「というわけで、ご主人。今日はトゥイリンドウェン姫と一緒に寝て欲しいのだが」
「アルフィエルさん!? いいいいいい、いったい、なに!? なにが起こっているんです!? 夢!? トールさんから剣を受け取ったあの日から全部夢だったんですか!?」
いろいろあったが、夕食後。
アルフィエルが突然無茶苦茶なことを言い出したが、真っ先に反応したのはトールではなくリンだった。
「そうですよね。この夢のような日々が現実なわけありませんし……。そうなると、ここ数日だけではなく、トールさんが来てからの日々そのものが夢!? トールさんそのものが、私の妄想の産物!?」
「落ち着け、全部現実だ」
トールとしても、イマジナリーフレンドにされても困る。
「ということは、わたわたわた、私とトールさんが同衾するんですよ!? なおさら、落ち着いていられませんよ!?」
それはそうかと、トールは納得する。
しかし、ダークエルフのメイドの提案まで納得するわけにはいかなかった。
「さっきの風呂でのことといい、意味不明なんだが。言ってた、お泊まり会とはまた別なんだよな?」
「ふむ……」
アルフィエルは、整った美貌に悩ましげな表情を浮かべる。
「ただ単に、うなずいてくれればそれで良かったのだが」
「報連相を大事しようぜ!?」
「それは本来、上の物が行うべきことだと思うが……。分かった」
《翻訳》のルーンにより本質を捉えたアルフィエルだったが、主人の求めに応じ、最初から説明することにした。
「少し夜更かしをして、あの惚れ薬を分析しようかと思っているのだ」
「封印しない? 下手に手を出すと失敗するパターンじゃない?」
トールの脳裏に、B級パニック映画の冒頭が浮かぶ。だいたい、余計なことをして事態が悪化するのだ。病原菌がばらまかれたり、ゾンビが生まれたり、サメが空を飛んだり巨大化したり頭が増えたり。
「それを確かめるための、分析だ」
しかし、逆に正論で封殺されてしまった。
「伝家の宝刀は、実際に抜くためにあるわけではない。ご主人がそう言いたいのはよく分かる」
「そもそも、惚れ薬を伝家の宝刀扱いする時点でどうなんだ?」
「しかし、抜いてから、なまくらだと気付いては遅いのだ」
「なんか含蓄があるように語ってるけど、惚れ薬の話だからな!?」
「最初から、惚れ薬の話しかしていないが?」
アルフィエルとは、たまに話が通じなくなる。
是非、《翻訳》のルーンの不具合であって欲しいと願うトールだった。
「……少しでも危ないと思ったら、分析を中止すること」
「安全に絶対はないが、可能な限り留意する」
「アルフィエルさん……あの……なんと言ったらいいか、なんと言うべきか分かりませんが……頑張ってください!」
「任せておけ、トゥイリンドウェン姫」
「今、頑張るなって話をしてたんだけど!?」
リンとも、頻繁に話が通じなくなる。
是非、《翻訳》のルーンの不具合であって欲しいと願うトールだった。
「そして、リンはアルフィの部屋で寝ること」
「いや、それでは途中で戻ってきた自分が起こしてしまうかもしれないではないか」
「《安眠》のルーンがあるから、大丈夫だ」
茨姫にちなんだイラスト付きで、ベッドに刻んだルーン。一度寝たら、8時間は余程のことがない限り起きない。
なんとなく危険なような気がして、自らの干し草のベッドにはルーンを刻んでいなかった。
「というか、リンの部屋を用意したほうがいいんだろうか?」
「私の部屋ですか!?」
魅惑の響きに、リンが瞳を輝かす。
トールと一緒に寝るという話題が、吹き飛んだ。
「建物をひとつ増築してつなげるとか、平屋だし二階を増設するとかすれば不可能じゃないだろ」
「そんな私などのために、そこまでしてくれなくても。こう、トールさんのお部屋の片隅にスペースをいただければ、それだけで充分です!」
「木の上にツリーハウスでも作るつもりか」
