうっすかねえ」

「いや~、神月ルカさんの事務所が寛大で助かったよ」

「でも、結構、束縛とかすごいですよ」

「のろけないで」

「いや、マジで」

 高原、スマホを確認し、「明日、本当にエスタ出るんですよね?」

「そうっすねえ。な、吉沢」

「う~ん」

「いや、ほんとにエスタのオーナーにはお世話になったんで」

「大人気で、もう大変なことになっちゃうんじゃないの?」





 エスタ池袋。

 満員のエスタ池袋には、なんと立ち見もいる。

 出囃子でがなりで「キャベッツ」のコンビ名が劇場に響く。

 出てくるキャベッツ。

 漫才だ。

 客が手を叩いて笑っている。

 エスタの入るビルが揺れるのではないかというくらいドッカンドッカン受けている。





 凄い数の出待ち。しかし、トオルと吉沢は丁寧にサインや写真撮影など応じる。

 ひとしきり対応を終えたところで、ふとトオルの視線の先に、ヒロナがいる。

 ヒロナが駆け寄ってくる。

「おっ。ひさしぶ」

 しかし、トオルの横をヒロナは通り抜けてゆく。

「?」

 トオルが振り向くと、そこには親しそうに話すヒロナと前田司令官の姿があった。

 ぶぜんとした表情のトオル。なにか引っかかる表情。

 周囲の音が聞こえなくなり、まるで時間がとまったかのようになるなかで、吉沢に肩を叩

かれるトオル。

 吉沢が「いくぞ」と声をかける。

「……。お、おう……」

 ヒロナが前田にエナジードリンクを渡している。それは、たしかにヒロナが自分に差し入れてくれていたものと同じだとトオルは記憶していた。





 タクシーの後部座席にトオルと吉沢。

 吉沢、スマホをいじっている。

 吉沢は「きょう何食べよっかな~」といつもの調子だ。

 吉沢の隣で腕を組んでいるトオル。

 先ほどのエスタ池袋の前での、ヒロナと前田の二人の様子がフラッシュバックする。

 腕を組んでタクシーの天井を見上げるトオル。

「い、いや。なに、気にしてんだよ、俺」

「う~ん」

「俺にはルカルカがいるんだぞ……」

「う~ん」

「いや、どう考えてもルカルカがいいよな。うん」

「う~ん」

「そう。ルカルカがいい」

「う~ん」

「そう。当たり前だよ。決まってるじゃん。ルカルカだよ?だって」

 吉沢が「あ、ルカルカ」と言う。

「え?」

 吉沢が指さした車外を見ると、ルカがチャラついた男と腕を組んで歩いている。

 吉沢、スマホで写真を撮ろうとするが、車窓は流れていく。

 ぶぜんとした表情のトオル。

「いや~。見間違いじゃない?」

 スマホの通知。

 トオル、スマホ画面を見る。

 見出し『スクープ撮 神月ルカ、まさかの四股疑惑』。

 トオル、スマホで記事を開く。

 記事内容『人気モデル、神月ルカ(25)。お笑いコンビ・キャベッツのニモリ(30)

と堂々街中デートを繰り返し、お互いの所属事務所も関係を否定していない。神月ルカによ

る交際宣言も間近かと思われた矢先、神月が複数の男性と同時に関係を持っていることが

週刊文芸の取材でわかった』。

 トオルの顔は凍りついてゆく。





 タワマンのリビングでテーブルを挟んで向かい合うトオルとルカ。

 ルカは泣きっぱなし。

「ごめんなさ~い」

「い、いや。うん」

「いちばん好きなのは、とーくんだから」

「う、うん。え?俺以外も好きは好きなの?」

 ルカ、急に真顔になって。

「いや~。だって、一度きりの人生だよ。まだ結婚してるわけでもないのに、なんで一人に

絞り込まなきゃいけないわけ?いや、冷静に考えてみてよ。色んな人と付き合ったうえで、

そのなかから厳選していくのがどう考えたって合理的でしょ?じゃあ、なに?とりあえず

勢いで結婚してみて、で、やっぱ無理って離婚って。いや、ルカの経歴に傷つけたくないわ

けよ。そりゃ、文芸に撮られて多少はさ、名声には傷ついたかもしれんけど、戸籍上はノー

ダメだから。戸籍さえ汚されなければべつに、ねえ。とーくんもそう思うでしょ?私のとー

くんだもんね?」

 トオル、徐々に感情が失われていき、無表情に。




 テレビ局の楽屋で、高原と向かい合っている無表情のトオル。

「ニモリくん。こういう時はパーッとやったほうがいいよ。今日、おごるからさ。付き合っ

てよ」

「え、珍しい」

 多少、浮かれた表情になり気持ちの翳(かげ)りが消えるトオル。





 どう見繕(つくろ)っても闇カジノ。

 あちこちでポーカーをやっている。

 客もたくさんいる。

「これ、合法なやつですよね?もちろん」

「いや、当たり前でしょ」

 他の客が明らかにチップを現金に換えている。

 ある卓を見ると吉沢が「う~ん」とうなっている。

「お前もいるんかい」

 トオル、高原を見ると、壁に話し掛けている。

「いや~。嫁と子供に逃げられちゃってさ。まあ、ここ通いのせいなんだけどさ。でも、や

められないよね。というか、むしろ、ようやく本気出せるっていうか。もう失うものないん

だもん」

 トオル、高原には聞こえないだろうと思いつつ、「あ……。ちょっと、暑いな。外の空気

吸ってきます」と告げる。



【つづく】

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