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第14話 騒動

「…ごめん。私だ…」


画面には『郁』の文字。

姉からだと断って着信を繋いだ。


「…もしもし、あの、後でかけ直すから…」


『凛?今お母さんと、そっち向かってるから待ってて!』


「え?…何それ?」


約束もなく、22時を過ぎた時間に突然やってくるという姉と母…

…出かけてたら、どうするつもり?


「ちょっと待って…私にだって用事が…」


反論虚しく、いいから待っているように言われ、勝手に電話は切れた。



「どうかした…?」


憮然とした凛の表情に気づいた文仁が声をかける。


「勝手過ぎる私の家族から。今から来るんだって…」


「そうなんだ…そしたら俺、お義母さんに挨拶しておいた方がいいか?」


郁と母なら…文仁を巻き込んで、勝手に酒盛りを始めるくらいのことは十分考えられる。


だから結婚をしているときも、ほとんど会わせなかった。


「ううん。離婚のことは私から言う。…私だって、文仁のお父さんにご挨拶してないし…」


普通は離婚して、こんな風に会うことはない。だからお互いの親に報告をするなんて気遣いはないけれど、

私たちには同級生としての付き合いがある。


…私達は特殊な離婚カップルなんだ。


安っぽいマンションまで送ってもらって、そのまま帰すのは気が引けたが、2人が来る以上仕方ない。


凛はお礼を言って文仁と別れた。





「信じられる?…もう会えないって言うのよ?!」


マンションに到着して数分後、郁が母と共にやってきた。


確か一人暮らしの部屋に来るのは初めてのはずだが、そんなのお構い無しに、母はハンカチを噛み締める。


「…本当に何度も思ったけどさ、どうして離婚届にサインしちゃったの?」


実際、口に出して聞くのは初めてではない。


来るって言ってたのに来なかった、やっと来たのにすぐ帰った…

泣いてわめく母を不思議に思うのは今も同じ。


「だって…龍二、子供はいらないって言うんだもの。子供と暮らしたら、丸くなるばっかりで嫌だって」


年子で子供を産ませておきながら、私が乳飲み子だった頃にはすでに離婚して家を出ていた父、龍二。


なのに不思議なことに、女としての魅力は感じていたのか、母とは付き合い続けていた。


父であるのにそう呼べなくて、家に来ても一緒にご飯を食べなくて。


この人はいったい誰なんだろうと、子供心に思ったのを覚えている。



もう少し成長すると、私たち娘は、父親である龍二にとって、いらないもの…と思うようになった。


姉の郁は「そっかいらないんだ〜」と、あっけらかんとして見えた。


でもその後しばらく、年上の人とばかり付き合っていたから、心に傷はついたと思う。確実に。


離婚して、母に自分の子供を押し付けて、母との付き合いだけを選んだ父。


母の女としての部分しかいらないとしたら、それは丸ごと愛されているわけじゃない。


それなのにどうして、大好きだなんて言えるのか、子供の私にはわからなかった。



今回はそんな2人に、ついに別れの危機がやってきたというわけだ。



「龍二さん、他の女のものになっちゃったのかね?」


会えない、と言われたなら、そうに決まってる。

なのに、母の反論は激しかった。


「…そんなわけない!龍二は離婚しても私から離れなかったのよ?これ以上の愛がある?」


血相を変えて否定する母。

…自分は捨てられた。

平たく言えばそうなるのに、そこからは目をそらしたいらしい。




「龍二とは相性がいい」なんて、生々しいことを平気で言う母だ。


若い時なら「可愛い」ですんだものが、「恥じらいがない」に変化していることに、気づいていないのだろう。


そんな部分に嫌気がさした可能性も大きい。


「…どちらにしても、今までの付き合いが普通じゃないのよ。…もういいじゃない。別々の人生を歩めば」



…言いながら気づいた。

今の言葉、自分と文仁にも言えると。


「普通じゃなくても良かったの!龍二さえいれば!」


金切り声で叫び、泣き崩れる母。


突然切り出された「もう会えない」という言葉に振り回されて、父の本心がどこにあるか…考える余裕などないらしい。


まぁ…知ったところで、という話。

別れると伝えられたら、別れるしかない。


…私なら、そうする。

たとえ自分は別れたくなくても…本心を隠して、別れると思う。


文仁は…どうだったんだろう。

理由を聞いただけで、すぐに離婚に応じてくれた。

本当は、何か言いたい事があったんじゃないか…



「もう諦めてさ、お母さんも2人目3人目の彼氏で手を打ちなよ!何人もいるでしょ?彼氏!」


郁の言葉に、あぁ、そうだった…と思い出す。

…母はそういう人だった。


それなのに、母は意外な告白をした。


「…いない!私には…ずっとあの人だけだったのよっ!」


何人も恋人がいると言ったのは、それが父に対する精一杯の虚勢だったと知って、さすがに不憫になった。


せめて、はっきりした理由をつけて別れを伝えればいいのに。

心の中で父を睨んだ。





泣きわめく母となだめる郁は、結局凛のマンションに泊まっていった。


そこで…翌朝起きてきた郁に、これでもかと水分を取らせたのは…せっかくの休日に、2人の二日酔いに付き合わされるのはごめんだから。



「早く酔いを覚まして、お母さんを連れて帰って!」


私と両親の仲の悪さを知っている郁。昼過ぎには、まだ酒臭い母を連れて帰ってくれた。


泣いてもわめいても愚痴っても、状況は変わらないと、少しは理解しただろうか。


ホッとため息をついた途端…訪れた静寂を破った携帯の着信。

文仁かと思って画面を覗く。


「え…このタイミング?」


意外にも、表示されたのは…つい先程まで話題の中心だったあの人の名前だった。


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