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第3話 重くなる"仕様"

 駅にはちらほらとしか人の姿がない──ここは人気ひとけのない駅だった。

 一度発車したら数時間は来ない電車を待ち、大容量のリュックサックを隣に待合室に座る人がポツポツいた。


「やっと着いた……」


 少年はだらしなく膝に手をつき、肩を上下に揺らしている。

 例の"仕様"によって小さくなっていた少女の身体は、少し大きくなった──5歳くらいの見た目だったはずが、小学1年生くらいにまで成長していた。

 多少は聞き分けが良くなり、今は少年の服の裾を掴んでちょこんと佇んでいる。


「……さっきよりもデカくなったか?」


「気にするな。いつも通りだから」


 少女はドヤ顔をキメるが、なんの答えにもなってねーじゃん、と少年は胸の内で思うが声に出さないでいた。


「はやくいこーよぉー」


 相変わらず我儘なところは戻っていない。

 幼子はこういった所が可愛らしいと思われるのかもしれないが、少年からしてみれば、今は少し黙っていろ、だ。


 血と汗の臭いが染み込んだ服で、額にかいた汗を拭う。

 乱れた呼吸が元に戻ると、死んだ魚のような目に光が宿る。


「よし、行こうか」


 少年はそう呟くと、少女を連れて駅の構内へと入っていった。

 待合室とトイレしかなく、クーラーはない。なので夏の暑さをギュッと閉じ込めたような空気が吹きかかる。

 服が肌にベタつきなんとも言えない不快感に駆られる。


 ひとまず切符を買おう、と券売機の前まで来てみたがここで問題が起きた──


「このカードを使って二人分の切符を買ってー」


 ふふんっ♪、と鼻を鳴らしながらポケットから取り出したのはデビットカード。

 俺を100億円で落札したくらいだ。相当お金が入っているのだろう。


「あれ?」


 機械に暗証番号を打つ彼女の腕がダランと垂れ下がる。


「おい……どうしたんだよ……」


 まさかと考えたくないことが頭を横切り、少年は不安そうな声で少女の肩を揺らす。


「ない……」


「何が!?」


「残高が」


 目の前が真っ暗になる。

 なんなら膝から崩れ落ちそうだったが、公衆の面前で恥を晒してたまるか、と何とか持ちこたえる。


「だから、はい」


 少女がとったポーズに見覚えがあった。

 これは"だっこしろ"のポーズだ。前回の時と違っているところがあるとすれば、表情が優しくなったところだろうか。

 未だに少女の姿が変わった件について理解が追いついていないからか、無性に腹が立ってくる。


「お前もう自分で走れよ!」


 声を荒らげ、少女に言い捨てる。

 そして続けて「こんな物捨ててやるッ!」とネックレスに手を触れた。その時だった──


 少女の言葉も無しにネックレスが深い紫色に濁り、禍々まがまがしい光を放ち始めた。

 濃紺のひし形に巻き付いた蔓は、容赦なく少年の腕に絡まる。


「クソッ……なんなんだよこれは!」


「一度そのネックレスを着けたら、もう逃れられない。さあ、早く。【おんぶしろ】」


 無理に抵抗して体力を消費するのは馬鹿馬鹿しいので、素直に要求を呑むことにした。

 少女は少しずつ大きくなり、その分体重が重くなった。

 初めは何とかなったが、駅まで走っていたのも相まって疲労はもう極限状態。狭くなる歩幅。どこからともなく湧き出てくる倦怠感。


 少女が目指している東京までは程遠いが、二人を取り囲む景色に変化があった。

 外を歩く人の数が増え、自動車の排気ガスの臭いが濃くなった。


 そして少年は耐えれなくなり、ついに言ってしまった。「重い……」と。


 暗くジメジメとした路地裏に鋭い音が鳴る。


「いっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜たッ!!!」


「最低っ!女の子に重いって、何よ、もうッ!」


 バシバシと背中を殴りながら少女は言う。


「いデデデデデデデデデデデデデデデッ!!!」


 傷口が開き、情けない声が響き渡る。

 目に涙を滲ませ、喉を震わせながら、必死に少女の小さな体を引き離そうとする。


「危ない! 危ない! 危ない!」


 振り落とされないように少女は、爪を立てて背中にしがみつく。それは開いた傷口へのトドメの一撃だった。


 少年はその痛みに耐えれず、その場に崩れ落ちるのだった。



     ◇



 ──その頃、もう一つの“視線”が、二人を捉えていた。


 路地裏でコントのような会話をする少年と少女の姿を、遠く離れたビルの屋上から見下ろす影がある。

 黒いローブを羽織り、顔をフードで隠した男。右耳にはインカム、手には軍用の望遠鏡を構えていた。


「捕獲対象を確認。例の女と一緒にいます。どうなさいますか?」


 小さく呟いた声に、すぐ応答が返る。

 インカムから漏れるノイズ混じりの声は、抑えきれない殺気と苛立ちに満ちていた。


『女は殺せ、クローンは生け捕りだ』


「了解しました」


 男はわずかに口角を上げる。

 それは獲物を狩る前の獣が見せる、ぞっとするような笑みだった。


「必ず、ボスの欲するを連れて帰ります」


 ビルの屋上を吹き抜ける風が、ローブの裾をはためかせる。

 その影は、音もなく確実に、二人のもとへと迫っていた。

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