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第5話 友人の宣言と高校時代

「うっそ…マジ?」


仕事中だろうに…大丈夫だからと言う結菜に、出てきたカフェから数件先にあるカフェに引きずり込まれた凛。


否応なく、カフェのハシゴをすることになった。


「…どうして別れちゃったのよ?!文仁、弁護士でしょ?」


「…離婚したことと弁護士、関係ある?」


「あるでしょ…大アリだよ!結婚した時は『うまくやったな』って思ったけど…まさか1年で離しちゃうなんてさー」


結菜にとって文仁は、弁護士という高収入の優良物件、ということらしい。


確かに、すぐに私を専業主婦にしたし、ちゃんと養ってもらったし。


今回だって離婚した後の生活も面倒を見てくれてる。


これはとても恵まれていることなんだろう。


でも…人生で1度くらい結婚しておく、という不思議な理由で結婚した私たちにとって、お互いの職業はあまり関係なかった。


少なくとも私は。


結菜は「信じられない」とでも言いたそうな難しい顔をして、私に「変わってるね」と言った。


「うん…そうなのかも」


あんな両親に育てられたんだ。

多少は変なふうに育ってもおかしくない。


「私なんてさ、出世しそうな男だから付き合ってたのに…急に専務の娘とお見合いして!…ポイよ?…ポイ!」


それはひどい男だと一緒に怒ったものの、そんな思いで付き合っていたなら仕方ない…と思う自分もいた。


そんな本心は上手に隠して、しばらく結菜の愚痴に付き合うことにする。


結菜にとって弁護士と離婚なんてあり得ない失態だというのに、私があまりに飄々としているからか、ずいぶん昔の話を掘り返してきた。


「高校の時から、あのイケメン揃いの水泳部に入れたのに…私たちに何のおいしい思いもさせてくれなかったよね?」


「それは…別に彼らをイケメンとも何とも思わなかったんだもん」


「…なんで何とも思わないわけ?」


愚痴が怒りに変わってる気がする。

…誰か結菜のカフェオレに、酒入れました?



「それは…まぁ、別世界の人たち、だから?」


正直結菜は、騒ぎすぎだと思う。

今も昔も。




甲斐洋平、剣崎文仁。

高校時代、2人は、水泳部の部長と副部長だった。


2人が廊下を歩くと、あっちにもこっちにも、キラキラした目で彼らを追う女子の塊ができた。


そんな2人にゾロゾロついて歩くのは、同じく水泳部の男子メンバー。


イケメンはイケメンを呼ぶのか…なぜか水泳部の男子は皆カッコいいと評判だった。

当時は学校の七不思議に数えられていたほど。



「逆三角形の上半身…それを間近で眺めてるんでしょ?!もぅ〜…!羨ましすぎる!!」


小突かれつつ、そんな風に言われた。


…でも別に、男子の逆三角形を見るために入部したんじゃない。


私には水泳くらいしか特技がなかったのだ。


ならばそこを伸ばしたいと思うのは普通だろう。

当時はまだ高校生。

世の中に出て、何が武器になるのかわからないのだから。


水泳部男子メンバーが移動する廊下は、毎回大名行列か院長回診みたいなありさまだった。


いつも結菜に引っ張っていかれて、女子の塊の一部にさせられたけど、

バイトがある日はそんなこともしていられない。


部活をこっそり休むため、お先に…と手を振ると、結菜はすでに別の女子の塊と同化している。


さすがのコミュ力。私の友達とは思えない。


…避けたつもりが、廊下の曲がり角で、ゾロゾロ歩く一団に出くわしてしまうこともあった。



「…凛ちゃん、大会近いんだけど」


逃げようとする私に立ちはだかる剣崎副部長。


「えへへ…バイトでね。…明日、今日の分も早く泳ぐから、ごめん!」


甲斐部長の目の前で両手をパンッと合わせ、何か言われる前に逃げ出す。


…この2人が水泳部に入ってからというもの、女子の入部希望者が前代未聞の数に登ったと聞いた。


そこで困った顧問の先生が、ふるいにかける方法を編み出した。


水泳の経験があって、4種目すべて泳げるのはもちろん、これまでに何かの大会で優勝経験があることが必須だとしたのだ。


そうなると…ほとんどの人が当てはまらず、私ともう3人の女子が入部。

本気で泳ぎを目的としている人たちの部活として守られることになった。


そんなことから、私たちの代の水泳部の成績は、すこぶる良かった。


男子は全員ガチ勢だったし、女子もそんなふうに選ばれし者たちだったから、当然だろう。


それでも、そんな女子部員の中には、甲斐と剣崎の魅力にひれ伏す者が出てきた。

時々2人が、競泳水着の女子に告られている場面を見たことがあったから。


…どうなったのかはわからない。

結局、私だけだった。

最後までイケメンに溺れなかったのは。


なぜ剣崎にも甲斐にも惹かれなかったのか…

それは、家庭環境も大きく影響していると思う。




愚痴と怒りをごちゃ混ぜにして、ペラペラ喋る結菜の口元を見ていた。


…いきなりテーブルを強めに叩かれ、ハッとした。



「…決めた!私のターゲットは剣崎文仁だ!」


「…ん?」


…文仁を取られる、という心配は別になかったけど、発想に驚いた。


「いい?今度こそ、私にいろんな情報ちょうだいね?!文仁を落とすんだから!」


…時間がないのよ!という結菜。



30歳という年齢の女性に、「結婚」という未来を見据えていた美容室は一定数あった。


確かにまだまだ、30歳までに結婚することを、ひとつの目標に定める女性は多いのかもしれない。


30歳で自ら離婚を選んだ私は、やっぱり少数派なのか…

変わっている…と言った結菜の言葉が、心の中に、静かによみがえった。


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