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第三話 この出会いは、まさに運命なのでは?

「自覚なしか。逆に、大事にされていたのだろうな」


 アルフィエルから哀れみの視線を向けられたウルヒアに、まったく気にした様子はない。ただ一人、納得したように冷たさを感じる笑顔を浮かべる。


 悔しいぐらい、エルフの貴公子には似合っていた。


「まあ、ウルがこんな調子なのは平常運転なんで気にするな」

「はい! 妹として私が土下座しますので、どうか許してください!」

「いや、土下座は不要なのだが」

「ええっっ!?」


 なぜか残念そうな、なぜかではないかもしれないが、リンは置いておく。トールは、一応、ウルヒアのフォローを試みる。


「俺にも、ウルがなんでこんなことを言い出したのかは分からん。でも、ウルはつまらない嘘をつくようなヤツじゃないってことは知ってる」

「ふんっ」


 不機嫌そうに鼻を鳴らし、ウルヒアはアルフィエルに背中を向けた。


「やれやれ。つまらない仕事をさせられて、疲れたな。お茶の一杯でも入れてもらわないと、割に合わないぞ」

「分かったよ。とりあえず、家に行こうぜ」


 詳しい話は、お茶でも飲みながらしよう。

 言葉の外に含まれた要求を受け入れ、トールは隠れ家の中に戻って行く。


「トゥイリンドウェン姫、トゥイリンドウェン姫」

「なんですか、アルフィエルさん? いえ、アルフィエル姫? アルフィエルさまのほうが!?」

「いや、自分はただのアルフィエルだ。それよりも、ご主人とウルヒア王子は、ちょっと以心伝心が過ぎないか?」

「ですよね! そう思いますよね!? 仲がいいのはいいんですが、見ていると砂利が混ざった砂糖を口に入れたような感情が芽生えますよね!?」

「言い出しておいて済まないが、そこまではちょっと思わない」

「梯子が!?」


 先に行くトールとウルヒアにも、もちろん聞こえていた。


 しかし、当然と言うべきか、そろって黙殺する。


 そのため、極めてスムーズに事態は進行し、10分もせずにリビングには紅茶の香りが漂っていた。


 ただし、テーブルの片側にアルフィエル、トール、リンが並んで座り、対面のウルヒアは一人だけという偏った配置になった。


 しかも、トールたちは密着している。


「なんだよ、この並び。圧迫面接かよ。それと、なんでアルフィとリンで俺を挟んでるんだよ」

「重装歩兵は、密集して戦友同士守り合うものだぞ」

「いいですね、戦友!」

「両手に花じゃねえのかよ……」


 見れば口の端だけ上げて、ウルヒアが笑っていた。

 憎たらしいぐらい余裕綽々のエルフの王子へ、トールから斬り込んでいく。


「で、アルフィがグラモール王国のお姫さまだって、どうして分かったんだよ」

「そこのダークエルフの娘」

「アルフィエルだ」

「そこのダークエルフのアルフィエル。お前、戦乙女の子だな?」


 アルフィエルが淹れた紅茶を優雅に傾けつつ、ウルヒアは言った。疑問形ではあるが、ほとんど断定して。


「戦乙女って……」

「エイルフィード様の使徒ですね」


 五大神の一柱、太陽と天空の女神エイルフィード。

 地上にルーンをもたらしたとされる慈悲深き女神であり、戦乙女の創造主。


 そのエイルフィードから地上へ派遣され、英雄の介添人として偉業を助け……そして、破滅させるという。

 魂の運び手とも呼ばれる、栄光と死をもたらす者。


 だが、極めて稀に、その英雄と結ばれ子を残す者もいるのだという。


「なんで分かるんだよ、そんなこと。というか、話がめっちゃ逸れてないか?」

「見れば僕には分かる。話は逸れていない」


 予備として取っていたラスクをつまむウルヒアの言葉は、必要最小限。

 そこに、横合いからリンのフォローが入る。


「聖樹さまから与えられたご加護ですよ。ウルヒア兄さまは、《診断眼》という種族とか攻撃への耐性や脆弱性が分かる目を持ってるんです」

「ファンタジーだなぁ。それで、俺が客人まろうどだって判別したわけか……」


 分からない話ではないと、トールは一応納得した。


「トール、貴様もリンと結婚すれば聖樹の加護を得られるぞ」

「そうだったんですか!? まさか、私などからトールさんに貢ぐことができるなんて。聖樹さま、ありがとうございます。ありがとうございます」

「ヒモかッ! 人聞き悪すぎだろ!」


 というか、それで喜ばれても聖樹も困るだろう。


「そして、戦乙女を娶とれるような勇者は、野蛮な――」

「――勇猛な、だ」

