目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第7話 日常が壊れる予感

「「「提案?」」」


 らしくもなく真面目な顔で言うので、ティナを除いた三人の声が重なる。


「うん、提案」


 そう言うと、一度だけ長い瞬きをして、口を開いた。


「私とレイで100億円を稼ぐ──組織が欲しい情報・人材・資金は私達が稼ぐ。そうしたらレイは自由に生きられるよね」


「「は?」」


「……」


 何言ってんだ、と間抜けな声を出すミヤビとカグヤ。そして期待した俺が馬鹿だった、と呆然とするレイ。


「どうして黙り込むの!」


 自ら生み出した静寂を破るように、ティナは声を発する。

 両拳りょうこぶしを握りしめ、小さな体を震わせて必死に訴えるが、カグヤの瞳からハイライトが消える。


「笑わせるな」


 怒気を孕んだその声が、室内の空気を一変させた。

 腕を拘束されていたレイは、恐怖で失神しかける。

 怒らせた張本人は、きょとんとした表情を浮かべて首を傾げている。

 その気の強さにレイは密かに尊敬した。


「あらあらー。カグヤったら楽しそうね」


 楽しそう?どこが。

 きっとイライラしてる、を言い間違えただけだろう。


 レイは内心ツッコミを入れる。

 それもそのはず。カグヤは眉間に皺を寄せて、目を吊り上げている。そして歯を食いしばり、その様子はまるで獲物を狙う肉食獣のよう。


「面白いからいいんじゃない?」


「でしょ!?」


 空気読めないのか、とレイがドン引きしてしまうほどに、二人の言動はこの場に適さないものだった。


「命を預かる覚悟もないのに、そんな無茶を言うな。ふざけるのも大概に──」


 突然、目を閉じたカグヤはぴたりと動きを止めた。

 殺伐とした雰囲気が緩み、ほんの少しだけ冷静になれる時間ができた。

 レイはその好機を見逃さない。


 この人の手は冷たくて硬い。まるでロボットにでも触れられている気分だ。

 それにどうしてフリーズしているんだ。まったくもって不気味だ。


 本人の目の前で失礼なことを口走りそうになり、咄嗟に口を引き結んだ。それなのに両腕を握るように拘束していたカグヤの手にさらに握力が加わる。


 気づかれたのか、と脅えるレイ。その前で女性二人組は手のひらを口の前で真っ直ぐ立て、喉を震わせて笑う。


「悔しいが仕方がない」


 怒りを含んだカグヤの声が室内に満ちる。そして間を開けて──


「ボスから許しが出た。『厳しく、苦しくなるがいいか?』だそうだ」


「もちろん! よし、決まりだね」


 よーし、と言わんばかりに意気込むティナは、目に炎を宿して飛び跳ねている。

 それとは対照で、レイはぼやけてハッキリとしない未来を寒気を覚える。


「住む場所は組織で手配する。家賃は自分達で払うんだな」


「あらあらー。レイくん気をつけた方がいいよ? ティナちゃんは戦えるけれど、生活力は皆無だから気をつけてね」


「は、はい……?」


 どうして一緒に暮らすように話が進められているんだ。

 研究室で育ち、"学校"というものに通ったことがないので、彼女どころか女友達すらいたことない。そんな俺に女子と二人暮し? 不可能に決まってるだろ。


「レイ、これからお世話になるね」


「同じ部屋なの?」


「違うけれど」


 ミヤビの実直な声には、いつもの煽ってるような雰囲気が込められていなかった。


「やっぱり別部屋ですよね。よかった……」


「むむ、今よかったって言った?」


「聞き間違えじゃないかな」


「そう……だったらいいのだけど」


 頬をぷっくら膨らませて何かを訴えているが、レイには解釈することができなかった。なんたって女友達がいたことがないのだから。


「鈍感」


「何か言ったか」


「何も言ってないですー」


 レイは少しモヤモヤが残るが、ティナがネックレスで奴隷を操れることに気づく前に、この場から離れたいようだ。


「そういえばレイくん。あなたは日本の政府がコッソリ行ってた、クローン実験のの成功者なのよね」


 唯一。その言葉にレイの表情がピシャリと歪む。


 研究室の人に、「君が最初で最後のクローンだ。この実験が上手くいけば、他にクローンを作らなくていい、だから頑張ってくれ」と言われたことがある。

 その言葉には嘘偽りがないと思っていた。だが違ったのか──


 曖昧な記憶を思い返すが、詳しいことは覚えておらず、その事実に胸の奥がズキンと痛む。

 実験によって作られ、実験で苦しみ死ぬ。そんな残酷な人生を歩んだ人がいると思うと、吐き気が込み上げてくる。

 時間の流れが遅く感じ、虚空をプカプカと浮かぶような感覚に見舞わる。


「大丈夫か」


 カグヤに肩を触れられ、ようやく正気に戻る。身の危険を感じ、本能的に目を開いた。


「話を途切れさせてしまってすいません」


「いいのよ。私は君が何をできるのかを知りたかっただけだから」


 何をできる、か……


 言葉が口から出る寸前に慌てて飲み込む。答えようによっては、ティナと共に100億を返すという提案がなしになってしまう。

 一度深く考え、しっかりと言葉を紡ぎ、発した。偽りの答えを。


「俺なんか、普通の人より少し……いや、人並み以上にタフなだけです」


 その瞬間、空気が凍った──

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?