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行商人メルの探偵談――消えたペンダントと帝国の秘密
行商人メルの探偵談――消えたペンダントと帝国の秘密
まりあんぬさま
ミステリー推理・本格
2025年07月05日
公開日
1.7万字
完結済
帝国屈指の交易都市バルハイム。 守銭奴で情報屋の顔も持つ行商人、メル=ミルディアは、いつものように商談と情報収集に明け暮れていた。 そこに現れたのは、消えた姉を持つ少女、ノエル=エヴァレット。 彼女の依頼は「姉が遺した《ペンダント》を探してほしい」というものだった。 最初は断ったメルだったが、裏で光細工師の失踪、ガラス細工の異常な高騰、帝国上層部の怪しい動き、夜の街に現れる“巨大な影”といった不穏な情報を次々と掴む。 やがて《ペンダント》が帝国の秘密、裏社会の取引、そして後に獣人解放運動へと繋がる鍵だと気づいたメルは、金以上に価値ある情報を追い、帝国の裏の闇に迫っていく―― 「情報は時に、金よりも価値があるんや」 桃色ツインテールの守銭奴少女、メルの“探偵談”が今、始まる。

ep.1金貨 金と情報とペンダントと――バルハイムの街の裏側

ゼルヴァ帝国南部。四方を砂と岩山に囲まれた交易都市――《バルハイム》。


帝国有数の経済拠点として知られるこの街は、表と裏、二つの顔を持つことで有名だ。石畳を敷き詰めた広大な通りには、商人たちの威勢の良い声が響き渡り、香辛料や宝飾品、異国の珍品が山のように積まれている。帝国貴族、旅人、傭兵、そして行商人――様々な人間がこの街に集い、欲望と金が交差する。


だが、その賑わいの影で、裏社会の取引、密輸、情報の売買も日常茶飯事だ。


そんなバルハイムの中心市街地。色とりどりの布がひらめく屋台通りの一角で、ひときわ目立つ桃色の髪の少女が、今日も商売に精を出していた。


「さぁさ、見てってや! 他には出回ってへん、南方特製の銀細工やで! 買い占められる前にどうぞーっ!」


軽快な声とともに、少女は愛嬌たっぷりに品物を掲げる。腰には幾つもの革袋とポーチ、肩から下げた鞄は商品と小道具でパンパンに膨れている。


彼女の名は――メル=ミルディア。


ゼルヴァ帝国認可の正式な行商人にして、裏では“情報屋メル”と呼ばれる少女だ。特徴的なツインテールの桃色の髪、勝ち気な瞳、そして何より、筋金入りの守銭奴っぷりで知られている。


「メルちゃん、また値上げしたんか?」


「市場の相場は生き物やで。値段はその日の運次第や!」


「ほんま、金の匂いには敏いなぁ……」


客との軽妙なやりとりを交わしつつ、メルの耳は常に情報を拾い続けている。


帝国と敵国との国境紛争、裏市場の動き、盗賊団の噂、商人ギルドの内情――どんな些細な会話の端々にも、情報の種が転がっているのだ。

陽が少し傾きかけた頃、屋台通りの喧騒の中に、場違いなほど静かな少女の姿があった。


桃色のツインテールを揺らして声を張り上げるメルの前に、その少女は、ぽつんと立っていた。


「……あの、すみません。」


控えめだが、かすかな決意を帯びた声。


メルはぱちりと目を瞬かせた。見れば、黒髪に小柄な体つき。年の頃は自分とそう変わらんくらいやろか。だが、その目元はどこか影を落としていて、か細い両手は緊張で微かに震えている。


「なんや、迷子か? あんた、こんなとこ子供が一人で来るとこやないで。」


「……あなた、メル=ミルディアさんですよね?」


「おぉ、知ってるんかいな。せやけど、うちは忙しいんや。用件は簡潔に頼むわ。」


少女――ノエル=エヴァレットは、一度小さく深呼吸をすると、真剣な眼差しでメルを見つめ返した。


「……お願いが、あるんです。」


その瞬間、周囲の喧騒が遠のいた気がした。


「お願い?」


「……姉が、遺したものを……探してほしいんです。」


メルの眉がぴくりと動く。


「……姉の、ペンダントです。」


ノエルはそう言って、胸元から一枚の紙片を取り出した。そこには、シンプルなデザインのペンダントのスケッチが描かれている。中央に透明なガラス細工がはめ込まれた、涙型のペンダント。だが、ただの装飾品には見えなかった。


「姉は、光細工師でした。数ヶ月前、事故に遭って亡くなりました。でも……私、あれはただの事故じゃないと思ってるんです。」


「ほぉん……」


メルは腕を組み、ノエルをじっと観察する。震える声、必死に押し殺した表情。その目には確かに、消せない疑念と悲しみが宿っていた。


「そのペンダントは、姉が最後まで手放さなかったものです。……どうしても、見つけたいんです。」


「悪いけどな、お嬢ちゃん。――うちは行商人であって、探偵やないんや。」


あっさりと、メルは断った。


「……でも、お金なら払います。……たくさん、準備してきました。」


ノエルは震える手で、革袋を差し出す。中には金貨が、確かに詰まっていた。


だが、メルの表情は変わらない。


「……情報は、時に金より価値があるんや。」


ぴしゃりと、言い切る。


「うちは、割に合わん話は請けへん。残念やけど、他を当たってや。」


「……っ……」


ノエルは俯き、唇を噛んだ。その目元に、かすかな悔しさと、諦めの色が滲む。


「す、すみませんでした……」


そう小さく呟くと、ノエルは人混みに紛れて去っていった。


その背中を、メルはしばらく黙って見送る。


(……ふぅん。妙な依頼やな。)


