ウルヒアの言葉は、すべてではないにしろ、確かに事実だった。
「《即時錬成》」
洗濯を終えてから隠れ家へと戻るとレンガが積み重ねられており、それにウルヒアが手をかざすと、一瞬でかまど――石窯が組み上がった。
ふっと、額に浮かんでいた汗を指先で拭う。
心なしか、汗まできらきらと輝いているかのようだった。
「あれ、絶対、点描のトーン使ってるわ」
創薬師と同じく、生産レシピを把握していれば
もちろん、手間暇をかけた通常の作成法には、質では劣る。
しかし、それは些細な違いでしかなく、《即時錬成》であっても充分な性能を備えていた。
「さて、今からでも使えるぞ。まあ、窯の温度を上げるのに時間はかかるだろうがな」
「マジか……」
隠れ家の側にできあがった石窯を目の当たりにし、トールは奇跡のような光景に言葉を失った……わけではなかった。
驚いたのは、また別の事実。
「ウルヒアって、
「あれ? トールさん、ご存じなかったんですか?」
「そうだ。言う必要もないから黙っていたがな」
遠巻きに見ていたトールたちに近付きながら、愛想なく答えるウルヒア。
「ウルヒア兄さま、なんか嬉しそうですね」
「ちょっと誇らしげに思えるな」
だが、見るエルフが見れば、喜んでいるのは明らかだった。
「ってことはもしかして、俺のGペンとかスケッチブックを作ってたのも……?」
「全部、僕だ。他人に任せられないから、わざわざ
「そこは他人に任せろよ、エルフの王子様!」
「あのペンと刻印術の組み合わせなど、下手すると国家機密だぞ。他の者になど任せられるものか」
「えーえー?」
わりと無茶なリクエストをした記憶しかなく、それをウルヒアが。エルフの貴公子が処理をしていた?
想像もしていなかった事実に、トールは、若干引いた。
「正直、ちょっとキモイ」
「なぜ僕は罵倒されているんだ?」
ウルヒアは不機嫌そうに言うが、怒ってはいなかった。普通なら不敬罪で投獄されても文句は言えないところにもかかわらず、この程度で済ませている。それだけで、特別な関係だと分かる。
「ご主人に甘いのは、アマルセル=ダエア王家の仕様なのか?」
「わ、私のアイデンティティが脅かされている気配がします!?」
いろいろと言われている当のウルヒアは、親友と妹を無視し、ダークエルフのメイドへと近付いていった。
「な、なんだ?」
困惑というよりは嫌そうな表情を浮かべるアルフィエル。
しかし、ウルヒアは、そんなものを斟酌したりしない。
じろじろと無遠慮に、不躾な視線をアルフィエルへとぶつけた。人ではなく、物を鑑定するような雰囲気。
これには、アルフィエルも渋面を浮かべる。
「ご主人。実力行使に出てもいいか?」
「許す」
「許すな」
相変わらず不機嫌そうな表情で、ウルヒアはトールを振り返った。
「だいたい、僕がなにしにこんな僻地まで来たと思ってるんだ」
「自分の国をそんな風に言うのは、良くないと思うぞ」
揚げ足を取るようなトールのツッコミは無視し、ウルヒアは続ける。
「大事な宮廷刻印術師の側に、見慣れないダークエルフの女がいるんだ。それは、当然、見定めに来るだろう」
エイルフィードの弓の件で押し切られたのも。
石窯を作りに来たのも、すべてはその布石。
「そんなの、リンに任せ……られないな」
「僕には、歪んだレンズで物を見る趣味などない」
「ごめんなさい、ごめんなさい。役立たずでごめんなさい。でも、私のことを正確に把握していただきありがとうございます。ありがとうございます」
リンの謝罪から感謝へのシームレスな移行に驚く素振りもなく、トールは反論する。
「というか、もう宮廷刻印術師じゃねえよ。元だろ、元」
「元ではないぞ。休職中ではあるがな」
「……は?」
初耳だ。
自分のことなのにまったく知らなかった事実を告げられ、トールは絶句した。
確かに、誰にも引き継ぎはしていない。なので、後任が誰なのかも知らなかった。むしろ、そこを指摘したら辞められなくなりそうで、黙っていたという説もある。
ブラック企業を辞めるときには、ありがちだ。
「安心しろ。休職中も、きちんと俸給は支払われるぞ」
「そこじゃねえよ。メンテぐらいはやるけど、辞めるって言ったろうが」
「聞いたな。受理はしていないが」
あっさりとうそぶいて、ウルヒアは底意地の悪い笑みを浮かべた。
美少年そのもののウルヒアがやると、不快感よりも似合っているなという感想が先に立つ。
「二十年か三十年も休めば、また気も変わってくるだろう?」
「エルフ時間ッ!?」
気の長すぎる話に、トールは頭を抱えた。実際、二十年後――年齢が今の二倍になったときのことなど、想像もできない。
さすがに、二十年間不労所得ゲットだぜ! と喜ぶこともできなかった。
「それで、アルフィはどうなんだよ。どっかのスパイなんてことは、絶対にないと思うけどな」
「分からん」
「自信満々に言うことかよッ!」
一方的に疑いをかけておきながら、分からない。
ウルヒアらしいといえば、ウルヒアらしい物言いだが、さすがに通らない。
トールは厳しい視線をエルフの貴公子に送るが、あっさりとスルーされた。
「分からんよ。グラモール王族の娘が、なんでこんなところでメイドをやっているかなどはな」
「グラモール王族の?」
「娘……?」
三対の視線が、アルフィエルへと集まる。
グラモール王国。謎多き、ダークエルフの国。
その王族は武勇に秀で、まとまりを欠く各氏族を実力でまとめ上げているという。
「いや、でも、山育ちって言ってたし……」
それも、嘘なのか。
そもそも、ウルヒアの言葉が正しいのかどうなのか。
なんと聞いていいのか分からず、トールはアルフィエルを見つめることしかできない。
「なあ、ご主人。トゥイリンドウェン姫の兄君は、なにを言っているのだ?」
わけが分からなくて困惑しているのではなく。
ましてや、真実を言い当てられてとぼけているのでもなく。
可哀想な人を見るような目を、ウルヒアへと向けていた。