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第三話 成人の儀(ニ)

成人の儀にはいくつかの形式的な儀式があり、その儀式の最後に執り行われるがこの演舞場で行われる演武と舞踊である。


この二つを他の王族や政を担う者たちなどに披露するのが古くからの慣わしであった。友安国ゆうあんこくでは心身の鍛錬の一環として、剣術や他の武術は身分を問わず広く人気があった。戦となれば腕に覚えのある者は老若男女問わず、剣を片手に勇猛果敢に戦った。


しかし元来、友安国の人々はおおらかで、争いより安寧を、武術よりも歌や踊りをこよなく愛した。友安国の人々の人生に、日常に歌と踊りは欠かせないものであった。誰かが口ずさめば、周りの者も一緒になって歌い始める。誰かが踊り出せば、やはり周りの者も一緒に踊り始める。歌と踊りは心地よい波動となって人々に伝播していく。


幸運にも剣と舞踊を愛する人々は、その二つを楽しむことができるのだ。しかも皇太子が剣を操り、宙を舞うのだ。これ以上の余興がどこにあるというのか。皇太子を間近で見られるという名誉と、贅沢な余興に対する期待を胸に、清蓮せいれんの出番をいまかいまかと待ち構えていた。


清蓮は演舞場に近づくにつれ、すでに場内の熱気と人々の興奮が最高潮に達しているが分かった。清蓮は舞台袖に着くと、幕が開くのを待った。


清蓮は侍従に促され、清蓮は一つ大きく息を吐いてから、舞台中央に向かって歩を進める。演舞場の熱気は、清蓮の登場で一転、凛とした空気に変わった。心地よい緊張感は清蓮の天女のような美しさと相重なり、その姿は神々しいまでの美しさとなって人々を釘付けにした。



清蓮は舞台の中央に立つと二階の貴賓席にいる国王夫妻に向かって深々と一礼した。清蓮は一度目を閉じ、呼吸を整える。研ぎ澄まされた感覚が剣一点に集中した時、清蓮はかっと目を見開くと、一気に剣を抜き、空を切った。


清蓮は間髪入れることなく縦横無尽に剣を操る。無駄一つない動き、軽やかな身のこなし。見ている者はまるで清蓮が目に見えない敵と戦っているかのように見える。清蓮の華麗ともいえる剣捌きは見事の一言であった。


しかしこれだけではない。清蓮に向けて新たな剣が投げられると清蓮は振り向きもせずに剣を受け取り、二本の剣を巧みに見えない敵を切り倒していく。この二つの剣は演武用の軽い物ではなく、実践で使われる真剣だ。一本でも十分に重たいはずだが清蓮は難なく使いこなしてしまう。


清蓮は友安国の人々と同じく武術に並々ならぬ情熱をもっていて、そのたゆまぬ努力と地道な鍛錬で得た剣の技術は群を抜いていた。清蓮にとって剣が一本増えたところでどうということはないのである。清蓮の外連味のない剣捌きは、演舞場を埋め尽くす人々の期待をはるかに上回った。



まだ演武が終わってもいないのに関わらず、すでに演舞場は割れんばかりの拍手、喝采が沸き起こっていた。清蓮は手にしていた剣を鞘に納めると、もう一本の剣を横に振り切り静止した。演武を終えた清蓮は軽く肩で息を切らしてはいるものの、表情には余裕すら感じられた。


清蓮は心地よい緊張感の中、また軽く目を閉じ呼吸を整える。そろりそろりと歩を進めると、扇をもった右腕を振り上げ、勢いよく振り落とすと、それを合図に舞台下の宮廷楽団が一斉に演奏を始めた。演舞の始まりである。


清蓮は踊りながら扇を広げ、くるくると回転させると、その扇は残像も相まって、まるで一つの花のように見える。


清蓮は演舞場にいたすべての人が清蓮の一挙手一投足逃すまいと注視していた。清蓮は扇を静かに懐に戻すと自ら両手を広げ、体幹を軸に回転し、今度は自らが花となった。


その後も清蓮は疲れた様子も見せず次から次へと華麗な踊りを披露した。最後に国民が最も愛する歌『細氷さいひょう』に合わせて清蓮が踊り始めると、この日一番の歓声が湧き、しまいには演舞場いたすべての人々が歌い出した。

演舞場にいた人々の高揚と一体感は最高潮に達した。


すべてを無事に終えた清蓮は演舞場にいる深々と一礼した。正確無比の剣術、天女の煌めきにも似た華麗な踊り。清蓮はすべてを完璧に成し遂げた。誰もが目を奪われ、心を奪われた。


すべての人が清蓮を好きになった。惜しみない拍手喝采は巨大な渦となって演舞場に鳴り響いた。


清蓮は惜しみなく注がれる賞賛を謙虚に受け止めた。演舞場の拍手喝采は止むことはなかったが、清蓮はきりのいいところで退場しようとした。


その時だった。一人の幼子が清蓮に駆け寄った。舞台の周囲は護衛が配置されていたが、どうやら幼子は監視の目をくぐり抜け、舞台にいる清蓮のところまでたどり着いたのである。


清蓮は駆け寄ってくる幼子に驚いたが、弾けるような笑顔で幼子を迎え入れた。清蓮が幼子を抱き抱えると固唾を呑んで見ていた人々からは再び割れんばかりの歓声が巻き起こった。


一方、幼子の母親は恐る恐る舞台に上がると清蓮の前にひれ伏した。子の無謀ともいる行いに母親は俯いたまま顔面蒼白となっている。幼子とはいえ王族に馴れ馴れしく接することなど許されるはずもなく、問答無用で処罰されてもおかしくない事態であった。


しかし清蓮はそう言った慣例には寛容、むしろ鈍感で、母親にも気軽に声をかけると幼子を引き渡した。母親は幼子を抱きかかえると、涙を流しながら何度も頭を下げた。


固唾を飲んで見ていた人々は清蓮の寛容な様にいたく感動し、演舞場は揺さぶられるほどの歓声と熱気に包まれた。


我らが皇太子は美しく誉れ高いだけでなく、なんと慈悲深いことか!演舞場の全ての人々は願わずにはいられなかった。


我らが皇太子に祝福を!

我らが皇太子に祝福を!

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