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最凶公爵令嬢様 〜静寂と鞭と、変態たちに囲まれて〜
最凶公爵令嬢様 〜静寂と鞭と、変態たちに囲まれて〜
ゆる
異世界恋愛悪役令嬢
2025年07月04日
公開日
4,068字
連載中
『最凶公爵令嬢様 〜鞭を手にして国を守り、クズを制す〜』 「人形みたいでつまらない? じゃあ、壊してあげますわ」 政略結婚で王太子と婚約していた公爵令嬢アリステリア。 だが、横暴な王子の言動と、平民聖女との公開イチャイチャ婚約破棄に堪忍袋の緒が切れた。 「了承いたしますわ」 そう微笑みながら、王子に鉄拳を叩き込んで気絶させ―― 国中にその名を轟かせる「ウイップ令嬢」が爆誕! その後、王都を追放され国境の静かな村で暮らす彼女。 だが、魔王軍の侵攻が迫る中、国を守ったのは兵士ではなく―― ウイップ片手に魔物をなぎ倒し、魔王すら涙目にしたアリステリアだった! 「女王様ぁぁ! もう逆らいませんからぁっ!」 最凶の公爵令嬢が、鞭と高笑いで国を守り、クズをざまぁする―― 爽快×痛快×ちょっぴり変態!? なダークコメディざまぁファンタジー、ここに開幕!

第1話 仮面の婚約

王都の中央に建つレグニッツ公爵家の邸宅は、静謐そのものだった。

外に聞こえるのは風にそよぐ木々の音、そして控えのメイドたちの軽やかな足音。


その一室、窓辺に佇む令嬢の姿があった。


アリステリア・ディ・レグニッツ――この国で最も格式ある名門の娘にして、王太子レオナードの婚約者。


銀糸のような髪を整えながら、彼女は無言のまま紅茶を口にした。


一見すると、ただの優雅な令嬢の午後のひととき。

だが、部屋の空気はどこか張り詰めていた。そう――まるで、静かすぎる湖の底に潜む巨大な何かを感じるような、異質な緊張感がある。


彼女自身にその自覚はない。


だが、その冷静すぎる目、感情をまったく動かさない声色、そして完璧な所作の一つひとつが、周囲の人間に“何か狂っているのではないか”という誤解を抱かせるに十分だった。


(今日もまた、くだらない対面があるのね……)


アリステリアは、飽きたようにため息をつく。


そのときだった。


「おい、アリステリア」


ノックもなく扉が開かれ、乱暴に声が飛び込んできた。


「ご機嫌麗しゅうございます、殿下。……せめて三回、ノックしていただければ完璧でしたのに」


「貴様に礼儀を尽くす価値などない」


そう言い放ったのは、王太子レオナード・フリードリヒ・ヴァルトハイム。

金髪碧眼の美形ながら、性格はお世辞にも王の器とは言えない男だった。


彼はアリステリアを見るなり、ため息を吐く。


「またその顔か。まったく、何を言っても感情のひとつも見せない。やはり貴様は人形だな」


「まあ。褒め言葉として受け取っておきますわ」


「……皮肉のつもりだったが」


「理解しております。ですが、いちいち感情的に反応するほど、私は暇ではありませんの」


表情一つ変えずにそう返され、レオナードは少しだけ言葉を詰まらせた。

彼の言葉は、まるで刃のように人を傷つける。だが、アリステリアにはまったく通じない。


「まったく……だからお前はつまらんのだ。俺の言葉に何も感じぬなど、女として欠陥だ」


「殿下のお言葉に、感動しろと?」


「当然だ。俺が婚約者に選んでやったのだぞ。普通の女なら、膝をついて感涙している」


(そういう女性がいたら、一度お目にかかってみたいものですわ)


口には出さず、アリステリアは静かに微笑した。


その笑顔がまた、どこか人間味を欠いていた。完璧すぎる微笑は、温度を持たない仮面のよう。


「さて、今日は何のご用件かしら?」


「……近いうちに、新しい客人を連れてくる」


「客人?」


「聖女だ。“平民”だが、癒しの力を持ち、神の祝福を受けた奇跡の娘。俺は、彼女に真実の愛を感じた」


「奇跡の娘……平民……ふふっ」


アリステリアは、小さく笑った。


笑った。それだけでレオナードは不快そうに眉をひそめた。


「何がおかしい?」


「いえ。まったく同じ文句で、先月も別の方をご紹介されましたから……。殿下はとても情熱的でいらっしゃるのね」


「貴様……!」


声を荒げようとしたその瞬間、アリステリアは彼を見据えた。


一切の怒りも、嘲りもなく、ただ静かに、冷たく。

水底のような、凍てついた青の瞳で。


「殿下。……“真実の愛”は結構ですけれど、どうか私を巻き込まないでいただけるかしら」


「……!」


「私が黙っているのは、恥を晒したくないからです。あなたが“聖女”とやらに夢中になるのは自由ですが、あまり多くの人の前でお話しされないほうがよろしいかと。聞いていて痛々しいですもの」


レオナードの顔が、怒りとも羞恥ともつかない色に染まった。


「貴様……何様のつもりだ……!」


「公爵令嬢アリステリア・ディ・レグニッツですわ」


そう言いながら、アリステリアは椅子から立ち上がる。


優雅な所作。だが、床を踏みしめるその音には、確かな威圧があった。


「殿下。ご滞在中の紅茶も、おもてなしも、これまで十分に尽くしてまいりました。ですが、これ以上侮辱を重ねられるのなら――」


「なら、どうする?」


アリステリアは一瞬だけ沈黙し、そして――


「……私の時間を、無駄にしないでいただきたいのです」


淡々としたその言葉に、なぜかレオナードは怯んだ。


脅されたわけではない。怒鳴られたわけでもない。

けれど、まるで背後から氷の刃を突きつけられたかのような、そんな寒気を覚えた。


そして、アリステリアのその静謐な威圧こそが、王宮の誰よりも恐れられていた。



その日、レオナードは黙ったまま部屋を去った。


アリステリアはため息をつき、再び窓辺の席へ戻る。


「静かに過ごしたいだけですのに……」


小さく呟き、ぬるくなった紅茶に目を落とす。


――だがこの日を境に、王宮の空気は少しずつ、確実にきな臭くなり始める。


そして彼女は、まだ知らない。


「静かに生きたい」というただそれだけの願いが、

数多の変態たちを引き寄せる呪いとなることを――。



仮面の婚約

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