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第27話 素直に

もしかしたら自分は、無敵なのではないかと思う時がある。


「よく寝てたな」


それは…目を覚まして、自分より大きな体にすっぽり包まれている時。



近づいてくる唇に、自然と自分のそれを差し出し…触れて絡み合って、見つめ合う瞳に色を灯し合う幸せ。


どちらからともなく、お互いの体に触れ合い、官能を高めあう。


少しの恥じらいと、それを上回る愛欲が、2人を突き動かし、まだ見ぬ高みへと上り詰めていく。




妙に高い声が漏れて恥ずかしい…


「いいから…聞かせて」


手を取られ、指を絡ませてくれる。


人を愛し、愛される幸福感を、私は文仁と一緒に…深く強く感じていた。




「…寝室は一緒にしたい」


何も隠さなくなった文仁。

自分の思いを、考えを、衝動を…


「うん。…それじゃ、ここに」


すでに一緒に寝ているベッドを指さす。


「いや…俺にちょっと考えがある」


過去を打ち明けてから…文仁は少年のような表情をすることが多くなった。


…この時もそう。

キュッと口角を上げて、純粋な笑顔を見せてくれる。


怒られるかもしれないけど…そんな文仁を、子犬みたいな可愛らしさだと思っていた。






「…え?なに、模様替えしたの?」


「うん。寝室だったところは、俺の書斎にした」



郁に呼び出され、出かけた休日。

すっかり甘くなった文仁が嫌がるかと思ったら…すんなり私を追い出して、こんなことをしていたとは。


「…1人でやったの?」


「いや、甲斐に来てもらった」


…ということは。


「凛と暮らしてるって言ったよ?」


「そっか。…そうだよね」


離婚したけど…いろいろあってまた一緒に暮らし始めた。

それは珍しいことだと思う。でも私たちには、必要な冷却期間だったということ。


冷ますほど、離れてはいなかったけど。


「とりあえず、香澄には連絡しておこう…」


もし甲斐から話を漏れ聞くことがあったら…きっと彼女はとても心配する。


私と同じで地味で目立たなかったけど、彼女の誠実さは本物だ。

だから、心配をかけたくない。



模様替えした室内を見て回ると…寝室は、確かにベッドがなくなっていた。


代わりに、本棚とデスクが入っている。


「戸は…?どうしちゃったの?」


寝室はリビングに隣接する部屋だ。

引き戸で開け閉めするようになっていて、休む時はそこを閉めて眠っていた。


その引き戸がなくなってる…


「外したよ?…レースのカーテンでもする?」


「それはいいけど…ということは、今までの文仁の書斎が、今度は寝室なの?」


「そういうこと」


リビングから玄関までの短い廊下の脇に洋間がある。

今まではそこが文仁の書斎だった。



「わぁ…」


ベッドとソファ、それに寝室にあったチェストも移動している。


「このソファって…」


「うん。部屋を分けるために買ったソファベッド」


「…こっちに置くの?」


「まぁね。…もう書斎で寝落ちする気ないし、喧嘩してベッド追い出されても、同じ部屋で寝たいから」


…文仁の思いを聞いて、心に花が咲いたような気持ちになった。


「嬉しい…書斎で寝ちゃって、一緒に寝れなくなって、寂しかったから…」


それを、ちゃんとわかってくれた。

もう同じ間違いはしないって決心してくれた。


書斎の戸を外したのも、きっと同じ理由だ。



「これからは、仕事があっても…閉じこもらないから」



文仁の手が凛の背中に触れる。

自然と詰まる距離を自らゼロにして…凛はその胸に顔を埋め、広い背中に腕を回す。


文仁の腕は開かれ、右手で凛の後頭部を撫でながら、自分の顎の下に来る小さな頭に頬を寄せた。


「また…すっぽりだ…」


「ん…?」


「文仁に抱きしめられると、私なんて見えなくなるくらい、すっぽり包まれるなぁ…って」


「隠してるんだよ?…大事なものだから」



遅れてやってきた、私たちのハネムーンタイム、とでも言うのだろうか…。


糖度が高すぎて、溶けてしまいそうだーーー…




「ところで郁さん、その後どうしたって?」


恋人の奥さんが、馬乗りになって郁を殴ったというあの話。


…そうだった。

郁に聞いた驚きの話を思い出した。




私に腕を解かれ、キッチンに向った文仁は、冷蔵庫から大事そうにぬか床を取り出す。



「別れたんだって…」


「へぇ…けっこうすんなりいったね。凛、ずいぶん心配してたのに」


文仁は、手元のぬか床から、2〜3日漬け込んだきゅうりを、宝物でも探すように探し当て、嬉しそうだ。


「…ねぇ、トマトとか漬けたら…」

「やめて?…」


顔を見合わせて笑う。



…郁の話も、幸せな報告と取っていいのだろうか…


『好きな人ができた…!』


はにかんだ笑顔を見せた、郁の顔を思い出した。


「クマと別れる時はすったもんだしたらしいんだけど…いろいろ思うこともあったみたい」


「馬乗りで殴られて…やっと目が覚めたか?」


文仁が苦々しい表情になるのは、離婚訴訟や不倫の慰謝料請求など、本格的に拗れて揉めて、傷ついた夫婦をたくさん見てきたからだと思う。


「…慰謝料は?クマさん夫妻は、離婚には至らなかったのか?」


「奥さんは、クマが戻ってくればそれで良かったみたい。…聞いて驚いたんだけど…」


凛は眉間にシワを寄せ、文仁に真剣なまなざしを向けた。


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