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第一部 襲撃編

第一話 というわけで、主人に助けられたメイドが、様々な困難を乗り越えてご主人と結ばれる。そんな脚本はどうだろうか?

 翌日。


 トールたちは洗濯物とおやつを持って、川へと向かった。

 まるで昔話のようなシチュエーションだが、洗濯をしているのはアルフィエルだけ。


 トールも手伝おうとしたのだが、なにかを察したような表情で優しく見つめられてしまった。


「違う。アルフィとリンの服に興味があるわけじゃない」


 と主張したかったが、昨日のお風呂から二人の様子がおかしいので、トールは深追いを避けた。

 代わりに、リンを誘って川縁に座り、ウルヒア用マンガ作戦会議を始めた。


「では、ちょっと待ってくださいね」


 おやつのラスクをもぐもぐしたリンが、目を閉じる。

 そのまま瞑想状態に入り、数分後、かっと目を開いた。


「見えました」

「聞こうじゃないか」

「ウルヒア兄さまは、あれで結構優しいんですよ?」

「町で捨て猫拾ったりとか?」


 しかし、トールは信じない。そんなベタなエルフが、いるはずがない。しかも、あのウルヒアがだ。


「いえ、孤児や働けない人を収容する施設を作って、不意打ちで視察に行ったりしてます」

「エルフの王子様、スケールでけえなぁ」


 川辺に転がる石をもてあそびながら、トールは苦笑した。不意打ちで見に行くのが、ウルヒアっぽいなと思う。


「なんか仕事してるんだろうなとは思ってたけど、いろいろやってんだな、ウルヒア」


 ウルヒアの仕事を思い出そうとすると、ルーンを書いて書いて書いて書きまくった記憶が蘇ってきたのでシャットダウンする。


 これ以上は、いけない。


「なので、可哀想な境遇の人が、頑張って幸せを掴むお話とか、絶対気に入ると思います」

「名作劇場かな?」


 王道とも言えるストーリー。確かに、余程ひねくれていない限り受け入れられるだろう。

 けれど、問題がないわけではない。


「ネックなのは、幸せになるまでの展開だよなぁ。ウルヒアからぼろくそに言われそうなんだが」

「そこは、ウルヒア兄さまなので仕方ないです」

「妹からも言われる辺り、救いようがねえ」


 川辺の小石を適当に転がしたところ、洗濯中のアルフィエルが視界の隅に入った。


「不幸な人間が、幸せになる。まるで、自分のようだな」

「え? アルフィエルさん? トールさんに助けられた系女子であることは分かってましたが、そんなに悲惨な境遇だったんですか? 聞いてないですよ?」

「そこは、俺も聞いてないんだが」


 あわあわとするリンをなだめつつ、トールは洗濯の手を止めたアルフィエルを見つめる。


「なに。ちょっとひどい呪いをかけられて、ご主人に命を救われただけだ。大したことではないぞ」

「いや、死にかけてただろうが」

「そこまでだったんですか!?」


 リンががっと立ち上がり、洗濯中のアルフィエルへと駆け寄る。転ぶことなく背中に抱きついて、ぺたぺたとダークエルフのメイドの体に触れた。


「もう、痛いところはないですか?」

「大丈夫だ。ご主人に治してもらったからな。ご主人の力は、トゥイリンドウェン姫も知っているだろう?」

「そうでした!」

「なんだこの、俺への無条件の信頼は」


 それはそれとして、この二人の組み合わせは相変わらず尊いなとトールは思った。


「それに、私に呪いをかけてきた男はちゃんと爆破してきたので、後顧の憂いもないぞ」

「爆破」


 初めて聞いた情報に、トールはオウム返しにすることしかできなかった。日常会話でなかなか出てくる単語ではない、爆破。


「うむ。どうして狙われたのか分からないが、自分をさらっていった男……。ああ、もちろん同じダークエルフなのだが。その男は、人をいたぶって愉しむ変態でな。各種の呪いをかけられた自分は、森に放たれ狩りの獲物になったのだ」

「私がいたら、そんなことさせなかったのに……」


 本気で怒りを燃やすリンの頭を愛おしそうに撫でてから、アルフィエルは続けた。


「逃げながら爆破薬の素材を集めてその男を爆破した後、偶然あった妖精の輪に飛び込んでご主人に助けられたという。それだけの話だ」

「アルフィ……」


 なんでもないことのように語っているが、今まで黙っていたということは、かなりの葛藤があったはず。

 トールは二の句が継げずにいたが、アルフィエルは自然体。


「自分の中で、ようやく整理がついたというか。ご主人やトゥイリンドウェン姫がいるのに、この程度のことに怯えているのも馬鹿らしく思えてな」

「いやいや。全然この程度じゃねえよ。いきなりこっちに来た俺よりよっぽど大変じゃねえか」

「アルフィエルさん……」


 抱きつくリンをなだめながら、アルフィエルはいたずらっぽく微笑んだ。


「というわけで、主人に助けられたメイドが、様々な困難を乗り越えてご主人と結ばれる。そんな脚本はどうだろうか?」

「なんで、二回目は主人じゃなくて、ご主人って言った? というか、切り替えの速さについていけないんだが……」

「ふふふ。虚構と現実の垣根を取り払っても、構わないのだぞ」

「今の流れの後で言われると、むちゃくちゃ断りづれえ……」


 しかも、リンが提案したプロットに合致している。

 それに、リン本人も気付いたようだ。アルフィエルから手を離し、その周りをぐるぐる回って考え込む。


「だっ、ダメ……とは言い切れないですけど! そうだ! トールさん、トールさん。主人に婚約者とか必要じゃありません!?」

「なるほど、婚約者か。ぶっ込んできたな、トゥイリンドウェン姫」

「はっ。いえ、あくまでも想像上のあれといいますか、実在のトゥイリンドウェン・アマルセル=ダエアとは関係ありませんにょで」

「噛んでる……」


 口を押せてしゃがみ込んだリンだったが、驚くべきことに土下座には行かず、逆に立ち上がった。


「エルフのお姫さまの婚約者は、ともかくです!」

「その属性、初めて聞いたぞ?」

「いろいろ言われると思いますが、ウルヒア兄さまは基本ちょろいので話半分ぐらいに聞くのがちょうどいいと思います!」

「ほう、そうか。僕は、意外とちょろいのか」

「はい。なんだかんだと……って、ウルヒア兄さまの亡霊!? ど、どうか迷わず神の御許へ行ってください!」

「躊躇なく殺すな」


 トールが振り向くと、本当にウルヒアがいた。

 溜め息しか出ない美貌をしかめ、妹姫の失言を聞いて苦虫をかみつぶしたようにしている。


「まあ、口で言うほど怒ってないけどな」

「そうなのか、ご主人。なるほど、ちょろいとは、そういうことか」


 ウルヒアは、ダークエルフのメイドへなにか言いかけ、途中でふっと息を吐いた。

 代わりに、トールへと視線を移動させる。


「で、なんでここにいるんだ? 今、ウルもいろいろ忙しいんだなって話をしていたばかりなんだが?」

「僕は忙しいぞ。今日も仕事だ」

「仕事?」

「そうだ。今日の僕は、かまどを作りに来た職人だ」


 ばっとマントを翻して宣言する、エルフの貴公子。

 発言内容を除けば、実に絵になる光景だった。


 リンと、同じように。

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