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第四話 ほめても、美味い食事と快適な住環境と万が一の時の薬しか出ないぞ

「まさか、早くもおにぎりと豚汁が出てくるとは思わなかった……」


 午前中に和食の基礎を学んだアルフィエル。

 その集大成となった昼食が、二人の前に並べられていた。


 大皿には、きちんと綺麗に三角に握られたおにぎり。


 しかも、ただのおにぎりではない。

 アルフィエルが、米に吸水させている間に取ってきた川魚を焼いて混ぜ込んだ炊き込みご飯のおにぎりだ。

 種類は分からなかったが、なにかのキノコも一緒に炊きあげている。


 それから、タマネギ、ニンジン、イモに豚肉など、リン……というかグリフォンが運んで来た食材をふんだんに使用したみそ汁。

 キャンプで使われていそうな木の器に入っているので、少しだけ違和感がある。

 けれど中身は、日本にいた頃よく食べていた牛丼チェーンのそれを、遙かに超えるクオリティ。いや、比べるのもおこがましい。トールは、心の中で涙を拭った。


「もう、俺が教えることはなにもねえ」


 アルフィエルは、早くも……というか、一瞬でトールを越えてしまった。


「それは時期尚早ではないだろうか……?」

「俺の引き出しにはもう、茹でたパスタにバターとしょうゆかけるレシピしか残ってないんだ……」


 元一人暮らしの大学生なら、こんなものだろう。


「……その話はあとにして。ご主人、遠慮なく食べてくれ」

「そうだな。いただきます」


 トールは無遠慮におにぎりをひとつ掴むと、そのまま口に運んだ。


 そして、一言。


「うめぇ……」


 思わず、声に出していた。

 ほのかに、川魚の香りがするおにぎり。ほぐした身が入っているちょっとした豪華さが、実に嬉しかった。

 味付けもちょうどいい。お焦げの特別感も、なんとも言えない。


 ワンランク上の味に、トールは感動していた。


「キノコもうめえな。なんのキノコか分かんねえけど」

「フラッタケが生えていたので、収穫しておいたのだ」

「なんかギャグファンタジーっぽい名前が出てきたな」

「幻の……とは言わないが、結構な高値で売れるな。そして、美味い。薬効は特にないが」

「美味いなら良し」


 マツタケみたいなものだろうと理解したトールは、細かい思考を放棄した。美味ければいいのだ。


 マツタケなど、食べたことはなかったが。


 勢いよく咀嚼し、ほんの三口でおにぎりはなくなった。


「そのまま食っても美味いんだろうけど、おにぎりにするとなぜかそのままよりたくさん食える気がする」

「ふふふ。熱い思いをして頑張った甲斐があるというものだ」


 おにぎりの作り方はトールの拙い説明でもあっさり理解したが、炊きたてご飯の熱さには苦戦していた。


 トールは、そんなことを思いながら、具だくさんのみそ汁を吸った。


 これまた、美味い。


 各種の野菜と肉の旨味が渾然一体となって……いるのかどうかは知らないが、とにかく美味い。みそ自体がいいというのもあるのだろうが、トールの好みを的確に貫いている味の濃さ。

 隣でアドバイスはしたが、アルフィエルの料理センスには賞賛の言葉しかない。


 なにより、おにぎりとみそ汁というコンビネーションが、トールの魂を揺さぶった。


 立て続けに二個三個とおにぎりを貪り、喉が詰まったらみそ汁でリセットし。指についたご飯粒まで綺麗に舐め取って、トールは深く息を吐いた。


「満足した……」

「なによりだ」


 トールを眺めていたアルフィエルが、満面の笑みを浮かべて食事を開始する。食べる前から、満足感と達成感に溢れていた。


 まず、豚汁を口にして一言。


「ふふふ。勝利の美酒は実に美味いな……」

「くっ。このメイド、有能すぎる」

「あまり言ってくれるな、ご主人。ほめても、美味い食事と快適な住環境と万が一の時の薬しか出ないぞ」

「なにそれすごい」


 至れり尽くせり過ぎる。


 トールが、感心を越えて脅威すら憶えたその時。


 しかし、アルフィエルは顔を曇らせみそ汁の椀をテーブルに置いた。


「実は、ご主人に、謝らなければならないことがあるのだ」

「……心当たりはないけど」

「昨日の夜は、自分一人で風呂に入ってしまい、申し訳ないことをした。心から反省している。許して欲しい」

「ほんとに心当たりないんだけど!?」


 なにがどうしてこうなったのかと、トールは叫んだ。おにぎりとみそ汁の感動も、一瞬で消え失せるほどに。


「メイドなら、やって当たり前の行為を怠ったのだ。ご主人もさぞ不快だったと思うが――」

「しねえよ! 謝れ! 全世界のメイドさんに謝れ!」

「うむ。ご主人の浴室での世話を忘れ、一人で風呂を楽しんでしまい申し訳ない」

「そっちじゃないからね? そっちじゃないんだよ?」


 アルフィエルは、なぜ、たまに話が通じなくなるのか。

 トールには、まったく理解できなかった。


「とにかく、そんなことを求めてないし、求めることもないから――」

「自分は求められないのか……」

「どうすりゃいいんだ……」


 トールが、顔を覆って絶望する。

 それに追い打ちをかけるかのように、壁際の棚から振動音が鳴り響いた。


「呼び出しだぞ、ご主人」

「呼び出しだな、アルフィ」


 棚に押し込んだ通信の魔具が、通話を求めて振動している。棚と、その中身まで揺れるので、うるさい以外の言葉がない。


 トールとアルフィエルは、さっきまでのやり取りを忘れて、真剣な表情で見つめ合う。


 どうにかするのは簡単だ。


 けれど、それで引き起こす事態を考えれば、このままにしておくという選択肢も立ち上がってくる。


「ご主人、それはさすがにダメだろう」

「そーだね」


 アルフィエルに諭され、トールは渋々立ち上がった。そして、ゆるゆると通信の魔具へと歩みを進める。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

「それは、どちらも困らないだろうか?」

「だよなぁ。ことわざって、たまにおかしいよな」


 八つ当たりしつつ、ラグビーボール状の魔具を手にした。相変わらず振動しているそれを、リビングのテーブルへと移動させた。


「リンが説得失敗してたら、ワン切りしよう」


 そう宣言してから、前面のスイッチを押す。

 上の面から光が溢れて映像となり、エルフの貴公子――


「トールさん!」


 ――ではなく、出てきたのはエルフの末姫だった。

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