完全に断ったつもりでも、どこか引っかかる。その違和感を振り払うように、メルは再び商談へと戻った。


だが、この時すでに――“ただの依頼”では済まないことを、メル自身、薄々感じ始めていたのだった。

ノエルの姿が人混みに消えたあとも、メルはいつものように商談を続けていた。だが、心の片隅に、あの黒髪の少女の影が張り付いて離れない。


(姉のペンダント、光細工師、事故死……どこかで聞いたような匂いやな。)


そんな時だった。


「おいメル、最近知っとるか?」


ふいに、古くからの情報屋仲間が声をかけてきた。革の上着にぼろぼろの帽子、目は笑っていても、裏では相当黒い噂がある男だ。


「ん? またロクでもない話か?」


「いや、珍しく真面目な情報や。――光細工師が、ここんとこ立て続けに休業してるってよ。」


「……ふぅん。」


メルの眉がわずかに動く。


「表向きは“病気”ってことになっとるが、よぉ考えてみ? 職人がまとめて休むなんて、普通ありえんやろ。」


「確かにな。」


バルハイムの光細工師たちは、主にガラスや宝飾品に特殊な加工を施す職人たちだ。この街の一つの名物でもあり、帝国の上流階級や商人たちが好んで買い漁る品でもある。


「で、妙な話はもう一つや。」


男は声を潜め、さらに続けた。


「光細工の供給が止まってから、市場で装飾品とガラスが値上がりしてる。特に、裏市場じゃえげつない値段がついとるらしい。」


「ほぉん、誰かが買い占めとるっちゅうことか。」


「まぁな。で、帝国高官の奥様方が、こぞってガラス細工に夢中やと。」


「上流階級の流行? 怪しさ満点やな。」


メルの口元が不敵に歪む。この街では、流行と裏取引は表裏一体。ときに、何気ない装飾品の陰に、とんでもない情報や取引が隠れていることがあるのだ。


「おまけに最近、夜な夜な妙な噂も流れとるで。」


「ほぉ、どんな?」


「“光に照らされた巨大な影”が現れるってさ。でっかい人形みたいなシルエットが、屋根の上を歩いとったとか。」


「おもろいな、それ。」


メルは情報屋からの話を脳内で整理しながら、ふと別の露天商の声が耳に入った。


「なぁ、覚えてるか? 昔ガラス細工が大流行した時のこと。」


「あぁ、あの時の職人、確かノエルとかいう若い娘やろ。えらい才能あったって話や。」


「せやせや。帝国に雇われて、しばらくしてから姿見んようになったけどな。」


(――ノエル。)


さきほどの少女の顔が、鮮明に脳裏に浮かぶ。


(姉が……ノエル・エヴァレット。帝国に雇われてた光細工師。そんで、事故死か。)


その名と、この街を取り巻く異様な空気が、一本の線で繋がった。


「……なるほどな。」


メルは小さく呟き、革袋の金貨をひとつ、コツコツと指で弾く。


(この“探し物”、どうやらただの遺品やないな。帝国、裏社会、消えた職人、そしてペンダント――)


最後に、ノエルが震える声で訴えた姿を思い返す。


「情報は、金より価値があるんや。」


メルはニヤリと笑い、ツインテールを揺らして歩き出した。


メルは市場の喧騒を背に、石畳の小道をゆっくりと歩く。商人たちの声、荷馬車の音、遠くから響く鐘の音――そのどれもが、普段と同じ街の雑踏だ。


だが、耳に入る噂と情報は、そうじゃなかった。


(光細工師の失踪、ガラス細工の高騰、帝国高官の妙な動き、巨大な影の噂、そして――ノエル。)


指先でトン、と革袋の金貨を弾く。その音は、妙に重く響いた。


「ほぉん……」


メルの目が、獣のように細められる。


(ただの依頼ちゃうな。帝国の裏と、きな臭い商会の匂いがぷんぷんする。しかも、あのガラス細工や。)


視界に浮かぶのは、ノエルが見せたペンダントのスケッチ。あのガラス細工には、単なる装飾品以上の“仕掛け”がある――そう直感していた。


「まったく、ろくでもない話ばっかり舞い込んでくる街やで。」


そう吐き捨てながらも、口元は自然と緩む。


(情報は、時に金よりも価値がある。)


それが、メル=ミルディアの信条。金貨を愛し、利益を求め、だが本当に高値がつくのは“情報”――だからこそ、危険も厭わず首を突っ込む。


(どうせ、この街じゃ静かに稼ぐ方が無理な話やしな。)


メルはツインテールを軽く揺らし、歩みを止めた。


遠くの路地裏で、黒髪の少女――ノエルがまだうつむいて立ち尽くしているのが見えた。


「おーい、お嬢ちゃん!」


メルの声に、ノエルが驚いたように振り返る。


「行商人やけどな、たまには好奇心と、金の匂いで首突っ込むこともあるんや。」


「え、あ、あの……?」


「ペンダント探し、引き受けたる。ただし、正式な取引や。見つけたら――相応の礼、しっかりもろたるで。」


ノエルの目が、ぱっと驚きと安堵に染まる。


「ほんと、ですか……?」


「その代わり、途中でビビったら置いてくで? うちは、仕事にゃ本気やからな。」


メルは片目を細め、ニヤリと笑った。


そして心の中で、改めて決意を刻む。


(情報は、時に金よりも価値があるんや――なら、今回はその価値、しっかり回収させてもらうで。)


少女商人の探偵談が、今、始まる。

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