人々の極限に達した異様なまでの熱気と興奮はおさまることはなかった。誰もがこう思った。自分もあの幼子のように皇太子殿下のそばにいきたい! 皇太子殿下を近くで見てみたい!
もっと近くで!
もっと近くで!
誰が始めたわけではなかったが、強烈な願望は人々を盲目にさせ、自らの欲求を満たすべく、じりじりと皇太子の方へ向かっていく。
その動きは穏やかな川の流れのように緩やかであったが、いつしか激流となって
暴徒と化した人々を止めるすべはなく、場内に渦巻く混沌と怒声は虚しく激流にのまれていく。母親と話を終えた清蓮はただならぬ場内の雰囲気と押し寄せてくる人々を見て、何が起こったのかを理解した。彼は落ち着いた様子で母子を安全な場所まで案内すると、自分も避難しようとした。
その時、暴徒と化した観客の一人が清蓮に飛びかかり、清蓮の衣装の裾を渾身の力で引っ張った。
「うわっ!」
清蓮は不覚にも床に倒れ込んだ。普段の清蓮なら難なくかわすことができただが、先程まで舞と剣術を披露しており、少なからず体力を消耗していた。
また清蓮が身にまとっている衣装は見た目の軽やかさとは裏腹にかなりの重量があり、扱いにくいものでもあったことも災いとなった。男の力で衣装の一部が破れても男は握った裾を手繰り寄せ、手を伸ばして迫ってくる。
清蓮は男を振り払おうとしたが、足の痛みで思うように動けない。転倒した時に足を捻ってしまったのだ。
清蓮は身動きとれず、どうしたものかと途方に暮れた。その時だ。突然一筋の閃光が清蓮の前に現れた。
その雷撃のような閃光はなんの前触れもなく清蓮の目の前の床に突き刺さると、あっという間に七色の光となって弾け飛んだ。
「うわっ!」
「いたい、いたい! 目がぁーー!」
閃光を目の当たりにした人々は焼けるような目の痛みに襲われ、呻き声を上げながらのたうちまわる。
清蓮もあまりの眩しさに思わず目を閉じ、反射的に何かにしがみついた。閃光は目を閉じている清蓮にも届いたが、清蓮には柔らかな日差しのように感じた。
清蓮はゆっくり目を開けると、閃光は淡い光の粒となって清蓮の周りを漂い、そして花火の残花のように静かに床に落ちた。閃光は消えると、清蓮と人々の間に薄い膜のようなものが張られていた。清蓮にはそれがなんであるかすぐに分かった。
(結界!何者かが結界を張ったんだ! )
「すごいなぁ! こんな強力な結界誰が張ったんだ⁈ 相当の手練れに違いない」
清蓮は妙に感心しながら呟いた。清蓮には無意識に独り言を言う癖があったのだ。
「それにしたって……、このご時世にここまでの結界を張ることことができる人がいるなんて……一体誰なんだ? 」
結界の中にいる清蓮からは床にうずくまる人々や泣きわめく女子供、事態を鎮静化しようと躍起になっている護衛たちなど、なかなかの混沌ぶりが見えた。
「彼らは大丈夫だろうか……」
清蓮は人々のことが心配で再び呟いた。
「心配しなくていい……」
「ん⁉︎ えっ!」
清蓮の頭上から低音の落ち着いた声が聞こえた。清蓮は驚いて顔を上げると、男が清蓮を見つめていた。清蓮はその時になって初めて気づいたのだ。清蓮が反射的につかまったのはこの男の胸ぐらで、清蓮はこの男に抱き抱えられていたのだということを。