「トールさん! 私が呼ばれたということは、マンガのお話ですね!」
地下室の一番奥。扉を閉め、トールとリンの二人きり。しかし、作業台に並んで座っているため、色気は微塵もなかった。
溶鉱炉や金床のある鍛冶場なのだから、それも当然かもしれないが。
「いや、違う」
トールは静かに首を振った。視界の隅で、魔力付与の火鉢がちろちろと燃えている。
「……では、一体なんでしょう?」
アルフィエルはピザ作りや石窯の準備を始めており、ここにはいない。手伝いを申し出ても断られることは学習したので、トールはできることをやることにしたのだ。
――という説明を聞いても、リンは意図が理解できない。小さく可愛く首を傾げ、隣に座るトールを上目遣いに見る。
アルフィエルがピザ祭りの準備をしているのに、マンガよりも大事な話があるのだろうか。
「アルフィが他でかかりきりなのは、ちょうどいいと言えばちょうど良かったな」
「つまり、アルフィエルさんには秘密でなにかするということですか? でも、なにを?」
「それは、俺の部屋ではなく地下に来たことで察して欲しい」
地下の一番奥には、魔力の炎に一定時間晒すだけで、武器や防具に魔力付与できる火鉢がある。そして、鉱石を一定量入れると自動的にインゴットが完成する、《溶解》と《製錬》のルーンが刻まれたドーム型の溶鉱炉。
さらに、トールやリンのような素人でも加工できるよう、《熟練》や《補助》のルーンが刻まれている金床や作業台もあった。
というよりも、その作業台に並んで座っている。
「……なにか作るんですか? あっ、作るぐらいなら買ってきますよ!」
突然、リンは瞳を輝かせた。さすが、トールに貢げるチャンスは見逃さないエルフの末姫だけのことはある。
「それじゃ、ちょっと間に合わないんだ」
しかし、トールは首を横に振った。
「せっかくだから、アルフィに正式採用の記念になるような物をプレゼントしようかな思っていてさ」
「なるほど! そういうことだったんですね。いい! それはステキですよ、トールさん」
貢ぐチャンスは逃したが、我が事のように喜ぶリン。
しかし、直後にまた首をひねる。
「それで、なぜ、私まで呼ばれているのでしょう?」
「相談に乗って欲しいというのと、俺とリンの二人からのプレゼントにしたいなと」
相談に乗る! トールの!
瞬間的にリンのテンションが上がる……が、今回はすぐに冷静さを取り戻した。
「トールさん、そこはトールさんからのプレゼントにしたほうが、アルフィエルさんも喜びますよ?」
「その真偽はともかく。俺からってだけだと、素直に受け取らないと思わないか?」
「そんなことは……言われてみると、確かに」
エイルフィードの弓をアルフィエルに任せた経緯を思い出し、リンは納得した。あの奥ゆかしさからすると、トールが言うとおりの展開になる可能性が高い。
ひざまずきながらも、トールからのプレゼントを感涙とともに受け取ったリンとは違う。エルフの末姫は、そこはわりと貪欲だ。
「では、どんなものをプレゼントするかですね」
むむむむむと、眉間にしわを寄せてリンが真剣に思い悩む。
真っ先に浮かんできたのは、やはり、アクセサリー。
「やっぱり、指輪がいいんじゃないでしょうか。いつも身につける物ですし」
そこにトールがルーンを刻めば、最高の贈り物になる。リンにとっては、そしてアルフィエルにとっても、トールからもらえる物なら、なんであっても最高なのだがそれはそれだ。
「指輪か……」
トールも、同じアイディアを考えていたのだろう。ちらりと、溶鉱炉と魔法の火鉢を見る。
「でも、普段の作業の時とか邪魔にならないか?」
「それはそうですね……」
サイズの問題は、ルーンでどうにでもなる。だが、使い勝手と、もうひとつ難関があった。
「それに、どうせなら今日渡したいから作ろうかと思っているわけだが」
「はい! いいと思います!」
「指輪とかアクセサリーのデザインができたとしても、それを加工する技術がない」
「ごめんなさい。私も芸術的な素養はゼロです」
ルーンの助けを借りても、シンプルなものが精々だろう。
こうなると、ウルヒアを帰してしまったのが惜しまれる。時系列的に、どうしようもないのは分かっているのだが。