「……蛮勇を誇るダークエルフでも、王族。それも、国王に近い者だけだろう」

「エルフもダークエルフも、王族は天才って決まってるの?」


 よくよく考えると、アルフィエルにもその片鱗は見え隠れしていた。


「トール。お前も大概だ」

「俺はただの一般人だろ?」


 ウルヒアの見当外れな指摘を一蹴し、トールは情報を吟味する。


 アルフィエルはダークエルフだが、戦乙女の娘でもある。

 その父親となれるような存在は、グラモール王家の者以外にはありえない。

 ゆえに、アルフィエルはダークエルフの王女である。


 筋が通っていると言えばそうだし、強引に理屈をこじつけていると言えばその通りだろう。


「アルフィエルさんのお母さまは、本当に戦乙女さまなんです?」

「ああ。ウルヒア王子の話には納得がいかない部分もあるが、自分の母が戦乙女なのは事実ではあるな」

「そうなの?」

「うむ。天に帰ったが、確かに自分を育ててくれたぞ」

「天に帰ったって、そういう……」


 メタファーではなく、文字通りの意味だった。


「そもそも、最初から自明だ。アルフィエルは、白鳥の娘という意味。そして、戦乙女は白鳥に例えられる」

「ああ……。それは俺の世界でも同じだったような……」


 北欧神話は、特定の界隈では必須科目だ。

 トールも、ある程度は履修している。


「はっ」


 なにかに気付いたように、アルフィエルが目を見開いた。


「なにか思い出したのか?」

「エイルフィード神が産んだ戦乙女の娘である自分。エイルフィード神が生み出したルーンを縦横無尽に駆使するご主人。この出会いは、まさに運命なのでは?」

「それは普通に無理があると思う」


 トールはあっさりスルーしたが、そうはいかないエルフの末姫もいた。


「わ、私の名前はツバメの乙女という意味ですよ!」

「知ってるし、対抗しなくていい」


 がたっと立ち上がったリンが、トールに言われてしゅっと座った。素直だ。


「まあ、アルフィがダークエルフの国のお姫さまだとしてだ」


 トールは、ウルヒアの貴公子然とした美貌を真っ正面から見据えて話を戻した。


「それで、ウルはどうするつもりなんだ?」

「今のところは、なにも」

「絶対嘘だろ、それ」

「嘘ではないさ。トールのところに置いておくのが最善だ。そう判断している」

「ウルが?」

「国としてだな」


 今ひとつ信じられない。

 そんな視線を向けるが、ウルヒアは涼しい顔で受け流す。


 こうなると、突き崩すのは難しい。それは、経験上分かっていた。


「まあ、今まで通りって言うんなら、それでいい」

「いいのか? ご主人」

「それは、まあな」


 素性が不明だったのは、最初から。

 変わらない。なにも変わらない。


「試用期間はまだ過ぎていないが、本採用でいいのだな?」

「……いいよ」


 なんとなく、この事態を利用されているような気がする。けれど、アルフィエルの働きぶりに不満がないのは確か。

 もう有名無実化している試用期間など、邪魔なだけだろう。


「今この瞬間から、正式にアルフィはうちのメイドだ」


 意味はないが区切りを付ける意味でも必要な宣言。

 それを聞いて、アルフィエルは満面の笑みを浮かべた。


「やりましたね、アルフィエルさん!」

「ありがとう、トゥイリンドウェン姫」


 トールを挟んでハイタッチを交わす、白と黒のエルフたち。ちょっと肩身が狭い。


「では所属が確定したところで、リン。お前には、この家と住人たちの護衛を命じる。期限は無期限。護衛対象と仲良くやるのも任務の内だと知れ」

「はい! 誠心誠意一所懸命一生懸命努めます!」


 ノータイムで答えるリンの横で、トールは崩れ落ちた。


「……ウル、最初からこれ狙ってたな?」


 マンガの件での大義名分を遙かに超え、リンは同居の権利まで勝ち取ってしまった。

 断ると面倒なこと。最悪、アルフィエルの安全確保を名目に王都への強制送還もありえるので、断る選択肢はない。


 ウルヒアは、妥協したと見せかけて、しっかりと利益を最大化していた。


「水は高きから低きに流れる。それだけのことだ」


 トールからストレートに負の感情をぶつけられても、ウルヒアは動じない。


「それよりも、うちの妹をダークエルフの娘よりもひいきするんだぞ」

「そこは、平等に扱えじゃないのかよ」

「まさか。平等と公平は違うからな」


 涼しい顔をして、紅茶を愉しんでいた。

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