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第四話 僕は、ハーレム肯定派だぞ。無論、他人のに限るが

「さて、いい話になったところで、エイルフィードの弓についての話をしようか」

「そんなものはない」

「通用するか」


 紅茶のカップを置いたウルヒアが、当たり前と言えば当たり前の反応を返した。

 しかし、トールとしてもここで引くわけにはいかない。


「それは、目の錯覚と言うことで決着しただろうが」

「そうですよ、ウルヒア兄さま。私の言葉を信じてくれたんじゃなかったんですか!?」

「それは、トールを油断させて――」

「つまり、トゥイリンドウェン姫は兄君から信用されていなかったわけか」

「え……」


 奇声を上げない。

 土下座もしない。

 ただぴしりと硬直し、リンの目がうるうると潤み出す。


 トールは、「あ、これマジなやつだ」と、警戒レベルを最大に引き上げた。


「……危険がなければ、それでいい」


 ウルヒアも妥協した。即座に。密度は違うが、トールよりも付き合いが長いだけのことはある。


「大丈夫だ。リンはよくやってくれたぞ」

「トールさん、本当ですか?」

「マジ、マジ。リンがいなかったら、もっと面倒くさいことになっていたからな」

「えへへ……。安心しました」


 はにかむリンのピンクブロンドを撫でて、トールがエルフの末姫をなだめる。借りひとつだからなと、視線をウルヒアに向けながら。


 エルフの貴公子は、感謝と自己嫌悪が入り交じった表情で受け入た。


「そういうことならば問題ない」


 大きな胸を叩いてアルフィエルも、確実だと保証する。


「自分が、厳重に管理しているからな」


 惚れ薬の件も含めて、アルフィエルは言った。


 嘘ではない。エイルフィードの弓はもちろん。惚れ薬も、一部を小瓶に入れて肌身離さず持っている。

 万が一、トールに使われた場合でも、小瓶の惚れ薬を使って上書きすることが可能だ。


「どうなんだ、トール」

「俺に扱えると思うか?」


 惚れ薬の件は言わず、トールは質問に質問で返した。


「……次はないぞ」

「あんな貴重品が、そうそう見つかるわけないだろ」

「ここは特異点のようなものだからな。簡単に信用するわけにはいかない」


 トールの一般論をあっさり粉砕しつつ、ウルヒアは、それ以上追及しようとはしなかった。


 エイルフィードの弓は確かに貴重で強力な武器だが、それだけだ。トールやリンの機嫌を損ねるほうが問題だと判断してもおかしくはない。


 まさか、ゴミ捨ての度に増える可能性があるとは想像もしていない。想像するほうが、ちょっとおかしいが。


 ましてや、すでに危険物がこの隠れ家に保管されているなどとは夢にも思わない。


「では、僕はそろそろ帰るとしよう」

「おう。さっさと帰れ、帰れ」

「僕の仕事のことを心配してくれるとは、トールは優しいな」

「はい! トールさんは優しいですよ。こんな私のことを気にかけてくれて、本当に、トールさんがいなかったら、私は。私は、一体どうしたらいいんです!?」

「安心するんだ、トゥイリンドウェン姫。ご主人の優しさは、見ず知らずの自分の命を救って使用人として雇ってくれるほどなのだぞ。いなくなることなどあり得ない」

「ですよね! 安心しました」


 腰を浮かしかけていたウルヒアが途中で動きを止め、まじまじとトールを見つめる。


「……好かれていて、大変結構なことじゃないか」

「リンの兄として、他に言うべきことがあるだろ」

「僕は、ハーレム肯定派だぞ。無論、他人のに限るが。考えても見ろ、ぐだぐだしたり傷つけるよりは、ずっといいだろう?」

「最低だな」


 トールとの遠慮のないやり取りで、気を取り直したのか。今度こそウルヒアは立ち上がり、颯爽と外に出る。

 トールたちも、少し遅れて前庭に出た。


「そういや、ウルはどうやって来たんだ? グリフォンじゃ、石窯の建材までは運べないよな?」

「ワイヴァーンで来た」


 なんでもないように言って、ウルヒアがポケットから竜笛を取り出した。それに形のいい唇を寄せると、甲高い音が……しなかった。


「ご主人、なにも聞こえないな」

「ワイヴァーンにだけ聞こえる周波数で、人間の耳では捉えられないってやつなんだろ」

「博識だな」

「いや、パターン的にな」


 適当に言ったので褒められるとむずがゆいが、間違ってはいないだろう。

 実際、少しすると、遠くから黒い鱗の飛竜がこちらへ近付いてくるのが見えた。


 降下してくるのを横目で見つつ、ウルヒアは最後の業務連絡を伝える。


「リンの分も含め、食材や衣服は定期的にグリフォンで運ばせる。足りないものがあれば、通信の魔具で言え。なんでも揃えよう」

「至れり尽くせり過ぎて、逆に引くんだが」

「金は受け取らないようだからな」

「そうだ。お友達料とか、マジ変なことをリンに吹き込むんじゃねえよ」

「今からでも、受け取る気はないか?」

「ねえよ!」

「金で片がつけば、本当に楽だったんだがな……」

「悪役かっ」


 トールの嫌味を軽く受け流し、ウルヒアはワイヴァーンの首筋を優しく撫でた。まるで愛馬に接するようだが、グリフォンよりも巨大なワイヴァーンは、そこにいるだけで威圧感がある。

 羽の生えた巨大なトカゲなのだから、それも当然だろう。ぎょろりとした眼光を向けられ、トールだけでなくアルフィエルも、近付きがたい印象を受けてしまう。尻尾の先が毒針になっていると知っているだけに、なおさら。


 そんな緊張感を一顧だにせず、ウルヒアは黒い飛竜に飛び乗った。エルフの貴公子がそうする様は、嫌味なぐらい絵になる光景だ。トールが、本気で悪役のキャラに活かせないかと考えるほど。


 鞍上に主人を乗せたワイヴァーンは翼をはためかせ、徐々に上昇――離陸していく。重量のある風が吹き、トールたちは咄嗟に髪を抑えた。スケールは違うが、一度だけ乗ったことのあるヘリコプターを連想する。


「ウルヒア兄さまお気を付けて!」


 リンへ軽く手を振りながら、優しい微笑みを見せるウルヒア。このときばかりは、偽悪的な仮面は取り払われていた。

 充分に高度を取ったワイヴァーンが、王都に向けて進路を取る。飛竜の翼なら、二時間もかからないだろう。


 短い滞在で様々な爆弾を落としていったウルヒアが、帰還した。


「まるで嵐だったな」

「そうだな……って。あああああっっっ」


 ウルヒアが乗ったワイヴァーンが飛び去っていくのを見送っていたトールが、突然奇声を上げて崩れ落ちた。

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