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第24話 関係性

残りのビールを飲み干した文仁。


多分、かなりぬるくなっていると思うのに、文仁はふぅ…っと息をついた。


「どんな名前の関係なのか考えるより、もし…凛に好きな人ができたら教えて欲しいし、俺はまぁ、可能性はほとんどないけど…とにかく、お互い自由でいいと思うんだよ。龍二さんが亡くなって、1人でいたくなくて一緒に暮らした。それだけで…」


文仁にしてはしどろもどろで要領を得ない話だと思う。でも、言わんとしていることは伝わった。


「お互い、素直でいようってことね?言いたいことや思ったことは、その都度話そうって、そういうこと?」


「うん、まぁ、そういうこと」


「それじゃあ…今感じている本音を言うね。…文仁と一緒にいるあの家は、すごく居心地がいい!」


文仁は…?と聞き返してみれば…


「…俺は、さっき言ったじゃん」


もう一杯頼むつもりのようで、スマホに視線を落とす文仁。


はて、何を言ったっけ…と、思いを巡らせながら、私ももう一杯ビールを頼むことにした。








…酔いは頭と足にくる。

どんな人も、共通してそうなるものなのかは…わからないけど。


うっすら頭にモヤがかかって、 左右に揺れる体が心地いい。


「危ないよ」


同じか…それ以上飲んだはずなのに、文仁は余裕。

私の手を引いて、足元に気を配ってくれるのはありがたい。


…こんな風にしてくれる人、他にいるかな。


ふと、そんなことを思った。



「明日は休みだから、少し眠ってからシャワーしてもいいんじゃない?」


家について、文仁はベッドまで連れて行ってくれた。


そうだね…なんて言いながら、早くもまぶたが落ちていく。


おでこのあたりから、するりと髪の間に指が入る…

滑っていく感触が妙に気持ちよくて、もっとして…と、言ってしまった。



目が覚めたのは明け方だった。

服はそのままだけど、靴下がなくて…文仁が脱がしてくれたのだと思う。


カーテンの向こうは、まだ明けきらない空が夜の蒼を残し、オレンジ色の朝焼けが複雑な模様を描いていた。


音をさせないようにそうっとベランダに出て、そんな空を見上げる。


立ち上がって気づいた…

シャツのボタンがいつもより多く外れてる。

…寝ぼけて着替えようとしたのかな。



…昨日の文仁との話が頭に思い浮かんだ。


やたらたくさんの言葉を並べていた気がする。要するに、とか…何が言いたいかっていうと…なんて言葉を使いながら、うまく言えない姿が愛おしかった。


私たちは、お互いを大切に思っている。この、奇妙な同居生活も。


…それは、どうしてなんだろう。


愛…

胸に渦巻く気持ちをそう呼ぶなら、素直に伝えた方がいいのかな。


文仁も同じように思ってくれているとしたら、愛の言葉を返してくれるかな。


…いや、見返りを求めるなんて、愛じゃないのかもしれない。


…頭がグルグルしてきた。


ずっと、愛なんて言葉から遠いところに身を置いていたから混乱する。


好き…が愛に変わった…?


そういえば、友人たちはそんな言葉をたくさん使っていた。


好きだよ愛してるよ可愛いよ…と。


それはどんな気持ちなのか、今度誰かに聞いてみようか…



「…起きたのか」



ガラっと窓が開いて、寝起きの低い声に振り向く。



「あー…気持ちいいな」


ベランダに出てきて、ぐいっと体を伸ばす文仁。


凛は口元に人さし指をまっすぐ立てて、「シー…ッ」と言った。



「まだ寝てる人がたくさんいるからね」


「よく言うよ…!昨日ベランダで変な歌を歌ってたのに…!」


「うそっ!?」


部屋に戻りながら、何も言わない表情が、からかっているとわかる。


「…もうっ!」


拳で背中をパンチしてやった。





「今夜、ちょっと人と会うから、夕飯いらないわ」


意外にも早朝の朝食となったダイニングテーブルで、向かいに座った文仁が言う。


「…そっか。わかった」


胸に広がるぼんやりした寂しさに、凛は気付かないふりをして、サラダにドレッシングをかける。



「誰と会うの…?とか、聞かないの?」


「え?…いや、聞いていいの?」


「聞いたことないじゃん。本当は聞きたかったんじゃない?今まで」


…図星だった。


夫婦でいた時も、同じような会話はあったわけで…でも、誰と会うのかなんて聞いたことない。


聞いちゃいけない。聞く権利はない。縛っていい存在じゃない。

そう思って聞けなかったのは事実。


だって私たちは、愛し合って結婚したわけじゃないから。



「青木泉先生っていう弁護士だよ。

今はニューヨークで国際弁護士として活動してる。早い夏休みを取って、帰国してるらしいんだ」


たくさんの付随情報と共に、惜しげもなく明かしてくれた。


「文仁が弁護士になる時、お世話になった先生なの?」


「そう…だな。弁護士を目指すきっかけになった人。…うちの親の離婚の時お世話になって、それからたまに連絡が来る」


「ご両親の、離婚で…」


文仁の親は、どんな事情があって離婚したんだろう。

そんな話は、夫婦だったときも聞いたことがない。


「母と離婚して、父親に引き取られた。

その数年後、再婚した人と…また離婚することになって…その時、青木先生にお世話になったんだ」


2度の離婚を経験した父親を、文仁は間近で見てきたことを知る。

…弁護士を間に挟むということは、それなりに揉めた離婚だったのだろう。


「いろいろあって…当時を思い出すから俺はあんまり会いたくないんだけど、やたら心配するから…連絡が来た時は、元気な顔を見せてるわけよ」


聞いていいかな…とまた悩む。

でも、水を向けてくれたのは文仁だ。


「おいくつ…なの?」


「泉先生?…42歳かな」


まだ若い人だと…とっさに思った。

自分が何を思っているのかわかって、いたたまれなくなる。



「凛のこと、話してくるから」


「私のこと…?」


「雑なプロポーズを受けてもらって結婚したけど、愛想を尽かされて離婚して…だけどまた一緒に暮らしてる、って」


すました顔で、淡々と言う文仁。

そんな複雑な関係を話したら、かえって心配させるんじゃないかと思う。



「…皿、ちょうだい」


後片付けに立ち上がった文仁が、キッチンスポンジを泡立てながら、振り向いたので、素直に皿を差し出した。


凛は、この複雑な関係を、その弁護士に話して欲しいと思った。

今、文仁には一緒に暮らしている女性がいると。


それは、少しくらい年上でも、文仁に惹かれてアプローチをしてくる人もいると…思ったから。


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