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第4話 路地裏に響く破裂音

 乾いた破裂音が、路地裏の静寂を引き裂いた。

 一瞬、時間が止まったような気がした。


【伏せろ──!】


 叫ぶように言い放たれた少女の言葉は、一発、二発と続けて鳴り響く銃声に掻き消される。


 二人はすぐさまエアコンの室外機の陰に隠れ、空から降り注ぐ銃弾から身を守る。

 隣にいる彼女は左腕を抑え、痛みで顔をしかめていた。


「お前……被弾したのか?」


「うん、見ての通りやられた……武器を忘れた日に限ってこんな目に合うなんて」


 ハンカチで腕を縛りながら少女は悲痛な声を漏らす。

 血が腕を伝い、ぽたり、ぽたりと地面に落ちる。鉄のような臭いが鼻を突き刺し、少年は思わず顔をしかめた。


 本調子であれば、どうして武器を忘れるんだよ、とツッコミを入れるところだが、それどころではなかった。

 生まれて初めて──本気ガチで、誰かが自分たちを殺そうとしていると感じた。

 少女は運良く死を免れたが、あと10センチほど銃弾が横に逸れていたら、頭などに当たっていたら生命を絶たれていたところだった。


 妙なネックレスを貰い、突然幼児化した彼女を背負って何キロも走らされた。

 こんな所で死なれたら困る。密かに練っていた復讐の計画が、全部台無しになる。


 などと考えていると目の前に一人の男が降ってくる。

 気配すらなかった。気づけば目の前に、男が落ちてきていた。

 腰には警察が着けるようなホルスターが。その隙間から銃が覗いている。

 その手には、蛍光灯の光を鈍く反射するナイフが握られていた。


 それを見て少年は、先程の攻撃はコイツの仕業だ、と確信を持つ。

 服越しであってもその鍛えられた自慢の肉体がよくわかり、そこからは人を殺すための努力が見える。


 手負いの主人を庇うように、少年は一歩前に出る。

 この絶望的な状況を打開する方法はない。

 唯一の救いは、足元に鉄の棒が落ちていたということだ。


 少年が鉄の棒を拾った瞬間、男が手首を一閃。

 カン、と甲高い音と共に、棒が遠くへ吹き飛ばされる。


「は…………………………?」


「ダメ……君じゃアイツに勝てない!」


 悔しいがそれが現実ということだろう。

 今の攻撃……少しも見えなかった。目を酷使しすぎているせいか、全く動きが読めなかった。

 あわよくば彼女だけでもどうにか助からないだろうか。


 そう思い脳内でシミュレーションをするが、自分は一瞬で殺られ、時間なんて数秒も稼げない光景が浮かび上がる。

 自然と鳥肌が立ち、一歩後ろに下がる。


「なんて面白みのないガキだ。少しは楽しませてくれると思ったんだがな。今は手加減してやったが、次はねぇぞ?」


 男はゆっくりと一歩、また一歩とこちらに歩を進めてくる。

 靴底がアスファルトを擦る音だけが、路地に響いた。

 その手には、まるで日用品のように無造作に握られたナイフ。


 可能ならば今すぐこの場から逃げ出したかった。

 しかし少女一人を置いて逃げよう、と考えると胸が締め付けられるように傷んだ。


「お、俺が命懸けで戦う……だからお前は──」


「逃げないよ」


 自分の意思がしっかりと籠った、芯のある声。

 光が宿ったその瞳を見ていると、絶体絶命の状況さえも一瞬だけ嘘のように思えた


「逃げない。君は私の奴隷であると同時にたった一人の"相棒"だから。死ぬ時は絶対に同じ」


 どうしてだろ。その声を聞いていると心が休まる。緊張がほぐれる。


「もう、から」


 何が──少年が聞き返すよりも先に事態に大きな変化があった。


 風を切って一筋の剣のようなモノが目の前の地面に突き刺さる。

 少年は記憶にない見た目のそれを注視する。


 剣に見えるが、銃にも見える……?


 その考えはあながち間違ってはいなかった。

 後ろに控えていた少女は、ゆっくりと足を進める。


「やっと来たか」


 彼女の足元に吹く風が、まるで再会を祝うように優しく舞う。

 一歩、また一歩と踏みしめるその足取りは、まるで舞台に立つ役者のようだった。


 を見つめるその瞳に、少年は見たことのない”何か”を感じた。


 ……これはただの武器じゃない。


 ニッと口角を上げると、少女は迷いなく手を伸ばす。


「会いたかったよ──愛銃剣ノア


 刃と銃身が融合した異形のフォルム。触れた瞬間、少女の足元に風が巻き上がる。


 優しく銃剣を撫でる彼女の表情は、まるで最愛の人に向けるようなものに見える。

 家族や恋人の形見……今考えるのはよそう。


「心配しないで。君はそこで大人しく見てるといいわ。完璧で最強な美少女であるこの私が、アイツを完膚かんぷなきまでに叩きのめすから」


 顔に出てしまっていただろうか。


 少年はサッと頬に手を当てて確かめる──が、何も異変はない。

 単なる少女の勘が鋭いだけだろう。


 一歩ずつ前へ突き進んで行くの背中はとてもたくましい。

 その背中は眩しかった。だが同時に、胸を刺すような無力感が襲ってきた。


 深い傷を負いながらも、自ら目の前の強敵に立ち向かう。

 俺さえいなければ、一人で逃げるということなど容易たやすいはずなのに。

 俺は弱い。これからもずっと彼女に守られるだけの人生なんて真っ平御免だ。


 少女はと言うと、今まさに敵と対峙し、銃口をお互いに向けあっている。

 銃剣を構えるその姿はどこか楽しそう。


「最初で最後の警告。今すぐその銃を捨てて逃げて」


「自分の方が強いと思ってるの?自意識過剰すぎるでしょ。これだからガキは嫌いなんだ」


「そう、抵抗するんだね」


 少女はまるで確認するかのように呟く。

 そして──銃の乾いた破裂音が薄暗い路地裏に響いた。耳障りな音と共に。

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