アクセサリーは、できなくもないが良い物はできそうにない。
そう結論が出てしまい、議論が停滞する。
「服や靴も、ちょっと時間が足りないですよね……」
「男の俺が、その辺作るのってどうなのかなって気もするよな」
「トールさんが作った物なら、なんでも喜んでくれそうですが……そうです! アルフィエルさんに絵を贈るのはどうですか?」
「似顔絵とかか……」
それはいいアイディアのように思えた……が。
「それ、部屋とかに飾られるんだよな……」
「もちろんですよ」
「恥ずかしくね?」
「全然恥ずかしくないですけど?」
「王族はこれだから……」
庶民感覚とは違う。いや、アルフィエルも気にしないだろうから、結局、トールだけなのだろうが……。
「とりあえず、保留で。カラーにするには、時間も足りないし」
「そうですか? いいアイディアだと思ったんですけど……」
否定ばかりでは、議論の意味がない。
トールも、思いついたアイディアを口にしてみる。
「こう、あんまり大上段に構えないで、包丁とか鍋とか、そういうのでも――」
「ダメです」
「え?」
「ダメです」
「……はい」
真剣なトーンで否定されてしまった。
トールも、ちょっとどうかなと思っていたので異論はないが、そこまでガチに却下されると落ち込む。
「そんなにダメだったのか?」
「では、こうしましょう」
ぼやきには答えず、リンが次なるアイディアを繰り出す。リンとはいえ王女ということなのか。褒美を与えると考えれば、得意分野になるのかもしれない。
「どうするんだ?」
「トールさんの持ち物を下賜しましょう」
「俺は、一体なんなの? 刀を部下に贈る戦国大名なの? 佐久間信信殿は果報者なの?」
予想の斜め上の提案に、トールは思わず作業台から立ち上がった。
しかし、リンは動じない。
「名前を与えるとか姓の名乗りを許すというのは、あれなので。故郷から持ち込まれた物はさすがに難しいですが、他になにかないでしょうか?」
「微妙に通じてやがる。《翻訳》のルーン、頑張りすぎだろ」
それでも律儀に、作業台に戻って候補を検討する。
「まあ、別に地球から持ち込んだ物をあげてもいいんだが……アルフィが喜びそうなのは……服か?」
ワイシャツなら、出会いの時にあげてしまった……というより、返却してもらえていない。着の身着のままでこっちに来ているので、地球産という意味では他にはデニムぐらいしかなかった。
「ルーンで調整すればいいけど、さすがになぁ……」
「むむむむ。アルミナのコインは私の剣になってしまいましたし」
「ああ。硬貨をアクセサリに加工するか? いやでも、500円玉のネックレスって、あんまり格好良くはないよな……」
再び思考の海に沈む、トールとリン。
「もういっそ、アルフィの言うことをなんでも聞く券でも発行するか」
「そ、それはうらやま……じゃなくて、危険ですよ!」
「そうか? そうかな?」
「各所で奪い合いが発生し、いずれ本物の金貨のように取引されるようになりますよ!」
「俺本位制かよ。意味が分からねえ」
議論が拡散しているので、トールは出てきたアイディアに意識を戻した。
「指輪とかのアクセサリーに、絵。それから服に、硬貨とか俺の持ち物……か」
候補はいくつかあるが、決まらない。
「さすがに、ガチャを引きに行くわけにはいかない……ああ、そうだ」
「なにか思いついたんですか、トールさん!」
「ちょっとお洒落っぽいアイディアが思い浮かんだ」
ベストではないかもしれないが、これ以上悩んでいても仕方がない。
「ちょっと加工が必要になるから、手伝ってくれるか?」
「はい! トールさんとアルフィエルさんのためですから、このトゥイリンドウェン・アマルセル=ダエア、微力を尽くします! 上手くいかなかったら、全部私のせいにしてください! 実際、私のせいになる可能性もありますし!」
「後ろ向きに前向き……」
トールからアルフィエルへのプレゼントだというのに、リンは嫉妬などまったく見せない。
心からの祝福を胸に、作業台から飛び下りた。
その瞬間。
「ご主人、ちょっといいだろうか?」
扉の向こうからアルフィエルの声がして、トールもリンも完全に固まってしまった。