「今日は、本当にいい一日でした……」
髪を洗われながら思わず漏れてしまった言葉が、浴室に反響した。
アルフィエルとの訓練を終えた直後。まだ夕方にもかかわらず一日を振り返るリンだったが、
心の底から満足気だ。今にも、大往生を迎えてしまいそうなほど。
一糸まとわず白い肌を晒しているその姿は、本当に無防備だった。
「自分も、ようやくお風呂の世話ができて、感無量だぞ」
リンのピンクブロンドを宝物のように扱いながら、アルフィエルは言った。
浴室内も《空調》のルーンが働いているため、湯気がこもるようなことはない。
白と黒。二人のエルフの裸身が、隠されることなく晒されていた。
水を弾く健康的な肌は、二人とも共通。
リンの肢体は健康的に引き締まり、まだ未成熟な青い果実を思わせる。艶よりも、芸術品のような美しさがあった。
対照的に、アルフィエルは肉感的。細いが、適度に柔らかさがあり、抱き心地が良さそうな体。出るべきところは出ており、トールがちらちら見るのも納得できる。
誰の目にも触れさせないのは損失であると同時に、誰にも見せたくないという二律背反を抱くことになりそうだ。
「ご主人が、いきなり入ってきたらどうする?」
「ええっ!?」
「聞こえなかったか?」
「聞こえてます! 聞こえてますけど、えええ……そんな。と、トールさんにこんな貧相なものをご覧に入れることになるだなんて。土下座ものっっ。いえ、土下座しても見せることになりますよ!? し、とりあえず、死んだほうが!?」
「それはいけないな、トゥイリンドウェン姫」
リンの艶やかな髪にお湯をかけながら、アルフィエルは続けた。
「ご主人が入ってくるということはつまり、トゥイリンドウェン姫を見に来たということなのだぞ?」
「えええっっ。トールさんが、私を!? こ、こんなのをですか!?」
根拠の感じられない断定に、リンが飛び上がるほど驚いた。
続けて、エルフ特有の象牙のような肌がピンク色に染まる。
「そそそそそ、そうです。アルフィエルさんが目当てかもしれないじゃないですか!」
「それは違うな」
リンのもっともな指摘を、アルフィエルはあっさりと否定した。予期していたかのように、淀みなく。
いや、実際、ダークエルフのメイドは、予期していた。
「自分だけが目当てなら、トゥイリンドウェン姫がいないときに来ているはずだ」
「なんて……こと……」
論理的に考えて、完全に正しかった。
リンがいないときにトールがどうしたかなど、知り得ないという穴を除けば。
「つまり、私もしくは私とアルフィエルさんの両方が目的だ……と……?」
「そうだ。ご主人が二人同時派だったりすると、自分としてもかなり都合がいいな」
「ななななな、なんということでしょう」
リンがわなわなと震える。
それは驚愕か。それとも、歓喜か。
「か、完璧な理論です……」
トールがそんなことをするはずがないという点も除いて、だが。
「はっ。どうしましょう!? どうしましょう、アルフィエルさん!」
「磨き上げるしかないだろう、玉の肌をな」
髪を洗い終えたアルフィエルが、両手で石鹸を擦った。
ミルクのような香りが、浴室に散乱する。
石鹸もシャンプーも、創薬師の視点で見ても合格点を与えられる品だった。さすが、エルフの王宮御用達といったところ。
基本的に質素な生活を好むトールだったが、ピンポイントに王侯貴族のような贅沢を平然とする。
アルフィエルは、そういった部分に大物らしさを感じ、嬉しくなる。実に、仕え甲斐のある主人だ。
「いくぞ、トゥイリンドウェン姫」
「ふっ、ふぁあい……」
アルフィエルの細い指が、リンの首筋に触れた。タオルなど使わず、手で磨いていく心算だ。
リンも、恥ずかしがりながらも、エルフの姫らしく受け入れる。
首筋を洗っていた指が肩から肘へと移動し、曲面に沿って指が反った。
「ひゃふんっ」
「背中は、特に念入りに洗わないとな」
恐らく……ではなく確実に、一番トールの目にさらされる場所。絶対に、おろそかにはできない。
両手を使って、スナップを効かし、小さいが引き締まった背中を洗っていく。
やがて、手は脇腹からへそを通過し、その上にたどり着いた。
「さて、次は胸にいこう」
「あああ、アルフィエルさん!? そこはさすがに自分でやりますよ!?」
「そうか?」
「そうですですです」
「だが、断る。念入りに磨き上げるのが、自分の義務だ」
「全部念入りじゃないですか!?」
総檜の浴室で、ふたつの息が混じり合う。
結局、石鹸の音が止むまで、10分以上が経過していた。
「よし。そろそろ温まろう」
「ふぇええ……」
前後不覚に陥ったリンの体から石鹸を丁寧に洗い流し、アルフィエルは一緒に浴槽へ入った。
「ふああぁっ……」
鼻にかかったリンの吐息が漏れると同時に、浴槽からお湯が溢れ出す。
比喩ではなく全身磨き上げられたエルフの末姫は一段と美しさが増し、当初は感じられなかった色香すら発していた。
「つ、次は絶対アルフィエルさんにご奉仕しますからね!」
「その気持ちは、ご主人にぶつけてくれ」
「うわばっ!?」
二人で入ると、やや窮屈。アルフィエルの立派な双球が、リンの背中で潰れていた。
白と黒のコントラストが美しく、同時に目の毒だ。
「そういえば、トールさんが入れてくれたお風呂なんですよね……」
外に行ったリンとアルフィエルのために、わざわざトールがお湯を浴槽に満たしてくれたのだ。
その心遣いが、申し訳なくも嬉しい。
「これはもはや、ご主人に包まれていると言っても、過言ではないのではないか?」
「まったくその通りですね」
過言過ぎる……と、ツッコミを入れるトールは、もちろんいない。
いたら問題だ。
リンとアルフィエル以外にとって。
「それにしても、トールさん遅いですね……」
「そうだな。もう少しで来るのではないか?」
お湯のせいだろうか。もしもの話が、いつの間にか確定していた。
当然、いくら待ってもトールは来ない。
「アルフィエルさん……そろそろ頭がくらっとし始めたんですけど……?」
「むむむ。こうなったらいっそ、自分がご主人を呼んでくるか」
と、アルフィエルが立ち上がろうとしたところ――
「おーい。だいぶ長風呂みたいだけど、大丈夫か?」
――外から、トールの心配する声が聞こえてきた。
しかし、今のダブルエルフにとっては、そんなことよりもやるべきことがあるだろうとしか思えない。
「ご主人、どうしてお風呂に入ってこないのだ!」
「ええ……? なんで、俺、責められてるの?」
「ですよ! ずっと待ってたんですから!」
「というか、大丈夫なのか、そうじゃないのか。判断しにくいな、おい」
話がまったく見えないトールは、ひたすら困惑するしかなかった。