「えええっっ? トールさんが私のような奇行を!? トールさんが私? 私がトールさん!? い、一体なにが起こったんです?」
「自覚があったのか、トゥイリンドウェン姫。いや、それどころではない。敵の襲撃か!?」
「違う」
チャンピオンのパンチをもらった挑戦者のようによろよろと立ち上がりながら、それでも、トールはきっぱり否定した。
「リンとアルフィのことに気を取られて、俺が宮廷刻印術師を休職してるって件に文句言うの忘れてた……」
「良かった。私にみたいになっちゃったトールさんはいなかったんですね」
「それ、肯定も否定もしづらいんだけど?」
しかも、通じるところがさらにあれだ。言葉にしづらい。
「安心しろ。トゥイリンドウェン姫は唯一無二の存在だからな」
「そ、そんなっ。畏れ多いですっ。私のようなエルフは、それこそもう、掃いて捨てるように十把一絡げで……って、これでは私以外の私のような人を貶めているも同然。やはり、私のような人間は私しかいないのでは!?」
「最初からそう言っているぞ。自信を持つんだ」
「はっ、はい!」
「全然ポジティブな話じゃないってことは、心に刻んでおこうな」
最近、リンの相手はアルフィがしてくれるので楽でいいな……と思う、トールだった。少しだけ寂しくもあるが、ワークライフバランス的にはちょうどいい。
「リンの希少性はともかく。ウルはなにも言わなかったけど、アルフィの生まれとか諸々調べるはずだ。その流れで、襲ってきた相手のこととか、アルフィ自身も知らない事実が出てくると思うけど……」
「自分は母の娘で、ご主人のメイドだ。それ以上でも、以下でもない」
過去など不要だと、アルフィエルはきっぱり言った。
アルフィエルに呪いをかけたダークエルフも、きっちり爆破されている。終わった話を蒸し返す必要もない。
そういうことなのだろう。
「そっか。じゃあ、本当に必要だと思ったこと以外は伝えないようにするよ」
「そうして欲しい……いや、待てよ。先ほどの言葉には誤りがあるな。このまま行くと、母の娘で、ご主人のメイド以上の存在になるはずだ」
「クラスチェンジの前に、突然話が通じなくなる癖をどうにかしような!?」
ある意味、リンより性質が悪い。
もしかして、戦乙女の血を引いていることと関係があるのだろうか……と、考えたところで、トールはアルフィエルをまじまじと見つめた。
「どうかしたのか、ご主人?」
「そういえば、アルフィって結局あんまり戦乙女っぽくないよなって思って」
銀の髪に、褐色の肌。手足は細いが、エルフよりも発育の良い体。どこからどう見ても話に聞くダークエルフで、戦乙女の血を感じさせる部分が見当たらない。
「言われてみるとそうだな。母と違って、羽も生えたりしなかった。大人になったら、生えると思っていたのだがな……」
「きっと、お料理とかお薬とか狩りとか、いろいろできるところが戦乙女の血のなせる技なんですよ! だって、私なんか、剣しかないのに、満足する剣筋なんて100回に1回あるかないかなんですから……」
「それ、天才の台詞だからな。俺たち以外の前では言うなよ?」
「あ、はい。もう、トールさんとアルフィエルさん以外とは喋りません!」
「そうじゃない」
違う、そうじゃないと、もう一回言ってトールはリンの肩に手を置いた。
「まああれだ。あのウルが俺たちの護衛はリン一人で充分だと判断したんだぞ。そこは、自信を持とうぜ」
「分かりま……はっ!? 私のためではなく、トールさんのために剣を振れと。そういうことなんですね? むしろ、私などはトールさんのための一振りの剣に過ぎないと。そういうことですね、分かりました!」
「納得してくれたんならそれでいいんだけど、なんでどんどん下へ下へ行くのか……。いや、リンだからってのは分かってるんだが……」
これだから天才はと、トールは苦笑するしかなかった。
「天才という意味では、ご主人も相当なものではないか?」
「お姫さま二人に比べたら、俺なんか一般人だろ」
「姫よりも、
全員天才なので、結局、誰も納得はしなかった。ウルヒアがいたら、冷笑を浮かべていただろう。
「まあ、いつも通りってことだ」
「そうですね! 私が一緒なのも、いつも通りです!」
「これが、既成事実か……」
引きこもってはいる。
仕事もしていない。
趣味に生きようとしている。
なのに、当初思い浮かべた生活と食い違いすぎている気がするのは、なにが原因なのか。
「ご主人、今さらだ」
「そうですよ、トールさん!」
「当事者に言われるの、すげー納得いかねえ……」
不満そうなトールを見て、アルフィエルが気分を変えるように手を叩く。
「そうだ。せっかく、立派な石窯を作ってくれたのだ。このあとは、噂のピザ祭りにするのはどうだろう?」
アルフィエルの言葉に、また別の意味でリンが飛び上がった。
「ピザ! お祭りですか!?」
「幸い、トマトもチーズもトゥイリンドウェン姫が持ってきてくれた分があるからな。聞きかじりでしかないが、できるはずだ」
「俺も、生地をこねて丸く薄くしたら、トマトソースを塗って具をトッピングしてチーズをかけて焼くってことしか分かんないんだけど」
トールから伝えられる情報はこれだけ。
「それだけ分かれば、大丈夫だ」
けれど、アルフィエルは自信満々だった。
「なにしろ、自分の正式採用記念イベントだからな。失敗はあり得ない」
「それをアルフィ自身でやるのもどうなんだ?」
「ダメか、ご主人?」
「ダメ……じゃない」
珍しく甘えるような声で言われ、断ることができなかった。
ここでダメといえない時点で、本当に今さらなのだろう。
なので、トールは、思考を切り替える。
(一応正式採用ってことで、なにかプレゼントでも用意したほうがいいかな……)
リンにもそうだが、そういう細かい配慮をするところが一人での引きこもりライフを満喫できない理由なのだが……。
トールは気付かなかったし、気付いたとしても、それなら三人でいいやと笑って答えたに違いなかった。