あきれながら言うが、内心ではちょっとワクワクしてしまう。
トールも男の子なので。
楽しそうなトールに、リンも嬉しそうだ。
トールとリンの同衾作戦は失敗に終わりそうだが、より大きな成果を得られた。
一石二鳥の成果に、アルフィエルは、ぐっと拳を握っていた。
「これは、思っていた以上に厄介だぞ」
隠れ家の地下。錬金台の前で、アルフィエルは玲瓏とした美貌を悩ましげに歪めた。
グリーンスライムが吐き出した、ワインの瓶。栓が開けられ、ほんの少しだけ中身が減っている。もちろん、アルフィエルが服用したわけではなく、分析のため少量取り出したのだ。
「惚れ薬は、いいのだが……」
元はなんらかのエリクサーだったようだが、グリーンスライムの体内で熟成が進んでおり、かなり効果が変わっている。
まず、グリーンスライム自身が言っていたように惚れ薬で間違いない。喜ばしいことに。
しかし、かなり劇的だ。
飲むだけでなく、皮膚に触れただけで効果が出る。発動した直後に目にした対象へ、偏愛とも言える執着を持つようだ。
人でも物でも関係ない。
今アルフィエルが服用したなら、この錬金台から離れられなくなるだろう。
しかも、効果時間もない。ないというよりは、永続か。
「元がどんなエリクサーだったか分からないが、これは、ほとんど呪いだな……」
アルフィエルの言う通り、劇薬などというレベルを通り越している。人格を歪めてしまうレベルだ。
「さすがに、これを使わせるわけにはいかないな……」
リンにどう説明したものかと、アルフィエルは頬に手を当て悩む。
ここまでの効果を、リンも望んではいないだろう。
逆に、リンがトールを対象にして使った場合、今とほとんど変わらないような気もするが。
「だが、そうか」
予想を超える効果に驚いていたが、アルフィエルは思考を切り替えた。
事実としてそこにあるのだから、それは認めねばならない。
「呪いであれば、ご主人のルーンでどうにかできるのではないか?」
実験そのものにリスクがあるが、光明が見えた。
解毒法があるかもしれない。
それだけで、アルフィエルは肩の荷が下りる思いだった。
となると、アルフィエルの意識は再び薬効へと向かう。
「確か、ワインを蒸留したものがブランデーだったか……」
逆に、これは武器になるのではないだろうか。
「この惚れ薬を蒸留したら、どうなるのだろうな?」
そして、モンスターなどにも効くのだろうか。
「いや、今の状態が蒸留したようなものか? となると、逆に薄めた場合は、効果が弱まると考えていいのだろうか……」
元のエリクサーがなんだったのかも気になる。
再現するレシピが存在するのかも確認したい。
万一、トールのルーンが効かなかった場合の、解毒剤も開発できるのならばやっておきたい。
最近は家事ばかりだったアルフィエルの、創薬師としての血が騒ぎ始める。
そのまま、時間を忘れて分析を続けていたアルフィエル。
「さすがに、これ以上は明日に響くな……」
だが、トールに無様な姿は見せられないと夜更け頃には切り上げた。
そして、地下から部屋に戻ったアルフィエルが目にしたのは、床で土下座したまま眠っているリンの姿だった。
「なにが一体どうしてこうなったのだろうか……?」
「はっ。アルフィエルさん!」
思わずといった調子でつぶやいたアルフィエルに、眠っていたリンが気付いた。
「やはり、ご主人は同衾を許してくれなかったのか?」
「いえ、最終的には折れてくれたのですが、しかし、私はっ。私はぁっ」
どうやら、土壇場でやっぱり遠慮しますということになったらしい。
「……明日は、自分も含めた三人で寝るのが良さそうだな」
「それです!」
リンも問題だが、そこで帰してしまうトールにも問題がある。
(やはり、この二人には自分がついていなくては駄目だな)
そう、自信……いや、確信を深めたアルフィエルは、リンと一緒にベッドに横たわった。