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第6話 幼児化の真実

「犯した罪?」


 少年は痛む腰をさすりつつ、険しい顔をしていた。

 一方、少女は呆然と口を開け、瞬きすら忘れていた。


「あらあらー。自覚なかったの?でも罪はなくならないよ。法律と同じだよ」


 若干語気を強めて、女はさらりと言い放つ。


「お前何をやらかしたんだよ」


「えっ、知らないよ! それとお前呼びやめてくれない」


「今更かよ! てか今する話か、それ」


「いっそのこと名前で呼び合ったらどう」


 会話が聞こえないよう、敢えて小声で話していたというのに、女は割って入って台無しにする。

 聞こえるはずのない声が、どうして聞かれたのか。二人は驚きを隠せないでいた。


「そ・れ・に、貴方達まだ名前を知らないの? それとも名前で呼ぶのが恥ずかしいのー?」


 その笑みは、からかうというより心底楽しんでいるようだった。


 ティナが目を伏せ、少しだけ唇を噛んだ。


「……私は、ティナ。よろしくね、相棒」


 言い終えた直後、そっと手を差し出す。


 少年は一瞬ためらったが、照れくさそうにその手を取った。


「……七瀬レイ。こっちこそ、よろしく」


 手が重なり、二人の視線がふと交差した。

 ほんの少しだけそこに温もりが生まれかけた。そのとき。


「うわ、青春してんじゃ〜ん!」


 突然背後から声がして、二人は慌てて手を離す。


 自分でこうなるように仕向けておきながら、この有様だ。


「ちなみに、私は“ミヤビ”。これからよろしくね? レイくん。ティナちゃんは改めてよろしくね」


「先輩って何年経っても老けませんよねー」


 二人は仲がいいな。そう、レイは胸の中で呟いた。


「たくさんお金をかけてるからねー。ティナちゃんも私ぐらいの歳になったら、嫌でもよく分かると思うよ」


 ふふふ、と不気味な笑い声と共に、ミヤビは自分の頬に手を触れる。

 その奥に隠れたドス黒いオーラから、二人は背筋が凍るのを感じ、これ以上は触れないようにした。


「さて」


 自分の見せてはいけない一面が顔を出していることに気づき、胸の前でパンッ、と手を叩いて感情を整える。

 そして優しく微笑んでから口を開く。


「とにかくここではできない話もあるから、場所を変えましょうか。お願いね


「了解」


 耳元でロボットのような無機質な声がしたかと思えば、首に衝撃を感じて二人は気を失う。


「……まだまだだな」


 その声には落胆の意がこもっていた。



     ◇



 暗闇の中、誰かの声が聞こえた。


『レイに触れないで、この子は私が痛みと共に天から授かった子なの! もうこれ以上……私から何も奪わないで!』


 必死に叫ぶような声。どこか苦しそう。

 どこからともなく聞こえたその声は、水に溶ける絵の具のように消えた。


 次の瞬間、視界がぐらりと揺れる。


「起きて……ねぇ、レイってば起きてよ!」


 レイはゆっくりと目を開くなり周りを見渡す。

 会議室のような一室。ティナの他には……ミヤビと知らない覆面男。

 漆黒のフェイスマスクにローブ。いかにも人を殺めてそうな目で睨まれ、若干たじろぐ。


「ちょっとカグヤさん……いくらレイの信用がないからって、私まで眠らせる必要ってありましたか!?」


「すまなかった」


 "カグヤさん"と呼ばれた男は、軽く頭を下げてわかりやすく反省の意を示す。

 恐ろしい見た目とは対照で、礼儀正しく優しそう。


「ではその男のことだが、ティナ、君はどう説明してくれる? はお怒りだ。答えようによってはその男の所有権は組織で預かることになる」


 人とは思えないその声は冷たく、ノイズが走っていた。

 対してティナはふざけた様子など少しもなく、真剣な顔で言葉を探していた。


「わ、私の能力のについて、あなた達はよく理解していると思います」


「あぁ、よく知っているとも……しかしそれは理由になどならない」


 能力? 代償? なんのことだ。


 目の前で火花を散らして睨み合う二人。それを横目にレイ深く考える。

 周囲から見てもティナは一般人ではない。一瞬で移動するかと思えば、少し視線を逸らした隙に幼児化する。

 どれも研究室では見たことのないが、人間離れしていることはわかる。


「あなたの能力は一時的に身体能力の急上昇。羨ましいわ」


 だからティナはオークション会場で姿を消したのか。


 レイはパズルのピースを当てはめるかのように、頭の中で今までに見て、感じたことを繋ぎ合わせる。


「だけどその分代償はある。幼児化する、だったかしら」


 それはレイが一番不思議に思っていたことだった。

 自分が何故小さくなった主人を背負わないといけないのか、とずっと心の奥に引っかかっていたものが綺麗にとれて、なくなった。


「そう……です」


「そしてその能力を少し使ったから、知能が幼児化しちゃったってことでいい?」


「はい」


「わかった」


 カグヤはその場でフリーズする。まるでそこに魂がないかのように。数秒の間が空いて──


「ボスに確認してきた。その男の身柄は組織が預かることになった」


 鋭い目つきでそう言うと、一瞬にしてレイの背後に立ち、そして両腕を拘束する。


「ま、待て!」


「……」


 足掻いても力量では勝てないのはわかっているので交渉に、と思い、声をかけるが完全に無視されるり


「ストップーーーーッ!!!」


 四人で話すには広すぎる部屋に、ティナの大声が響く。

 そして何を考えたのか、決心したように目をかっと開いて──


「私に提案がある」


 芯のある声が、残響と共に消えていった。

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