「犯した罪?」
少年は痛む腰をさすりつつ、険しい顔をしていた。
一方、少女は呆然と口を開け、瞬きすら忘れていた。
「あらあらー。自覚なかったの?でも罪はなくならないよ。法律と同じだよ」
若干語気を強めて、女はさらりと言い放つ。
「お前何をやらかしたんだよ」
「えっ、知らないよ! それとお前呼びやめてくれない」
「今更かよ! てか今する話か、それ」
「いっそのこと名前で呼び合ったらどう」
会話が聞こえないよう、敢えて小声で話していたというのに、女は割って入って台無しにする。
聞こえるはずのない声が、どうして聞かれたのか。二人は驚きを隠せないでいた。
「そ・れ・に、貴方達まだ名前を知らないの? それとも名前で呼ぶのが恥ずかしいのー?」
その笑みは、からかうというより心底楽しんでいるようだった。
ティナが目を伏せ、少しだけ唇を噛んだ。
「……私は、ティナ。よろしくね、相棒」
言い終えた直後、そっと手を差し出す。
少年は一瞬ためらったが、照れくさそうにその手を取った。
「……七瀬レイ。こっちこそ、よろしく」
手が重なり、二人の視線がふと交差した。
ほんの少しだけそこに温もりが生まれかけた。そのとき。
「うわ、青春してんじゃ〜ん!」
突然背後から声がして、二人は慌てて手を離す。
自分でこうなるように仕向けておきながら、この有様だ。
「ちなみに、私は“ミヤビ”。これからよろしくね? レイくん。ティナちゃんは改めてよろしくね」
「先輩って何年経っても老けませんよねー」
二人は仲がいいな。そう、レイは胸の中で呟いた。
「たくさんお金をかけてるからねー。ティナちゃんも私ぐらいの歳になったら、嫌でもよく分かると思うよ」
ふふふ、と不気味な笑い声と共に、ミヤビは自分の頬に手を触れる。
その奥に隠れたドス黒いオーラから、二人は背筋が凍るのを感じ、これ以上は触れないようにした。
「さて」
自分の見せてはいけない一面が顔を出していることに気づき、胸の前でパンッ、と手を叩いて感情を整える。
そして優しく微笑んでから口を開く。
「とにかくここではできない話もあるから、場所を変えましょうか。お願いね
「了解」
耳元でロボットのような無機質な声がしたかと思えば、首に衝撃を感じて二人は気を失う。
「……まだまだだな」
その声には落胆の意がこもっていた。
◇
暗闇の中、誰かの声が聞こえた。
『レイに触れないで、この子は私が痛みと共に天から授かった子なの! もうこれ以上……私から何も奪わないで!』
必死に叫ぶような声。どこか苦しそう。
どこからともなく聞こえたその声は、水に溶ける絵の具のように消えた。
次の瞬間、視界がぐらりと揺れる。
「起きて……ねぇ、レイってば起きてよ!」
レイはゆっくりと目を開くなり周りを見渡す。
会議室のような一室。ティナの他には……ミヤビと知らない覆面男。
漆黒のフェイスマスクにローブ。いかにも人を殺めてそうな目で睨まれ、若干たじろぐ。
「ちょっとカグヤさん……いくらレイの信用がないからって、私まで眠らせる必要ってありましたか!?」
「すまなかった」
"カグヤさん"と呼ばれた男は、軽く頭を下げてわかりやすく反省の意を示す。
恐ろしい見た目とは対照で、礼儀正しく優しそう。
「ではその男のことだが、ティナ、君はどう説明してくれる?
人とは思えないその声は冷たく、ノイズが走っていた。
対してティナはふざけた様子など少しもなく、真剣な顔で言葉を探していた。
「わ、私の能力の
「あぁ、よく知っているとも……しかしそれは理由になどならない」
能力? 代償? なんのことだ。
目の前で火花を散らして睨み合う二人。それを横目にレイ深く考える。
周囲から見てもティナは一般人ではない。一瞬で移動するかと思えば、少し視線を逸らした隙に幼児化する。
どれも研究室では見たことのないが、人間離れしていることはわかる。
「あなたの能力は一時的に身体能力の急上昇。羨ましいわ」
だからティナはオークション会場で姿を消したのか。
レイはパズルのピースを当てはめるかのように、頭の中で今までに見て、感じたことを繋ぎ合わせる。
「だけどその分代償はある。幼児化する、だったかしら」
それはレイが一番不思議に思っていたことだった。
自分が何故小さくなった主人を背負わないといけないのか、とずっと心の奥に引っかかっていたものが綺麗にとれて、なくなった。
「そう……です」
「そしてその能力を少し使ったから、知能が幼児化しちゃったってことでいい?」
「はい」
「わかった」
カグヤはその場でフリーズする。まるでそこに魂がないかのように。数秒の間が空いて──
「ボスに確認してきた。その男の身柄は組織が預かることになった」
鋭い目つきでそう言うと、一瞬にしてレイの背後に立ち、そして両腕を拘束する。
「ま、待て!」
「……」
足掻いても力量では勝てないのはわかっているので交渉に、と思い、声をかけるが完全に無視されるり
「ストップーーーーッ!!!」
四人で話すには広すぎる部屋に、ティナの大声が響く。
そして何を考えたのか、決心したように目をかっと開いて──
「私に提案がある」
芯のある声が、残響と共に消えていった。